第九話 ゴーレムと、届かない背中
強くそう心に刻み込んだ、そのすぐあとだった。
「――よし。じゃあ次は、班ごとの実戦だ」
ガイウス先生の低い声が、再び訓練場に響き渡る。
訓練場の砂地の向こうに、土色の巨体が並んでいた。さっき俺が相手をしたゴーレムと同じ型が、ずらりと複数体。
「ノア班は前に出ろ。目標はゴーレムの全滅だ」
先生の言葉に、ノアが「了解しました」と一歩前へ出た。重心の低い、迷いのない足取りだ。エヴリン、カイル、クララ、テオも自然とその横に並ぶ。
俺は観覧用の段差に腰を下ろしながら、その背中を見つめた。
(さっき俺が、必死で相手してたやつを……今度は、みんなで)
胸の奥が、期待と不安でざわつく。
いつか並んで戦えるように。あの輪の中に立てるように。ここでしっかり胸に刻むんだと、自分に言い聞かせて見送った。
ガイウス先生が右手を振り上げる。
「――はじめ!」
号令と同時に、土の巨人たちの目が赤く灯る。砂を踏みしめる重い足音が、一斉にこちらへと迫ってきた。
最初に動いたのはノアだった。開始の合図とほぼ同時に、真っ先に班の先頭へ躍り出る。その横をエヴリンが固める。カイルはその少し後方に立ち、クララとテオがさらに後ろ、後衛の位置を取っていた。
突撃してくる複数の巨体。ノアは慌てることなく、魔術で具現化した大盾を空中に展開し、正面から土の肉体を受け止める。衝撃は観覧席にいる俺の足元にまで伝わってくる気がした。砂がわずかに跳ね、胸の奥まで振動が響く。ゴーレムの拳やタックルが、鈍い音を立てて大盾に叩きつけられ、弾かれてよろめいた。
その隙を見逃さない。ノアは手にした大剣を大きく振りかぶり、ゴーレムの胴へと叩きつける。重い一撃に、土の体が派手に砕け散った。
エヴリンは、森で見たものと同じ結界を展開し、ゴーレムの飛ばした瓦礫をまとめて弾いていた。透明な膜のような障壁が、石片を弾くたび、ぱん、と乾いた音が響く。
ノアが相手をしているゴーレムたちより、少し後方――まだ前線に出ていない個体の体勢が、一斉に崩れた。
(……え?)
一瞬、何が起きたのか理解が追いつかない。目を凝らすと、その足元に小さな竜巻のような渦が見えた。その傍らには、すでにカイルの姿がある。さっきまで視界の端にもいなかったはずなのに、いつの間にあそこまで――。
おそらく、カイルの風魔術だ。足元の小さな竜巻がゴーレムのバランスを奪い、その隙にカイルは素早く駆け寄る。手にした短剣が閃き、土でできた足首のあたりを斬り払った。
支えを失ったゴーレムの足がもつれ、膝から崩れ落ちる。ぎしぎしと嫌な音を立てながら、その場に動かなくなった。
その頭上めがけて、炎の矢がノアたちの間を縫って飛んでいく。
飛ばしたのはクララだった。後方から、正確にコアの位置――頭部の中心を狙いすまして放たれた炎の矢が、崩れたゴーレムの額へ突き刺さる。
ぼう、と一瞬だけ赤い炎が上がり、すぐにしゅうっと消えた。
コアを撃ち抜かれたゴーレムの目から、赤い光がすっと消えていく。
(……うわ)
思わず、小さく声が漏れた。普段は大人しい本好き少女の、恐ろしいまでの魔術精度。その片鱗が、今ので一気に見えた気がする。
次々と、コアを撃ち抜かれたゴーレムの目から光が失われていく。土の巨体はただの土塊に戻り、どさどさと訓練場に転がった。
クララの横にはテオがいて、ノアが盾で衝撃を受けた瞬間を見計らって、適切なタイミングで回復魔術を飛ばしている。
