僕はニートと呼ばれるらしい
僕は世間ではニートと呼ばれるらしい。
正確に言えば、誰かにそう面と向かって言われたことがあるわけではない。ただ、隣の部屋から聞こえてくるテレビの音声や、同居人が電話口で「うちのは何もしないで寝てるだけだから」と笑いながら話しているのを聞くと、ああ、僕はそういう存在なのだろうなと思う。
別に傷つかない。事実だからだ。
僕は働いていない。収入はない。家賃も払っていなければ、食事を自分で用意したこともない。社会との接点はほぼゼロで、外出の頻度は月に片手で足りる。世の中のものさしに当てはめれば、僕は間違いなく「何もしていない人間」の部類に入る。
でも不思議と、焦りのようなものはない。
世間ではそれを「危機感がない」と呼ぶらしいが、僕に言わせれば、焦ったところで何かが変わるわけでもないのだ。太陽が昇って沈む。それだけのことを、わざわざ難しくする必要がどこにある。
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朝は、目覚まし時計ではなく、外の音で起きる。
鳥の声とか、風の音とか、遠くを走る車のエンジン音とか。そういうものが重なりあって、意識の底に届いた順番に、体が目を覚ましていく。音には昔から敏感な方だった。同居人は僕のこの性質を「神経質」と呼ぶが、僕からすればこれは単なる体質であって、別に好きでやっているわけではない。
隣では同居人がまだ眠っている。
布団から出ている腕が薄い光に照らされていて、その呼吸が穏やかに繰り返されている。起こす理由もないし、起こしたいとも思わない。僕はそっとその場を離れる。こういう動作は得意だ。自分で言うのもなんだが、僕が動いても物音はほとんどしない。足の運び方にちょっとしたコツがあるのだ。
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台所に行くと、朝食がすでに用意されていた。
いつものことだ。僕が何かを準備する必要はない。決まった場所に、決まったものが置いてある。ありがたいと思う気持ちがないと言えば嘘になるが、かといって毎回感謝を口にするような性格でもない。
皿に顔を近づける。
まず確かめるのは、味ではなく匂いだ。僕は昔からそうで、見た目よりも先に鼻が判断を下す。今日の匂いは悪くない。少し温かさの残る、いつもの馴染んだ匂いだ。口をつけて、少しずつ食べ始める。食べ方が上品だと言われたことは一度もないが、自分なりの流儀はある。
ただ、今日は少し量が少ない気がした。
もう少し欲しいと思ったが、催促するのも気が引ける。なにしろ僕は、何一つ対価を払っていない身だ。出されたものをいただくだけ、というのが暗黙の了解であり、それを破る度胸は僕にはない。
水も同じ場所にある。口をつけて、静かに飲んだ。一気に飲み干す気にはならなかった。少しずつ、舌に触れさせるようにして飲むのが好きだ。この飲み方は癖のようなもので、直そうと思ったこともない。
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食事を終えると、いつもの場所に移動する。
窓際だ。日が差し込むその一角は、この家の中でもっとも居心地がいい場所で、僕はほぼ毎日ここに陣取る。特に何をするわけでもない。外を眺めるのだ。それが僕の日課であり、数少ない「活動」と呼べるものだった。
空が見える。電線が横切っている。ときどき鳥が止まって、また飛んでいく。
それだけのことが、なぜか飽きない。特に目が離せなくなるのは、風に揺れるものがあるときだ。木の枝、洗濯物、あるいは向かいの家の軒先にぶら下がった何か。揺れるものを目で追ってしまう衝動は、理屈では説明できない。ただ体がそうしたがるのだ。
窓の向こうに、世界は広がっている。
飛び出してやろうかと思うことがある。この窓を越えて、あの塀の向こう側に行ったら、きっと今までとは違う何かがある。そんな想像が頭をよぎることは、正直に言えば少なくない。
でも、僕は行かない。
行けない、の方が正確かもしれない。理由は曖昧だ。怖いのか、面倒なのか、それとも禁じられているのか。たぶん全部だ。全部が少しずつ混ざって、結果として僕は今日もこちら側にいる。
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昼になると眠くなる。
これは僕の悪癖で、昼間の暖かい日差しを浴びると、どうしようもなく意識が遠のく。横になる場所は決まっていて、体を丸くして、なるべく小さくなる。この姿勢が一番しっくりくる。伸ばして寝る人の気持ちが僕にはわからない。
