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優しさと愛について

ミルクチョコレート

作者: 環道遊星

 私は帰宅時間が大好きだ。

 家に帰るのが好きなわけじゃない。先輩と一緒にバスに揺られる、たった三十分のその時間が好きなのだ。


 第一志望校受験に合格し、私は晴れて高校生となった。

 部活は演劇部に所属。週五回の練習に、私は毎日欠かさず行っていた。

 私の憧れの先輩がいるからだ。

 学力優秀で優しく、演劇が上手い、まさに完璧と言える先輩だ。

 私はすぐに彼に惚れてしまった。その後、乗るバスが同じだと分かってから、私は二人っきりで話せる帰宅時間が毎日待ち遠しくなった。

 私は先輩に勉強や演劇、人間関係のことまで相談するようになった。

 先輩はいつもどんな相談にも親身になって聞いてくれた。

 私はそんな先輩が大好きだった。


 冬のある日、いつも通りに先輩とバスに乗ると先輩はよほど疲れていたのか寝てしまった。

 私は視線を落とし、そして見てしまったのだ。

 彼の手首にある傷を。

 リストカット。その言葉が頭をよぎった。

 しかし、先輩に限ってそんなことがあるはずないと私は思い直した。

 きっと何か深い事情があるのだ。

 私は見なかったふりをして、先輩を起こすと一緒にバスを降り別れた。


 その次の日だ。

 先輩の手首にはリストバンドが巻かれていた。昨日の傷があった左手首だ。

 私はバスの中で思い切って彼に言った。

「先輩、そのリストバンドかっこいいですね」

「そう? 安物だよ」

「その……裏側ってどうなってるんですか?」

「いや、普通に裏地だけど」

 先輩は苦笑しながら答えた。

 だけど、そのリストバンドの中には傷があるはずなのだ。

 私は諦めなかった。

「ちょっと見せて欲しいんですけど」

「裏地を?」

「はい」

 先輩の顔から笑みが消えた。

 彼は下を向いて、小さく言った。

「見たのか」

 何を、とは言わなかったけれど、それがあれを指していることは明らかだった。

 私は急に罪悪感に襲われた。

「はい……。でも、先輩がそんなことするはずないし、何か深い事情があるのかなと思って」

「だから……」

「え?」

「だから嫌なんだ」

 バスが停まり、ドアが開いた。

 何人かの人が出ていき、入ってきた。

 このバスは江古田二丁目行きです。

 運賃は大人210円、小児100円です。

 ドアが閉まり、バスが走り出す。

 私は何も言えなかった。

「次で降りるぞ」

 先輩が言った。


 そこは、いつも降りているバス停じゃなかった。

 哲学堂公園。

 うちの近所にある、過去の哲学者を祀ってあるとかいう公園だ。

 バスを降りると、先輩は公園の中を歩いていった。

 私は先輩についていった。

「今まで誰も分かってくれなかったんだ」

 先輩は歩く速度を緩めた。

「どこへ行っても、評価評価評価。頭が良いね、すごいね、優しいね、劇が上手いね」

 先輩はベンチの前で立ち止まった。

「その内に、皆は俺が悪い事をするのを、絶対に許さなくなる」

 ベンチには座らず、彼は俯いた。

「お前は俺が好きなんだろ?」

「え……」

「だけど、それは俺じゃない。俺の演じている役を好きになっているだけ」

「そんなこと……」

「今までだってそうだった。優しいから好きだ、なんて、俺が優しくなくちゃなんの価値もないってことだろ。どうしてそんなことするの、優しい優が、どうしてこんなことをするのって。何度も何度も」

