表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/45

第38話「竜の顎、王の盤」

 竜哭城の内部は、僕が創り上げた機能的な街とは、何もかもが正反対だった。

 分厚い石壁に覆われた長い廊下、磨き上げられた床に響く僕たちの足音、壁に掛けられた歴代辺境伯の肖像画と、彼らが戦場で使ったであろう武具の数々。その全てが、この城の持つ長い歴史と、血塗られた権威を無言で物語っていた。


「……空気が重いな」


 僕の隣を歩く衛兵団のリーダーが、誰に言うでもなく呟いた。

 彼の額には、脂汗が滲んでいる。騎士の隊長も、古巣であるはずのこの城で、かつてないほど緊張した面持ちで、固く口を結んでいた。城の通路の至る所に立つ衛兵は、僕たちの街のそれとは比べ物にならないほどの練度と、そして冷たい殺気を放っていた。


『……ユウマよ。これは、ただの城ではないな。城そのものが、一つの巨大な生物のようだ。お前を、異物として、じっと値踏みしている』


(ええ。最高のダンジョンですよ。隅々まで探索したくなるような、素晴らしい造形美だ)


 僕だけが、まるで観光客のように、落ち着き払って周囲の装飾を観察していた。

 やがて、僕たちは巨大な両開きの扉の前で足を止める。騎士団長ゲオルグが、重々しく扉を押し開いた。


「――辺境伯アルフォンス様、ご入来にございます」



 謁見の間は、途方もなく広大だった。

 天井は、僕が建設中の“みんなの家”のホールよりも高く、壁にはめ込まれた巨大なステンドグラスが、荘厳な光を床に落としている。長い絨毯が敷かれた道の先、遥か遠くの玉座に、一人の男が座っていた。


 辺境伯アルフォンス。

 この地を治める、絶対的な権力者。

 僕たちがゆっくりと玉座の前まで進み、片膝をつく。僕も、郷に入っては郷に従えとばかりに、二人と同じように礼を取った。


「――面を上げよ」


 聞こえてきたのは、想像していたような尊大な声ではなかった。

 静かで、落ち着いていて、しかし、有無を言わせぬ絶対的な支配者の響きを持った、不思議な声だった。

 僕が顔を上げると、玉座の主と、初めて目が合った。


 年の頃は四十代半ばだろうか。整った顔立ちに、わずかに銀髪の混じった黒髪。その瞳は、底なしの湖のように深く、僕の全てを見透かしているかのようだった。

 彼こそが、僕がこの世界で初めて対峙する、“王”というクラスのプレイヤーだった。


「……そなたが、ユウマか。噂に聞く“聖人”とは、随分と趣が違うな」


 辺境伯は、僕の目を見て、楽しそうに言った。


「むしろ、俺と同じ種類の人間のように見える。――盤を挟み、駒を動かすことを、何よりも好む、ただの“遊戯者プレイヤー”の目だ」



 その言葉に、僕の背後にいた二人は息を呑んだ。

 だが、僕は不敵に笑って返した。


「光栄です、辺境伯様。あなた様も、僕が想像していた“領主”とは、随分と違う。もっと、つまらない方かと思っていましたから」

「ほう?」

「僕が仕掛けた盤上の遊戯に、これほど見事な一手を返してくるとは。――正直、感服いたしました。あなた様は、最高のライバル(プレイヤー)です」


 僕たちの会話は、もはや交渉や謁見ではなかった。

 初めて出会った、互いの実力を認め合う、二人のゲーマーのそれだった。


 辺境伯は、玉座の上で、心底楽しそうに笑った。

「……面白い。実に面白い男だ。ゲオルグが、貴様を“常識では測れぬ”と評した意味が、よく分かった」


 彼は、すっと立ち上がると、玉座から降りて僕の目の前までやってきた。

 その体から放たれる威圧感は、ホブゴブリン・ジェネラルなど比較にならない、本物の王者の風格に満ちていた。


「ユウマよ。そなたの逆提案、聞かせてもらった。自由交易都市、共同調査団、そして……合同軍事演習、か。どれも、実に突拍子もなく、そして、魅力的だ」


 辺境伯は、僕の肩に、ポンと手を置いた。


「――よかろう。その“ゲーム”、乗ってやろうではないか」



 その言葉に、僕の背後から安堵のため息が漏れる。

 だが、辺境伯は、獰猛な笑みを浮かべて続けた。


「だが、遊戯には“賭けベット”が必要だ。そなたの提案した合同軍事演習、これを受諾する。三週間後、この城の前の平原で、そなたの“特別自治部隊”と、我が騎士団本隊、雌雄を決しようではないか」


 彼の瞳が、鋭く光る。


「もし、そなたが勝利したならば、そなたの提案を全て受け入れよう。真の自治区として、我が領内における最大限の自由を約束する。だが……」


 辺境伯の声が、絶対零度の冷たさを帯びた。


「もし、そなたが敗れたならば、そなたの街、そなたの持つ全ての技術、そして、そなた自身の命、その全てを、この俺に差し出してもらう。――この条件、呑めるか? “プレイヤー”よ」


 それは、究極の選択。

 勝てば全てを、負ければ全てを失う、ハイリスク・ハイリターンのギャンブル。


『……ユウマ。こいつ、本気だぞ。お前という駒を、喉から手が出るほど欲しがっている。だが、手に入らぬのなら、完全に破壊するつもりだ』


 神様の警告が、僕の頭に響く。

 だが、僕の答えは、最初から決まっていた。


「――ええ、もちろん」


 僕は、目の前の絶対的な支配者に向かって、最高の笑みを浮かべてみせた。


「そのゲーム、謹んでお受けします」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