「ノアさん、後ろ三体、固まってます!」
短く状況を伝える声が、後衛から飛ぶ。戦場を広く見渡せる位置につき、状況を仲間に伝えるのも、テオの役割なのだろう。
「ノアさん、危ない!」
テオの声が、訓練場に鋭く響いた。
正面のゴーレムの拳を止めていたノアの、死角。そこから、さらに大きな土の拳が横薙ぎに迫ってくる。避けるにも、盾を向けるにも、もう間に合わない距離だ。
甲高い金属音が鳴った。ノアと拳の間に割り込んだのは、エヴリンの剣だった。
「ありがとう、エヴリン」
「ノアさんが、前に立ってくれているからこそです」
短いやり取りを交わしながらも、二人の動きは止まらない。ノアはすぐに体勢を立て直し、エヴリンは再び結界の厚みを調整する。
土の人形は次々と解体されていく。今、何体倒したんだろう。
さっきまで自分が必死になっていた相手が、まるで“訓練メニューの一つ”みたいに処理されていく光景に、目眩がしそうになる。かっこいい。でも、怖い。
(本当に、俺はあの中に立てるのか)
そんな考えが、一瞬だけ頭をかすめた。
崩れていった土の人形は、気づけばほとんど残っていない。すでに訓練場には、まともに動いている個体は見えなかった。
ノアは周囲を一度見渡し、ゆっくりと剣を鞘に納めかけ――
「まだだ! ノアさん!」
テオの叫びが飛ぶ。
土煙の奥。白く濁った空気の向こう側に、二つの赤い光がゆらりと灯っているのが見えた。
土煙の中から現れたのは、先ほどまでのゴーレムとは明らかに違う、一際異彩を放つ個体だった。
腕は四本。装甲はさっきまでのゴーレムより分厚く、胸の奥で脈打つように、コアの赤い光がより強く明滅している。
(……こいつはヤバい)
一瞬、視界に入っただけでそう思わせるには十分だった。土の巨体は、ただそこに立っているだけなのに、圧そのものが違う。
「そいつは特別に用意した強化個体だ。通常のゴーレムじゃ、ウォーミングアップにもならねえだろうからな」
ガイウス先生が、不敵に口の端を持ち上げて言う。
「ひとりで倒せるようなやつじゃねえ……やってみろ」
試すような、静かな声だった。
迫る土の巨体。対するはノア。
先ほどと同じように大盾を展開し、真正面から攻撃を受け止める。衝撃が走った。さっきと違うのは――ノアが、その一撃を受け止めきれなかったことだ。
靴と砂が擦れる音が訓練場に広がる。ノアの足が数歩分、無理やり後ろへ滑らされ、体勢が崩れる。そのノアに追い打ちをかけるように、土の巨体が距離を詰めた。
庇うように、エヴリンの結界が差し込まれる。
「なっ……!」
結界は悲鳴を上げるように光り、次の瞬間、音を立ててひび割れた。ゴーレムの拳を止めることなく、膜は無惨に砕け散る。
クララがすぐに火矢と風刃を飛ばした。燃え上がる音と、空気を裂く鋭い風音が砂地に響く。間一髪、ノアに当たる直前で拳の動きは止まる――が。
コアのある辺りを正確に撃ち抜いたはずの炎は、装甲の表面を焦がしただけで終わっていた。肉体の奥までは届いていない。
「うそ……」
クララが、呆然とした声を漏らす。細い指が、ぎゅっと魔導書の端を握りしめる。いつもなら、それで終わるはずだったのに。
カイルがゴーレムの横から切り込む。本来なら、反応されない角度と距離。接合部を斬れば、動きは止まる――はずだった。
土が空を切り裂く音がした。四本の腕の一本が、不自然な速度で振るわれる。すでに、赤い瞳がそちらを見ていた。
(まずい――!)
