第十話 夕焼けの石畳と、みんなの未来
ノア班の実戦訓練が終わったあとも、他の班による訓練が続いた。どの班も見事な連携で、魔術と剣技を当たり前のように組み合わせて戦っている。火球でゴーレムの視界を焼き、すかさず槍が土の脚を砕き、後衛の風が砂煙を吹き飛ばす――そんな光景が、当たり前みたいに繰り返されていた。この国の人たちにとって、魔術がどれだけ身近で、深く結びついたものなのかを嫌でも思い知らされる。
その中に混じっても、やはりノア班のレベルは群を抜いていた。動きの速さも、判断の早さも、息の合い方も。
(本当に俺は、そんな人たちと同じ班でいいのだろうか)
胸の奥がじわじわと重くなりかけて、俺は小さく首を振る。
だめだ。さっき、決めたばかりじゃないか。
あれこれ考えるのはやめる。今はただ、やれることをやるしかない。
全ての班の訓練が終わると、ガイウス先生の号令でふたたび集合がかかった。
「今日の実技はこれで終わりだ」
先生は生徒たちを見回し、低い声で続ける。
「初めにも言ったが、この学園には、いずれ騎士を目指す者も多いだろう。今日の内容を忘れぬよう、よく心に刻みつけろ」
淡々としているのに、その一言一言が妙に胸に刺さる。
こうして午後の実技も無事終わり、初めての「新しい日常」は、放課後を残すだけになった。
「このあとどうするー? 蓮のために街の案内とかかなー」
グラウンドを出てすぐ、テオがいつもののんきな調子で提案してくる。
「気持ちはありがたいんだけど……今日は慣れないことばっかりだったから。今日はもう寮に戻りたいかな」
正直な気持ちをそのまま口にした。慣れない土地での生活一日目。さすがにこれ以上は、頭も体もついていかない気がする。
「了解〜」
テオがあっさりと答える。最初から断られるのを見越していたような、軽い反応だった。
寮に戻るため、学園の廊下を歩いている途中だった。石畳に靴音がぽつぽつと響き、あちこちから今日の授業の感想が飛び交っている。
そのざわめきの中で、さっきのガイウス先生の言葉がふと頭をよぎる。
「そういえばさ、みんなは将来どんな仕事に就きたいんだ?」
なんとなく口をついて出た俺の質問に、しばし沈黙が落ちた。
次の瞬間、一番最初に口を開いたのはやっぱりテオだった。
「そう来たか〜。硬い話だなぁ、蓮」
「だめだったか?」
「いやいや、嫌いじゃないよ、そういうの。そうだなぁ……」
テオはわざとらしく空を見上げて考えるフリをする。
「俺は、とーちゃんの診療所を継ぐ予定かなぁ」
「お、意外と堅実」
思わず感想が漏れると、テオは照れ笑いしながら頭をかいた。
「戦場に出る勇気はあんまないけどさ。怪我して帰ってくる人を迎える場所も、必要だろ? ……って、とーちゃんに言われて、まぁ納得しちゃった感じ?」
「テオらしいな」
ノアがふっと笑う。その「らしい」の一言に、今までの関係の長さが滲んでいた。
「じゃあノアは? やっぱり――」
「言うまでもない、って顔をしていますね」
エヴリンがくすっと笑いながら、先に言葉を継ぐ。
「俺はやはり、王国騎士だな」
ノアは短くそう答えた。そこに迷いはまるでない。
「父も騎士だったし、誰かを守るために生きるってのが、一番しっくりくる」
訓練場で見た、大盾の後ろ姿が頭に浮かんだ。
あの背中を「守る側」として選んでいるのだから、本気なのだろう。
「ノアさんは、すでに……き、騎士みたいなものだと、思います」
クララがぽつりと添えると、
「お、出た。クララの素直褒め」
「そ、そんなつもりじゃ……!」
テオに茶化されて、クララがあわてて首を振る。そのやりとりに、少しだけ笑いが起きた。
「クララは? やっぱ研究所志望とか、そんな感じ?」
今度はテオが話題を振る側に回る。クララは一瞬きょとんとしてから、胸元の魔導書をぎゅっと抱きしめた。
「そ、そうですね……魔術の研究がしたいです。学園か、王立研究所か……どこかで」
言葉を選びながらも、その目は真っ直ぐだった。
「まだ知らない魔術も多いですし、もっとたくさんのことを、知りたいので」
