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第35話「希望を乗せた船」

 魔導蒸気船“希望号”の船出は、静かな、しかし確かな熱狂の中で行われた。

 僕が選んだ乗組員は、衛兵団のリーダーと数名の屈強な元冒険者、そして商人ギルドの代表とその部下たち。戦闘のプロと、交渉のプロを揃えた、少数精鋭のチームだ。街の住人たちは、僕たちが乗り込んだ希望号が、川岸を離れていくのを、祈るような目で見送っていた。


「すげえ……本当に風もなしに進んでやがる……」


 船首に立った衛兵団のリーダーが、子供のようにはしゃいでいる。

 希望号は、僕が創造した“魔導エンジン”の力を、船体両脇の巨大な外輪へと伝え、力強く、そして滑らかに川面を進んでいく。その速度は、熟練の船乗りが操る帆船が、追い風を受けた時のものに匹敵、いや、それ以上だった。


「これだけ速ければ、南の湖畔の街まで、丸一日もかからずに着けるでしょう」


 僕の言葉に、商人ギルドの代表が目を丸くした。

「ば、馬鹿な! 陸路なら馬車を飛ばしても五日はかかる距離ですぞ!?」

「ええ。だからこそ、これが僕たちの“切り札”になるんです」


 僕たちの船旅は、順調そのものだった。

 僕が切り拓いた“大河の道”には、船の航行を妨げるような障害物は一つもない。時折、川岸の街道から、僕たちの船を信じられないといった顔で指さす、辺境伯の兵士たちの姿が見えた。彼らは、自分たちが封鎖しているはずの陸路のすぐ隣を、見たこともない巨大な船が悠々と進んでいくという、悪夢のような光景を目の当たりにしているのだ。


『はーはっはっは! 見ろ、ユウマ! あの兵士どもの、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を! 最高に愉快だな!』


(ええ。彼らには、僕たちの“アップデート”についてきてもらわないと)


 神様との軽口を楽しみながら、僕は南の空を見据えていた。



 その日の夕暮れ時、僕たちの視界の先に、広大な湖の水平線と、湖畔に広がる大きな街の明かりが見えてきた。

 南の交易都市、リリアン。

 辺境伯の直接的な支配が及ばない、自由な気風で知られる商業都市だ。


 希望号がリリアンの港に近づくと、港はたちまち騒然となった。

 帆もなければ、櫂を漕ぐ者もいない。ただ、船体の脇についた奇妙な水車を回しながら、煙突からうっすらと魔力の蒸気を吐き出して進む僕たちの船は、彼らにとって、まさに未知との遭遇だった。


「な、なんだ、あの船は!?」

「魔物の類か!?」


 港の警備兵たちが、慌てて武器を構える。

 僕は船の速度を落とさせると、船首に立ち、大声で叫んだ。


「我々は、北より来た商船団である! 武器を構える必要はない! 我々が望むは、この街との公正なる“取引”のみ!」


 僕の言葉に、港のざわめきは収まらない。

 やがて、港の商人たちをまとめる、恰幅のいいギルドマスターらしき男が、護衛を連れて埠頭の先端へと進み出てきた。


「……北から来た、だと? 北へ続く道は、辺境伯様によって封鎖されているはずだが。お前たちは、一体何者だ?」


 疑念に満ちたその問いに、僕の隣にいた商人ギルドの代表が、一歩前に出た。


「これはこれは、リリアンのギルドマスター殿。ご無沙汰しております。我々は、新たに生まれた街、“ユートピア”の商船団。陸路が塞がれているならば、新たな道を開くまで。――我々は、川を遡ってやって参りました」


「……川を? 馬鹿なことを。あの川は、小舟しか通れぬはず……」


 ギルドマスターは、僕たちの船――希望号の、常識外れの巨体と、その静かで力強い動きを、改めてまじまじと見つめた。

 彼の目に、最初は警戒しかなかった色が、次第に商人としての強烈な好奇心と、そして欲望の色へと変わっていくのが、僕にははっきりと分かった。



 その夜、僕たちはリリアンの商人ギルドの賓客として、最高のもてなしを受けた。

 僕たちの街から持ってきた、ダンジョン産のポーションや、特殊な鉱石、そして“ラーメン”の乾麺と秘伝のスープの素は、彼らを熱狂させるには十分すぎた。


「……信じられん。これほどの品々が、あの寂れた村から……いや、新たな街から産出されているというのか」


 ギルドマスターは、僕たちが提示した交易品のリストを、震える手で見つめている。


「ええ。そして、この希望号があれば、これらの品を、これまでの半分の時間で、安定してこの街まで運ぶことができます。我々が欲しいのは、食料と、街の発展に必要な物資。あなた方が欲しいのは、この街では手に入らない、希少で価値のある商品。どうです? 我々と手を組むメリットは、十分にあると思いますが」


 僕の言葉は、決定打だった。

 翌朝、希望号の船倉は、リリアンの商人たちが先を争って提供した、山のような小麦や塩、鉄鉱石などで、満杯になっていた。



 僕たちがリリアンを後にする頃には、港は僕たちの船を一目見ようという人々で、黒山の人だかりができていた。

「“希望号”か……。面白い。実に面白い」

 ギルドマスターは、僕たちの船を見送りながら、意味深に呟いていた。

 この新たな交易路の噂は、瞬く間に、この地方の全ての商人たちの耳に入ることだろう。


 帰りの船の上で、衛兵団のリーダーが、興奮した様子で僕に話しかけてきた。

「ユウマ! これで、もう食料の心配はねえな!」


「ええ。ですが、これは始まりにすぎませんよ」


 僕は、遠ざかっていくリリアンの街並みと、これから帰るべき僕たちの街の方向を、交互に見つめながら言った。


「僕たちが手に入れたのは、ただの食料じゃない。辺境伯の支配に縛られない、“自由な経済圏”への扉です。ここから、僕たちの本当の“国づくり”が始まるんですよ」


 僕の言葉に、乗組員たちはゴクリと息を呑む。

 彼らの目には、もはや僕がただの街の指導者ではなく、新たな時代の創造主として映っていた。

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