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第43話「王手」

「――敵の“王”の首を、取りに行ってください」


 僕の静かな、しかし絶対的な確信に満ちた号令は、通信魔道具を通じて、平原の混沌の中に潜む精鋭部隊へと届いた。


『――了解。最高の獲物ターゲットだ』


 返ってきたのは、衛兵団のリーダーの、獲物を前にした獣のような、獰猛な声だった。

 次の瞬間、僕の脳内に広がる戦場の立体地図の上で、今まで沈黙を守っていた二十の光点が、一つの槍となって動き始めた。

 彼らは、平原の中央で繰り広げられる陽動戦には目もくれず、戦場を大きく迂回し、霧と森の影を縫うようにして、ただ一点――辺境伯アルフォンスが陣取る本陣へと、音もなく突き進んでいく。


 その動きは、まるで熟練の狩人だった。

 僕が“使い鳥”を通して送るリアルタイムの情報に基づき、敵の警戒網の薄い部分を正確に突き、時には大胆に、時には蛇のように執拗に、彼らは着実に本陣との距離を詰めていく。


「……信じられんな。あれが、つい一月前まで、鍬を握っていた村人や、日銭を稼ぐ冒険者だったとは」


 精鋭部隊を率いる騎士の隊長が、すぐ隣を疾走する衛兵団のメンバーを見ながら、感嘆の声を漏らした。

 彼らは、もはやただの寄せ集めではない。僕の戦術と思想を完璧に理解し、その手足として動く、一つの鋭利な刃だった。



 やがて、精鋭部隊の視界の先に、小高い丘の上に設営された辺境伯の本陣が見えてきた。

 そこには、辺境伯アルフォンスの紋章である「竜の顎」が描かれた巨大な旗が、風にはためいている。周囲には、他の戦場とは比較にならないほど、屈強な近衛騎士たちが、鉄壁の守りを固めていた。


「……さすがに、ここからは力押しだな」


 衛兵団のリーダーが、大剣を握りしめて呟く。

 だが、騎士の隊長は静かに首を横に振った。


「いや、まだだ。ユウマ殿の作戦は、まだ終わっていない」


 彼がそう言った、まさにその時だった。

 僕の最後の“仕掛け”が、発動した。


「――創造クリエイト! 『擬似ゴーレム軍団デコイ・アーミー』!」


 本陣を守る近衛騎士たちの、全く予期していなかった側面――深い森の中から、突如として、僕たちの衛兵団と瓜二つの軍勢が、鬨の声を上げて姿を現したのだ。

 もちろん、それは僕が創り出した、ただの泥人形のゴーレムだ。だが、遠目には、そして混乱した戦場の中では、本物の奇襲部隊にしか見えない。


「なっ……敵襲! 側面からだ!」

「馬鹿な! いつの間に回り込まれた!?」


 近衛騎士たちの陣形が、一瞬だけ、その予期せぬ奇襲に気を取られて乱れた。

 ――その、ほんの一瞬の隙。それこそが、僕が狙っていた、唯一の勝機だった。



「――今だ! 全員、突っ込めえええええ!」


 衛兵団のリーダーの絶叫と共に、本物の精鋭部隊が、茂みから一斉に躍り出た。

 彼らの目標は、ただ一点。辺境伯の旗が立つ、本陣の中央天幕のみ。


「させるか!」


 我に返った近衛騎士たちが、僕たちの前に立ちはだかる。

 その先頭に立ったのは、あの騎士団長ゲオルグだった。


「……やはり来たか、ユウマ殿の懐刀ども!」


 ゲオルグの振るう大剣と、衛兵団のリーダーのそれが、激しい火花を散らして激突した。

 戦場は、エリート同士がぶつかり合う、小規模ながらも苛烈な白兵戦へと突入する。


「隊長! ここは俺たちに任せて、先に行け!」


 衛兵団のメンバーが、リーダーを庇うようにしてゲオルグの前に立ちはだかる。

 騎士の隊長もまた、かつての同僚であった近衛騎士たちの剣を、冷静に、しかし確実に捌いていた。


「――リーダー! 行くぞ!」

「おう!」


 二人は、仲間たちが創り出した、ほんのわずかな突破口を、一陣の風となって駆け抜けた。

 そして、ついに、辺境伯の巨大な天幕の前へとたどり着く。


 二人は、互いの目を見て、力強く頷き合った。

 衛兵団のリーダーが、その大剣で、天幕の入口を荒々しく切り裂く。


「――辺境伯! “王手”だ!」



 だが、天幕の中に広がっていたのは、彼らが想像していたような、慌ただしい作戦司令室ではなかった。

 そこは、まるで王の私室のように、静かで、そして整然としていた。

 部屋の中央には、巨大な遊戯盤ゲームボードが置かれ、その向こう側で、一人の男が、優雅に椅子に腰かけていた。


 辺境伯アルフォンス。

 彼は、慌てるでもなく、驚くでもなく、まるで長年の友人を迎えるかのように、穏やかな笑みを浮かべていた。


「……見事だ」


 彼は、ゆっくりと拍手をした。


「我が最強の騎士団を、これほどまでに見事に手玉に取り、そして、この俺の喉元までたどり着くとは。――ユウマという男、やはり、最高の“プレイヤー”よ」


 辺境伯は、立ち上がると、二人に手のひらを向けた。


「――勝負は、ついた。俺の、負けだ」

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