「クララが研究者になったら、なにかすごい発見をしそうだ。教科書に名前が載ったりして」
気付けば俺も、普通に「未来のクララ」を想像して口にしていた。
「そ、そうなれたら、いいですけど……」
クララは照れたように俯きながらも、まんざらでもなさそうだ。
「エヴリンはどうだ?」
ノアが横を向いて問いかける。エヴリンは一度だけ目を閉じ、それからまっすぐ前を見た。
「私は……家の役目を継ぐつもりです」
一瞬だけ睫毛が伏せられ、すぐに通常の表情に戻る。
「ずっとそう教えられてきましたし、それ以外の未来を考えたことは、ほとんどなくて」
「家の役目?」
思わず聞き返しそうになる。けれど、彼女の横顔が少しだけ硬い気がして、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「……エヴリンが継ぐのなら、きっと間違いないだろうな」
ノアが当たり前のようにそう言う。その一言で、彼女がどれだけ信頼されているかが伝わってくる。
ふと気になって、最後に残った一人へと視線を向けた。
「カイルは?」
話を振られたカイルは、しばし黙って前を向いたまま歩き続け、それからぽつりと口を開いた。
「……ギルドだ」
「ギルド?」
「冒険者ギルドに籍を置いて、各地を回る」
それだけ言って、また口を閉ざす。
ほんの一瞬――言葉を選ぶみたいな間があった気がした。
(……なんか、今一瞬。言葉に迷った感じが……)
胸の隅に小さな棘みたいな違和感が残る。でもそれ以上、深く考える材料もない。
「やっぱり、みんなちゃんと夢があるんだな。だめだな俺は、ただ元の世界に帰りたいってだけで……」
つい、心の声がそのまま口からこぼれ落ちる。
一番に返してくれたのは、やっぱりノアだった。
「それもちゃんとした目標だ。引け目を感じる必要はない」
ノアは、まっすぐこちらを見て言う。
「今日もしっかり動けてた。ここにいることに疑問を持つ奴なんて、この班の中にはいないさ」
エヴリンたちも、それぞれ頷いてくれる。
少しだけ、自分がこの場所に「いてもいい」と認められた気がして、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「みなさん、何のお話をされているのですか?」
背後から聞き慣れた声がして振り向くと、そこにはアイリスが立っていた。いつの間にか距離を詰めていたらしい。振り向くと、アイリスがきちんと制服の裾を整えたまま、じっとこちらを見ていた。
「みなさんの将来についてのお話よ」
エヴリンが優しく答える。どこか、姉らしい柔らかさが滲んでいた。
「アイリスの将来の目標は?」
思わず俺がそう尋ねると、アイリスはほんの少しだけ間を置いてから答えた。
「私は……姉さんの暴走を止める役、とかですかね」
冗談めかした言い方だったが、その声色にはどこか本気が混じっている。
「アイリスは自分の班といなくて大丈夫なのか?」
テオが首を傾げる。そういえば、昼食のときは「班のみんなと食べる」と言っていたはずだ。今は一人でこちらに合流しているが、問題ないのだろうか。
「大丈夫です。自分の班より、私は姉さんといる方が大事ですから」
多分、それは本気の答えだ。
隣ではエヴリンが、少し恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。
* * *
校舎の窓が夕陽を反射し、石畳の道にオレンジ色の光の帯がいくつも伸びている。
街の方へ視線を向けると、店じまいをする店と、酒場の灯りがぽつぽつと灯り始める店が入り混じり、昼と夜が入れ替わる途中だった。
(ああ、学園の外でも、ちゃんとそれぞれの生活が続いてるんだな。みんなは“これから”の話をしていて、俺だけがまだ、帰る場所のことばかり考えてる)
街へ繰り出す生徒と、寮へ戻る生徒とで道が分かれていく。
俺たちは寮へ向かう列に混ざり、夕陽に照らされた石畳の道をゆっくりと歩き出した。




