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第41話「決戦前夜」

 合同軍事演習の三日前。僕の街は、静かな、しかし熱を帯びた興奮に包まれていた。

 城壁の上では、衛兵たちが最後の連携確認に余念がなく、市場では、商人たちが討伐隊のための保存食やポーションを、採算度外視で提供していた。建設途中の“みんなの家”の槌音は一時的に止み、職人たちも、誰もが戦いの準備に協力していた。

 街全体が、一つの巨大な生命体のように、来るべき決戦に向けて脈動している。


『……決戦を前にして、この街の住人たちの顔には、恐怖の色がまるでないな。むしろ、祭りでも待っているかのようだ』


(ええ。最高のゲームには、最高の観客が必要ですからね。彼らは、僕たちが必ず勝つと信じている。その信頼こそが、僕たちの最大の武器ですよ)


 僕は作戦司令室で、最後の作戦会議を開いていた。

 テーブルの上には、決戦の地となる竜哭城前の平原を完璧に再現した、巨大な立体地図が浮かび上がっている。


「――皆さん、最終確認です」


 僕の声に、衛兵団のリーダーと騎士の隊長が、引き締まった顔で頷いた。


「我々の勝利条件は、敵軍の殲滅ではありません。そんなことは、最初から不可能だ。我々が目指すのは、ただ一つ。辺境伯様が陣取るであろう、敵本陣の中央旗艦を無力化し、その旗を奪取すること。――つまり、“チェックメイト”です」


 僕の言葉に、衛兵団のリーダーがニヤリと笑う。

「ダンジョンレイドのボス討伐みてえで、分かりやすいぜ」


「だが、どうやって?」

 騎士の隊長の問いに、僕は立体地図上の、いくつかのポイントを指し示した。

「この三週間、僕たちはただ訓練をしていただけではありません。斥候部隊が、決戦の地となる平原の地形を、隅々まで調査済みです。そして、僕の“使い鳥”が、すでにいくつかの“仕掛け”を、彼の地には設置してあります」


 僕がそう言うと、立体地図上のいくつかの地点が、淡く光った。

 そこは、巧妙に隠された落とし穴、敵の騎馬隊の足を止めるためのぬかるみ、そして、こちらの伏兵が潜むのに最適な茂みや岩陰。戦場は、すでに僕たちのホームグラウンドへと、静かに作り変えられていたのだ。



 出発の朝。

 僕が創り上げた“僕だけの軍隊”――特別自治部隊が、街の門の前に整列していた。

 彼らが身にまとう鎧は、騎士団のそれのように統一されてはいない。だが、その一人一人の装備は、僕の創造魔法によって、彼らの戦い方に合わせて最適化された、最高級の逸品だった。

 そして何より、彼らの目には、三週間の地獄を乗り越えたことによる、絶対的な自信と、僕への揺るぎない信頼が宿っていた。


 街の住人たちが、その門出を、万雷の拍手と歓声で見送る。

「ユウマ様、ご武運を!」

「衛兵団、最強!」


 その熱狂の輪から少し離れた場所で、光明教会の司教が、静かにその光景を眺めていた。僕と目が合うと、彼は穏やかに微笑み、小さく頷いてみせた。彼が、僕と辺境伯、どちらの勝利を望んでいるのか、その鉄面皮からは、到底読み取ることはできなかった。


「皆さん、行きますよ!」


 僕は馬上の人となり、高らかに号令をかけた。

「ただの模擬戦です。夕食までには、必ずこの街に帰ってきますから!」

 僕の軽口に、兵士たちから、そして街の住人たちから、大きな笑い声が上がった。



 決戦の地、竜哭城前の平原に到着した時、僕たちは言葉を失った。

 地平線の彼方まで続く、鋼の森。

 辺境伯が率いる騎士団本隊は、僕たちの予想を遥かに上回る規模で、そこに布陣していた。寸分の狂いもなく整列した重装騎兵、森のように立ち並ぶ槍、そして、風にはためく無数の紋章旗。それは、もはや軍隊というよりも、一つの国家そのもののような、圧倒的な威容だった。


「……はっ。化け物みてえな軍勢だな」


 衛兵団のリーダーが、乾いた笑いを漏らす。

 僕たちの部隊は、数で言えば、彼らの十分の一にも満たないだろう。


 その日の夜、僕たちは平原の端にある小高い丘の上に、野営陣地を敷いた。

 眼下には、無数の篝火が、まるで地上に降り注いだ星々のように、煌めいている。あの光の一つ一つが、僕たちが明日、戦うべき敵なのだ。


『……ユウマよ。本当に、勝てるのか?』


 一人、丘の上から敵陣を見下ろす僕の脳内に、神様の、どこか心配そうな声が響いた。


『あれは、この世界で最強の軍隊だぞ。お前の遊戯ゲームは、ここで終わりかもしれん』


(心配してくれてるんですか? ありがとうございます)


 僕は、静かに答えた。


「大丈夫ですよ。どんなゲームだって、ラスボスが圧倒的に強く、そして絶望的に見えるからこそ、面白いんじゃないですか。――そうでなくっちゃ、攻略しがいがない」


 東の空が、わずかに白み始めていた。

 僕の、そして僕の街の全てを賭けた、最高のゲームが、今、始まろうとしていた。

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