第33話「静かなる包囲網」
辺境伯からの返事を待つ日々は、奇妙な静けさと、それとは裏腹の熱狂的な活気に満ちていた。
僕の街では、日の出と共に槌音が響き渡り、日没までそれが止むことはない。“竜鱗の城壁”は日に日にその高さを増し、今や街全体を包み込む、難攻不落の威容を誇り始めていた。同時に、“みんなの家”の建設も着々と進み、その斬新な姿は、街の新たな希望の象徴として、空へと伸びていく。
「……信じられんな。この数日で、ただの村が、要塞都市に生まれ変わるとは」
城壁の上から眼下の光景を見下ろしながら、騎士の隊長が感嘆の声を漏らした。
彼の隣では、衛兵団のリーダーが誇らしげに胸を張っている。
「へっ、これが俺たちの街よ。ユウマの頭脳と、俺たちの腕がありゃ、国だって創れるぜ」
最初はぎこちなかった二人の間にも、今では確かな戦友としての絆が生まれていた。
彼らだけではない。冒険者も、商人も、村人も、誰もがこの街づくりという壮大なプロジェクトの一員であることに誇りを持ち、その瞳は希望に満ち溢れていた。
『……見事なものだな。恐怖を、希望と活気に塗り替えてしまうとは。お前の人心掌握術は、もはや神の域だぞ』
「最高のゲームは、プレイヤーが楽しんでこそですからね。やらされてやるクエストほど、つまらないものはないでしょう?」
僕は、城壁の上を吹く風を感じながら、満足げに答えた。
◇
だが、僕はただ楽観的に建設作業を眺めているだけではなかった。
辺境伯が、僕の逆提案に対して、ただ沈黙を守っているはずがない。水面下では、必ず何らかの動きがあるはずだ。
「――創造! 『千里眼の使い鳥』!」
僕は夜陰に紛れ、手のひらサイズの鳥型のゴーレムを数十体創り出すと、街の四方八方へと放った。
これらの使い鳥は、僕の目となり耳となり、この街の周囲数百キロの情報を、リアルタイムで僕の脳内にある立体地図へと転送してくる。
(軍隊の動きはない……か。では、一体何を企んでいる?)
数日間、偵察を続けても、辺境伯の領地から軍隊が出撃する気配は全くなかった。
だが、僕は別の、より静かで、そして陰湿な“異変”に気づき始めていた。
街へと向かう街道を、商人たちの馬車が通る数が、日に日に減ってきているのだ。最初は気のせいかと思ったが、使い鳥が送ってくる映像は、その異常が偶然ではないことを示していた。
街道の、街から数十キロ離れたいくつかの関所で、辺境伯の兵士たちが、僕の街へ向かおうとする商人たちを押し留め、別の道へと誘導しているのだ。
(……なるほどな。武力ではなく、兵糧攻めか。経済封鎖で、僕たちの街を内側から干上がらせるつもりか)
実にクレバーで、そして厄介な一手だった。
◇
そんな僕の悩みを、見透かしたかのようなタイミングで、あの男が僕の元を訪れた。
光明教会の司教だ。
彼は、“みんなの家”に建設中の礼拝堂の進捗を確認するという名目で、僕に接触してきた。
「聖人様。街の防備、そして新たなシンボルの建設、実に順調なご様子。これも、神のご加護と、聖人様の類まれなるお力の賜物ですな」
穏やかな笑みを浮かべる司教に、僕は単刀直入に切り出した。
「ご用件は、それだけですか?」
僕の言葉に、司教は一瞬だけ目を細めたが、すぐに慈愛に満ちた表情に戻った。
「……お察しが早い。実は、聖人様にご助力願いたいことが。ご覧の通り、この街は辺境伯様の不興を買い、孤立しつつあります。食料や物資の流通が滞れば、いずれ、この素晴らしい街も立ち行かなくなるでしょう」
「……」
「ですが、聖人様。ご安心ください。我ら光明教は、神の教えの下、常に民と共にあります。我々の教会が持つ独自の流通網を使えば、辺境伯様の封鎖を掻い潜り、この街へ物資を届けることも、不可能ではございません」
それは、悪魔の囁きのように、甘美な提案だった。
だが、もちろん、タダであるはずがない。
「……その見返りは?」
僕の問いに、司教は満足げに頷いた。
「この街の、全ての民が、光明教の信徒となること。そして、この街の運営において、我ら教会の指導を、第一に仰いでいただくこと。それだけでございます」
◇
『おいおい、ユウマ。領主との戦争の裏で、今度は宗教に乗っ取りを仕掛けられたぞ。どうする?』
(ええ、最高の展開ですよ。これで、役者は全て揃いましたからね)
司教との会話を終えた僕の元へ、城壁の見張り台から、斥候が血相を変えて駆け込んできた。
「ユウマ様! 大変です! 街に通じる全ての街道が、辺境伯の兵によって、完全に封鎖されました! 我々の街は……陸の孤島になりました!」
その絶望的な報告に、周囲にいた衛兵たちが息を呑む。
だが、僕の表情は、どこまでも冷静だった。
「……わかりました。ご苦労様です」
僕は、司令室の立体地図を見つめる。
地図上には、僕の街を囲むように、赤い×印が次々と灯っていた。完璧な経済封鎖網。
(さあ、辺境伯様。司教様。あなたたちのターンは終わりました。ここから先は、僕のターンです)
僕は、誰もが絶望するその盤面を前に、不敵に、そして楽しそうに、笑っていた。
この街には、まだ誰にも見せていない、最大の“切り札”が残っているのだから。