どうせやることもないのだ。寝ることに罪悪感を持つ段階は、とうに通り過ぎた。
眠りは浅い。深く沈むことは滅多にない。いつも半分くらい起きているような、水面のすぐ下を漂うような眠りだ。だから些細な物音で目が開くし、目が開いてもまたすぐに閉じる。それを繰り返しているうちに午後になっている。
起き上がって、また同じ場所に戻る。窓際。日はもう傾き始めているが、まだ暖かい。不思議なもので、家の中にいくつも場所があるのに、気がつくと僕はいつもここにいる。引力のようなものだと思う。
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夕方、同居人が起きてくる。
休みの日の同居人は、僕よりも遅く起きることがある。まったく、どちらがニートなのかわからない。もっとも、あちらには仕事があるのだから、休日くらいは好きにすればいい。僕のように毎日が休日の人間が偉そうなことを言える立場ではない。
「おはよう」と声をかけられる。
僕は曖昧に返す。正確に言えば、返事をしているつもりだが、うまく伝わっている自信がない。僕と同居人の間には、会話のようなものはあるが、きちんと噛み合っているかと聞かれると心もとない。同居人が何か言う。僕がそれに応じる。でもその応答がちゃんと対話として成立しているかは、正直わからない。昔からそうだった。僕はどうも、人とのコミュニケーションが得意ではないらしい。
それでも同居人は気にしていないようで、僕のそばにやってくると、何も言わずに頭に手を置いた。
ゆっくりと撫でられる。
こうされると、悪い気はしない。
背中に触れられると、体から力が抜けていくのがわかる。なぜだろう、触れられること自体は別に好きなわけではないのだが、この人にされると嫌ではないのだ。体が勝手にそう判断している。理屈ではなく、もっと深いところで。
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同居人が買い物に出かけた。
家に一人になる。静かだ。時計の音がやけに大きく聞こえる。普段は気にもしないのに、一人になると急に音の解像度が上がる。冷蔵庫のモーター音、壁の向こうの気配、遠くで誰かが呼んでいるような声。そのひとつひとつを拾ってしまう自分の耳が、少しだけ疎ましい。
何もしない。何もできない。
窓の外が暗くなり始めるころ、僕はある変化に気づいた。まだ音は聞こえない。姿も見えない。でもわかる。同居人が帰ってくる。その気配がかすかに、でも確かに、どこかから届いている。
理由はわからない。「なんとなく」としか言いようがない。
僕は玄関の方を向いて、じっとその気配が近づいてくるのを待った。やがて鍵の音がして、ドアが開く。
予感は正しかった。いつもそうだ。この勘だけは外れたことがない。
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夜になると、僕は同居人のそばにいる。
特に会話があるわけではない。同居人はソファに座ってテレビを見たり、スマートフォンを触ったりしている。僕はそのすぐ近くにいる。離れようと思えば離れられるのに、なぜかいつもここに落ち着く。
同居人の体温が感じられる距離。
ここが僕にとっての定位置だった。世界中のどこよりも、ここが一番安心する。働いていないことも、外に出られないことも、社会から切り離されていることも、この場所にいるときだけは、どうでもよくなる。
僕が必要としているものは、たぶんこの距離にしかない。
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その日の終わりは、いつもと同じようにやってきた。
同居人が立ち上がり、部屋を見回して、僕を見つける。いつもの場所に、いつものように丸くなっている僕を。
小さくため息をつく。
呆れているのか、笑っているのか。たぶん両方だ。同居人はゆっくりとこちらに近づいてきて、僕を見下ろした。
「まったく、今日もずっとここにいたの?」
そして、両手で僕を抱え上げた。
軽々と。まるで僕の体重など無いかのように。僕の体は簡単に持ち上がり、あっけなく同居人の腕の中に収まった。
「モカ、ほんとに甘えん坊だな」
名前を呼ばれると、悪い気はしない。
僕は目を細めて、その腕の中に収まった。温かかった。これでいい。明日もきっと、こうして終わるのだろう。僕は世間ではニートと呼ばれるらしいが、この場所にいる限り、それは悪くない肩書きだと思っている。
喉の奥から、小さな音が出た。
自分の意思とは関係なく、勝手に。
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