振り上げられた拳が、カイルへ向かう。ノアがかろうじてその間に割り込み、盾を差し込んだ。
奇襲に失敗したカイルは舌打ちをひとつ残し、ノアの腕を引いて後方へ下がる。
「みんな、一度下がって!」
テオが、回復魔術を飛ばしながら指示を出した。
(さっきまで、あんなに簡単に倒していたのに……こいつは桁違いだ)
明らかに、さっきまでとは何もかもが違う。
桁違いの強さを、全員が一瞬で理解していた。このままでは勝てない――誰もがそう思った。
「全員で、タイミングを合わせるしかない」
ノアの肩はわずかに上下していた。それでも声だけは、さっきと変わらない調子を保っている。
全員が短く頷く。
「さっき見ていて分かったんだ。あいつ、拳を振るった後、一瞬だけ動きが止まる。その瞬間しか、隙がない」
分析を口にしたのはテオだ。
「一度、殴らせる。そこで作った隙に、全員で叩き込むしかないと思う」
テオの言葉に、誰も反論しない。それしかないことは、全員が分かっていた。
「じゃあ、役割を決める。俺があいつの拳を受ける。エヴリンは結界を俺の盾に重ねてくれ。テオは俺の腕と脚に強化魔術を」
ノアが、短く指示を出す。方法は、もう決まった。
ふたたび、全員が陣形を取る。先頭にノア、そのすぐ後ろにエヴリンとカイル。後方をクララとテオが守る、いつもの基本陣形だ。
ノアが前へ出る。拳を誘い出すための、遠すぎず近すぎない距離。狙い通り、四本の腕のうち一本が大きく振りかぶられた。
ノアがすかさず大盾を展開する。その上から、エヴリンが結界を重ねがけし、テオが強化魔術を流し込んだ。
がつん、と、さっきよりも重い衝撃音が鳴る。重さが、観覧席にいる俺の肌にまで伝わってきた。
今度は崩れない。ノアの足は砂を踏みしめたまま、しっかりとその場に立っていた。
拳を振り切ったゴーレムが、一瞬だけ動きを止める。
その隙を逃さず、カイルがノアの背後から弾かれたように飛び出し、巨体の背後に回り込んだ。自分自身に風の魔術をかけ、速度をさらに上げている。
(……影が、揺れた?)
一瞬だけ、カイルの足元の影がおかしな伸び方をしたように見えた。きっと気のせいだ。そう考え、俺は風のせいにした。
カイルはゴーレムの足首を狙って斬りつける。さすがに体勢は崩れない。だが、注意をそらすには十分だった。赤い瞳が、カイルの方へ向く。
ゴーレムがカイルに拳を振ろうとした、その瞬間。頭上から、水泡が弾けるように当たった。
土の肉体が、水で濡れる。
「導電率上昇……第二射、雷属性に切り替え」
すぐさま、同じ箇所に小さな雷が落ちた。クララのコンボだ。機能停止までは至らないが、衝撃で魔術の繋がりがくるったのだろう。ゴーレムの動きが、ほんのわずかだが鈍る。
再度振るわれた拳を、今度はノアが受け止める。結界と強化魔術を重ねた盾が悲鳴を上げるような音を立てたが――耐えた。
違うのは、今度はゴーレムの方が衝撃でよろけたことだ。
「ここだあああッ!」
ノアが、よろけた隙を逃さず大剣を振るう。濡れた土の装甲は、さっきよりも脆く砕け、コアの辺りが剥き出しになる。
現れたコアへ、エヴリンが迷いなく剣を突き立てた。乾いた音とともにコアが砕ける。
土の人形の瞳から色が失われ、四本の腕が力なく垂れ下がった。そのまま膝から崩れ落ち、巨体は砂塵とともにゆっくりと地面へ沈んでいく。
見事な連携だった。
「――やるじゃないか。さすがだな」
ガイウス先生が、ぱん、と手を叩きながら称える。
「いい戦いだった。それぞれが、自分の役割をしっかり果たせていた」
その言葉に、ノア班の四人がそれぞれ小さく息をつく。疲れと、達成感と、安堵の混じった顔だ。
「星宮。どうだ、自分の姿を、あそこにイメージできたか?」
不意に名前を呼ばれて、俺はうまく答えられなかった。
(すごい……)
さっき自分が苦戦した相手の、さらに強化された個体。それを、今の俺じゃ到底真似できない戦い方で、全員で倒し切った。
レベルが違う。まだまだ、俺は足元にも及ばない。
けれど――。
(いつか俺も、あそこでいっしょに戦いたい)
爪の力なんかじゃなく。
星宮蓮という、一人の人間として。
自分の力で。
エヴリンとの約束は封印ではなく、スタートラインなのだから。




