第34話「第三の道」
街は、静かなる絶望に包まれていた。
辺境伯による完全な経済封鎖。それは、剣や魔法よりも、遥かに冷酷で、そして効果的な攻撃だった。街の備蓄食料は、もってあと十日。商人たちは商品を仕入れることができず、市場からは日に日に活気が失われていく。その一方で、光明教会の司教は、慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、「我々の支援を受け入れれば、民が飢えることはない」と、甘い言葉で街の有力者たちを揺さぶり続けていた。
「……もはや、これまでか」
作戦司令室には、重苦しい空気が漂っていた。
村長は力なく項垂れ、商人ギルドの代表は血の気の引いた顔で帳簿を睨んでいる。衛兵団のリーダーでさえ、その屈強な肩を落としていた。
「ユウマ。お前の考えを聞かせろ。このままじゃ、俺たちは干上がるのを待つだけだ。教会の軍門に下るか、それとも、辺境伯に降伏するか……。どっちを選んでも、この街は終わりだ」
全員の視線が、僕に集まる。
彼らの目には、わずかな期待と、それ以上の諦観の色が浮かんでいた。
僕は、そんな彼らに向かって、ただ一言、こう言った。
「皆さん、川へ行きましょう」
◇
「……川? 川が、どうかしたのか?」
僕の突拍子もない提案に、誰もが困惑していた。
僕が皆を連れてきたのは、街の西側を流れる、名もなき川のほとりだった。ゴブリン討伐の前は、村の子供たちが水遊びをするくらいの、穏やかだが、特に何の変哲もない川だ。
「見てください。この川は、北の山脈から、南の広大な湖へと続いています」
僕がそう言うと、商人ギルドの代表がため息をついた。
「だからどうしたというのだ、ユウマ殿。この川は水深が浅く、おまけに岩も多い。小さな手漕ぎ舟くらいしか通れん。交易路には、到底なり得んよ」
「ええ。“今までは”そうでしたね」
僕は不敵に笑うと、川に向かって両手を広げた。
「辺境伯が陸路を塞ぎ、教会が心に壁を築くというのなら、僕たちは、第三の道を開けばいい。――天が駄目なら、地を。地が駄目なら、水を。それが、僕のやり方です」
「――創造! 『大河の道』!」
僕がそう叫んだ瞬間、大地が、いや、川そのものが、唸りを上げて震え始めた。
川底の土砂が、まるで意志を持っているかのように左右に避け、水中の岩は砂となって水に溶けていく。川の流れは、僕の魔力によって導かれ、深く、広く、そして穏やかな、巨大な水路へと、その姿を瞬く間に変えていった。
「な……!?」
「川が……道に……!」
目の前で繰り広げられる、まさに天地創造の如き光景に、誰もが言葉を失う。
だが、僕の奇跡は、まだ終わらない。
◇
「そして、この道を往くための、僕たちの“脚”も必要ですね」
「――創造! 『魔導蒸気船』!」
新たに生まれた大河の水面に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
光の粒子が収束し、水面を割って姿を現したのは、この世界の誰もが見たことのない、異形の船だった。
帆はない。代わりに、船体の中央には、ダンジョンから産出された巨大な魔石を動力源とする“魔導エンジン”が、青白い光を放ちながら鎮座している。船体の両脇には、水を掻くための巨大な外輪が取り付けられ、その流線形のフォルムは、水の抵抗を最小限に抑えるための、僕のゲーム知識の結晶だった。
「……ふ、ね……?」
誰かが、か細い声で呟いた。
それは、彼らが知る船という概念を、完全に超越した存在だった。
僕が船に乗り込み、魔導エンジンを起動させると、ゴウン、という重低音と共に、船がゆっくりと動き出した。外輪が力強く水を掻き、風がなくても、川の流れに逆らって、驚くべき速度で進んでいく。
◇
僕は、呆然と立ち尽くす仲間たちに向かって、船の上から高らかに宣言した。
「この船の名は、“希望号”! これより、この船で南の湖畔の街まで向かい、必要な物資を全て仕入れてきます! 辺境伯の兵士たちが陸の上で指をくわえて見ている間に、僕たちは、誰にも邪魔されない、僕たちだけの交易路を手に入れるんです!」
その言葉に、最初に我に返ったのは、衛兵団のリーダーだった。
「……へ、へへ……」
乾いた笑いが、やがて腹の底からの大爆笑へと変わる。
「はーはっはっは! そうか、そうだよな! 陸が駄目なら、川を使えばいい! なんで誰も気づかなかったんだ! ユウマ、お前、やっぱ最高だぜ!」
その声を皮切りに、絶望に沈んでいた人々の顔に、次々と笑みが、そして熱狂が戻ってきた。
『……正気か、お前は。経済封鎖への対抗策が、運河の開拓と蒸気船の発明とはな。もはや、街づくりではなく、文明創造の域だぞ』
(ええ。最高のゲームは、常にアップデートされ続けないと、プレイヤーが飽きてしまいますからね)
僕は街の新たな可能性を切り拓く“希望号”の船首に立ち、南の湖へと続く、まだ誰も見たことのない水平線を見据えていた。
辺境伯と教会の仕掛けた、静かなる包囲網は、僕が創造したこの第三の道によって、今、完全に無力化されたのだ。




