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第37話「盤上へ」

 辺境伯からの“招待状”は、僕の街に静かな、しかし確かな衝撃を与えた。

 作戦司令室に集まった街の代表者たちは、僕が手にした一枚の羊皮紙を、まるで猛毒を持つ蛇でも見るかのような目で睨みつけている。


「……会談、だと? この状況でか?」


 最初に沈黙を破ったのは、衛兵団のリーダーだった。その声には、隠しきれない怒りと警戒が滲んでいる。


「罠に決まってる! 経済封鎖が失敗した腹いせに、ユウマ、お前をおびき出して捕らえる気だ! 絶対に行くんじゃねえ!」

「その通りです、ユウマ殿!」


 商人ギルドの代表も、血相を変えて続く。

「辺境伯の城は、難攻不落の竜の巣。一度入れば、生きて帰れる保証などどこにもない! 我々は、あなたという指導者を失うわけにはいかんのです!」


 村長も、騎士の隊長さえも、誰もが反対だった。

 彼らの心配はもっともだ。どう考えても、これは鴻門の会。敵のホームグラウンドに、わざわざ無防備で乗り込むようなものだ。


『おいおい、ユウマ。さすがに、これは無謀すぎるんじゃないか? どんな縛りプレイだ?』


 神様までが、本気で心配するような声で忠告してくる。

 だが、僕の決意は揺らがなかった。



「皆さん、聞いてください」


 僕は、激昂する仲間たちを手で制すると、静かに、しかし力強く語りかけた。


「これは、罠かもしれない。ですが、同時に、千載一遇の“チャンス”でもあるんです」

「……チャンス、だと?」


 訝しげな顔をする衛兵団のリーダーに、僕は頷いた。


「考えてもみてください。辺境伯は、なぜ僕たちを軍隊で攻め滅ぼさなかったのか? それは、僕たちの街が、もはや力ずくでは容易に落とせないほどの“価値”と“力”を持っていると、彼自身が認めたからです。だからこそ、彼は次の手として、僕というプレイヤーを直接、盤上から排除しようとしている」


 僕は、テーブルの上に広げられた地図を指さした。


「この招待は、彼からの“チェック”です。僕がこのプレッシャーに屈して籠城を選ぶような、小物プレイヤーなのか。それとも、彼の土俵に堂々と乗り込んでくるだけの、対等に渡り合えるライバルなのかをね」


 僕は、仲間たち一人一人の顔を見渡して、言った。

「ここで僕が逃げれば、僕たちは永遠に、彼の掌の上で踊らされる駒のままです。ですが、僕がこの招待を受け、彼の前で堂々と渡り合えば、僕たちは初めて、この盤の上で対等なプレイヤーになれる。僕は、そっちの未来に賭けたい」



 僕の覚悟を込めた言葉に、部屋は再び静まり返った。

 やがて、重い口を開いたのは、騎士の隊長だった。


「……ユウマ殿が行くとおっしゃるのなら、俺も共に行こう。元は辺境伯に仕えた身。城の案内役くらいは務まるはずだ」

「おいおい、抜け駆けはずるいぜ、隊長さんよ」


 衛兵団のリーダーが、ニヤリと笑って続く。

「交渉の席に、護衛の一人もいねえんじゃ、様にならねえだろ? 俺も行く。ユウマの背中は、俺が守ってやる」


 僕が何も言わないうちから、同行者は決まっていた。

 この街の武力を象徴する、元騎士と元冒険者。これ以上ない、頼もしい護衛だった。


 僕が辺境伯の城へ向かうという報せは、すぐに街中へと広まった。

 出発の朝、街の門の前には、多くの住人たちが見送りに集まっていた。彼らの顔に、以前のような不安の色はない。ただ、僕たちの無事を祈る、静かで、そして強い信頼の眼差しが、そこにはあった。


 その中には、司教の姿もあった。

「聖人様。あなた様のご無事を、我らも神に祈っております。この“聖水”を、道中のお守りとしてお持ちください」


 差し出された小瓶を、僕は丁重に受け取った。

 この男の腹の内は読めない。だが、今は利用できるものは、何でも利用するだけだ。



 僕たち三人を乗せた馬は、北へと向かう。

 数日後、僕たちの視界の先に、天を突くような巨大な城のシルエットが見えてきた。

 辺境伯の居城、“竜哭城ドラゴンクライ・キャッスル”。

 僕が創り上げた機能的な要塞都市とは全く違う、歴史の重みと、絶対的な権威を象徴するかのような、威圧的な巨城だった。


『……いよいよだな、ユウマ。ラスボスのダンジョンに到着、といったところか』


(ええ。最高のステージじゃないですか)


 城門の前で、僕たちは騎士団長ゲオルグに出迎えられた。

 彼は僕たち三人を値踏みするように見つめると、静かに、しかし重々しく、こう言った。


「――お待ちしておりました、ユウマ殿。我が主が、謁見の間にてお待ちかねです」


 重い城門が、ギシリと音を立てて開かれていく。

 その先には、僕というプレイヤーを待ち受ける、このゲームで最も難易度の高い、交渉という名のボス戦が待っていた。

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