 彼の取り乱した姿は初めてだった。

「リストカットの傷、醜いだろ。でも、こっちが本当の俺なんだよ」

 彼はベンチに座った。俯いて私の言葉を待っているようだった。


 もしかしたら、それは光栄なことなのかも知れなかった。

 私にとって先輩はヒーローだった。

 どんな時でも助けてくれるヒーロー。

 だけど、そのヒーローが今度は私に助けを求めているのだ。

「私は、先輩のことを実はよく分かっていませんでした」

 私は言葉を選びながら話した。

「私頑張ります。私の知らない先輩も好きになります。だから……」

 ピチャッ。

 雨だ。私は呟いた。


「もうお前は帰れ」

 先輩は言った。雨の音にかき消されそうな、弱々しい声だった。

「雨だ」

 私は呟いた。

 水滴。髪が濡れる。腕を上げる。袖をめくる。腕時計が見える。四時十分前。四角のボックスに、13の文字が見えた。今日は2月13日だ。

「先輩」

 私は声を上げた。

「ん?」

 先輩は落ち着いたのか、いつもの穏やかな口調で答えた。

「また明日」

 そうだ。今日は早く帰らなくてはいけないのだ。なんたって明日は、バレンタインデーなのだから。


 演じている先輩も、本当の先輩も、結局は、全部好きになるのだと思う。

 私は先輩を好きになったのだ。先輩の優しさが好きなわけじゃない。


「これ、チョコレートです」

 翌日、いつも通りに役を演じ終えた先輩に私はチョコレートを渡した。

「ありがと……」

 先輩は少し驚いたようだった。

「本命ですからね」

 ちょっと恥ずかしい台詞だって、顔を見なければなんとかなるのだ。

「俺なんかで良いのか?」

「先輩が良いんです。先輩が良ければの話ですけど」

「じゃあ、俺なんかで良ければ是非……」

「それは本当の先輩ですか? 演じてる先輩ですか?」

「いや本当の俺だよ!」

 初めて先輩が頼りなく思えた。

 それでも、そんな先輩がやっぱり好きで、可笑しくて笑ってしまった。

「なぜ笑う」

「気にしないでください! さ、食べてみてください」

「おう……」

 先輩は、私の手作りのチョコレートを一口齧った。

「甘い」

「手作りのミルクチョコレートです!」

「俺ビターが好きなんだけど」

「知ってます。でもそれも演じている先輩かなと思いまして」

「いやそれは本当の俺です」

 言って先輩は、もう一口齧った。

「うん。甘い」

「申し訳ないです」

「まあ、お前が作ってくれるならミルクチョコレートも悪くないな」

「本当ですか!」

「二割本当」

 その日。

 私と先輩は、恋人という役が増えたのだった。



○ご挨拶

 爆発しろ。

 はい。ご無沙汰してます。にーとんです。


○ちょっとしたお話

 アンパンマンって皆さん知ってますよね。

 僕は小4まで見ててクラスメイトに馬鹿にされましたが、それほどアンパンマンが大好きでした。

 アンパンマンになりたかったんですね。僕は力もなく、いつも友達に助けてもらってばかりだったので、そんな自分がヒーローに憧れるというのは、やはりもどかしさみたいなものがあったんでしょうね。

 しかしあの作品は今考えると、アンパンマンの強さとか、悪い奴は倒さなくちゃいけないだとか、そういうことを伝えたいものではなかったんじゃないかと思います。

 こないだ見たテレビの特集で、作者のやなせたかしさんが、「ヒーローっていうのはかっこいいもんじゃない。それを伝えたかったんだ」というようなことをおっしゃっていました。

 アンパンマンは強いですけれども、顔が濡れたら力が出ないんです。顔を焼いてくれるジャムおじさんが、絶対に必要なんですよね。多分そういうことなんじゃないかなと思うんです。

 皆さんも、誰かのジャムおじさんになってあげてくださいね。

 えぇ?!アンパンマンが?!(マスオさん)


○作品解説

 まあそんな感じの作品です。

 世渡りをする為に仮面をつけることは必要ですけれど、仮面を愛されても嬉しくないのです。難しいよね。愛の話なんだよ。

 どんなにすごい人だって結局は人間なんですね。

 彼彼女を、すごいと褒め称えるうちに、「あの人ならこれくらい出来て当然」と勝手に決めてしまっていることがあると思います。でもそれは多分本人にとっては苦痛なんですね。

 まあそんな感じの作品です。


○影響を受けたもの達。

・ニーチェ

 僕の大好きなニーチェの『善悪の彼岸』にこんな言葉があります。

『どうだって? 偉人だと? 私が見るのは常にただ自分自身の理想を演じる俳優ばかりだ。』

『両性は互いに騙し合う。彼らは根本において、ただ自分自身を(或いは、もっと耳触りのよい言い方をすれば、自分自身の理想を)尊び、愛しているに過ぎないからである。』

『結局のところ、人々が愛するのは自分の欲望であって、欲望の対象ではない。』

 ニーチェは面白いですよ。ガツンときますね。彼は自分のことをダイナマイトと言ったそうです。確かにダイナマイトです。彼が試みたのは既存の価値観の破壊ですからね。

 善悪の彼岸という作品はつまり、「善悪に区別なんかねえんだよ」って作品です。

 気になる人は読んでみてね。今回の作品の本題とはあまり関係ないけど。


・哲学堂公園

 僕の家の近くにあります。ソクラテス、プラトン、アリストテレスの石碑だかなんだかがあるそうです。実はそれがどこにあるのかよく分かってません。


・リストバンド

 実は知り合いの女の子がしてたんですね。リストカット。しかも二人。

 確かに自傷行為って良くないような気もするけど、ただ怒るんじゃなくて理解しようとするべきなんでしょうね。

 そもそも、自分を大切にだとか、そういうことを上から言う奴ってのは、自傷行為を行なっている人にとってはクソ食らえなわけで、何も分からない僕等は、頭ごなしに叱るべきじゃないんでしょうね。もし近くにそういう人がいたら、ゆっくり解決してあげましょう。焦ると逆効果ですね。

 あと、小説のネタにして申し訳ないです。

 

○伝えたかったこと

 自分に価値がないと思うことを無価値観と言います。そのままですね。

 これに陥ると、本当に辛いんですね。必要とされているのは僕自身ではなく、僕の優しさ(orお金、学力、才能等)なんだ!という考えです。人に愛される為に仮面をつけざるをえないこともあるんです。しかし仮面は自分ではない。

 これは幼少時代に由来があるらしく、赤ちゃんの頃は何もしないでも泣くだけでお腹は満たされるしオムツは替えてもらえるし、理由がなくても愛してもらえるのに、大きくなると、片付けやら勉強やらしないと褒めてもらえなくなる。人は愛されたい生き物なのです。愛の話なんだよ。

 だから、周りの、いつも頑張ってる人に感謝してあげてください。ありがとうと言ってあげてください。たまには休んでいいんだよと言ってあげてください。それだけで良いんです。


○ちなみに

 あと、この作品はもっとブラックでも良かったと思うのですが、せっかくのバレンタインデーなのでハッピーに仕上げてやりました。リア充共は今の内に浮かれておくんだな。HAHAHA!


 僕はビターチョコレートが好きです。


○叫び

 輪るピングドラムやべええええええ!!泣いた。


○ご挨拶

 読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] あとがきを見て思ったのですが、 作者様、男性の方なんですか!?(違ったらすみません) 共感する部分があったので、 女の子の気持ちがよく分かっている方なんだなあ、と思いました。 あ、上から目線…
2012/01/25 20:43 退会済み
管理
[良い点] なんてなく共感するものがありました。 [気になる点] 先輩がもう少し主人公が自分の役を好きになっているのではないか、疑っても良かったのではないかと思いました。 [一言] 他人によって決めつ…
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