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雪解け水

2013年8月執筆

 長い冬が明けた。あたたかい日差しが雪解けをさそい、陽光に沿うように川が流れた。〈彼〉はその雪解け水を両手に掬うと、調べるように口ですすった。それはまさしく純正の、汚染の呪縛から解かれた水だった。

 晴れるように厚い雲が離れてゆく。彼は飛び上がって喜んだ。春の時代が、ついに春の時代がやってきたのだ。


 雪はすべてを覆い隠してくれる。そして時が来るまで浄化してくれるのだ。これがこの惑星の代謝であり、生命全体の意思であった。彼はさっそく銅製の球状建造物へ向かった。建造物の門扉にこびりついている雪を払うと、暗号式のアナログボタンが設置されていた。システムはいまだ生き続けている。彼は記憶のとおりの順序でボタンを押していく。ひとつ押すごとに彼の熱源の鼓動が強くなっているようだった。

 建物のなかは真っ暗で、凍えるように寒い。彼は構わず足を踏み入れた。その途端、建造物内に設けられていたセンサーが正常に機能し、中は眩いほどに明るくなった。彼の目の前にまたもや暗号式アナログボタンが表示され、彼は間違えることなく歯車をそろえていく。

 そして冷凍解除の稼働音と微熱の空気が、あたりに響き渡った。

 人類がついに長い長い眠りから醒めるのだ。


 ***


 時間というものは残酷なものだ。彼はいつの間にか生まれていた心をひしひしと感じながら、雪解けの空を眺めた。

 人類の冷凍保存。いつか、この惑星が清浄になったときに彼が人類を起こすことになっていた。ところが、それまでにあまりにも長い時間がかかりすぎたのだ。冷凍ケースに残るのは、干からびた粉塵と、わずかの埃だけだった。時間は人類を砂にかえてしまったのだ。

 彼の存在意義は失われた。長い長い時間を、孤独の中で待ったというのに、訪れた者はただの一人もいなかったのだ。


 ふと、彼は見上げていた空から、地平線の見える地面へと視覚範囲を移した。雪原はすっかり形をなくし、太陽の光によって大きな川になっている。どこか窪んでいる地形のほうへ流れていくのだろう。

 おや。

 彼はふと思って、辺りの雪解け水をもう一度すすった。解析結果が拡張視野に表示される。――この水には微生物が含まれていた。生きている、微生物だ。

 長い長い時間をかけて、この微生物が拡散し、水のなかを漂い、単細胞から多細胞生物に発展し、そしていつかは。もしかしたら。

 心ができるほどの時間を待ったのだ。これからまた待つことくらい、彼ならできることだろう。


 彼は、待つ。

初出:時空モノガタリ

第三十九回コンテスト提出作品。指定テーマ「待つ人」。

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