第32話「難攻不落のホームグラウンド」
僕の常識外れの宣言は、作戦司令室に鉛のような沈黙を落とした。
村長は顔を青ざめさせ、わなわなと震えている。商人ギルドの代表は血の気の引いた顔で、絶望的な計算を頭の中で繰り返しているのだろう。誰もが、僕がしでかしたことの重大さに、思考が追いついていないようだった。
最初にその沈黙を破ったのは、意外にも、テーブルを叩いて激昂していた衛兵団のリーダーだった。
はーーーーっ、と。天を仰いで、これ以上ないほど深いため息をついた彼は、やがて呆れと諦めが混じったような、乾いた笑みを浮かべた。
「……もう、何も言う気にもならねえ。どうせ、俺たちが何を言ったところで、お前の頭ん中にあるゲーム盤は、ひっくり返らねえんだろ?」
その言葉には、非難ではなく、ある種の全幅の信頼が込められていた。
彼は、僕の狂気じみた作戦が、いつだって自分たちの想像を超え、そして常に最善の結果をもたらしてきたことを、誰よりも理解しているのだ。
「……で? その稼いだ時間で、俺たちは何をすりゃいいんだ? 次の指示をくれよ、“大将”」
その言葉を待っていました、とばかりに、僕は不敵に笑った。
「皆さん、すぐに街の住民を広場に集めてください! これから、僕たちの街が生き残るための、最も重要な工事を始めます!」
◇
その日の午後、僕は街の全ての住民を広場に集め、現状を包み隠さず説明した。
辺境伯からの厳しい要求。そして、僕がそれを突っぱね、新たな提案を突きつけたこと。街が、外部からの圧力に晒されているという事実を。
広場は、水を打ったように静まり返った。
だが、彼らの顔に浮かんでいたのは、恐怖や絶望ではなかった。
「……つまり、戦争になるかもしれねえってことか」
誰かのその一言に、別の誰かが答える。
「上等じゃねえか! 俺たちの街は、俺たちの手で守る!」
「ユウマさんがいる限り、俺たちは負けねえ!」
広場は、やがて地鳴りのような歓声に包まれた。
ゴブリンの群れを退け、死の大地を浄化した僕への信頼。そして何より、自分たちの手で創り上げてきたこの街への愛着が、彼らの心を一つにしていた。
僕は、その熱気を一身に受けながら、高らかに宣言した。
「――これより、この街の最終防衛ライン、“城壁”の建設を開始します!」
◇
「――創造! 『竜鱗の城壁』!」
僕は街の外縁部、広大な土地に手をかざした。
大地が轟音と共に隆起し、地面から、まるで巨大な竜の鱗を思わせる、黒曜石のように輝く分厚い壁が、次々と姿を現していく。
それは、ただの石壁ではなかった。僕の創造魔法によって、物理的な衝撃だけでなく、魔法攻撃に対しても高い耐性を持つ、特殊な魔力を帯びた城壁だ。
城壁は、街全体を円形に、完璧な形で包み込んでいく。
その高さは、騎士団の使う攻城兵器ですら、容易には越えられないだろう。
「う……おおおお……!」
「壁が……一瞬で……!」
街の住人たちは、その神の如き光景に、もはや驚くことすら忘れ、ただただ圧倒されていた。
だが、僕の仕事はまだ終わらない。
「棟梁! あとは頼みます!」
「おう、任せとけ!」
僕が創り上げたのは、あくまで壁の本体だけだ。
その上には、兵士が移動するための通路や、矢を放つための狭間、そして敵を迎え撃つための櫓を、これから街の住人たちの手で建設していくのだ。
建設途中の“みんなの家”から、一部の職人たちが城壁建設の応援に駆けつけ、街は再び、活気ある槌音に包まれ始めた。
◇
『……正気か、お前は。辺境伯との交渉中に、これ見よがしに城壁を建てるとはな。もはや、完全に臨戦態勢じゃないか』
夕暮れ時、日に日に高くなっていく城壁の上から、僕は自分の街を眺めていた。
神様の呆れた声に、僕は不敵に笑う。
「ええ。最高の対人戦(PvP)には、最高のフィールドが必要不可欠ですからね。僕たちのホームグラウンドでなら、どんな格上のプレイヤーが相手でも、負ける気はしませんよ」
建設中の“みんなの家”。活気に満ちた市場。そして今、鉄壁の守りとして生まれつつある城壁。
僕の街は、辺境伯からの返答を待つ間にも、内側から、そして外側から、凄まじい勢いで進化を遂げていた。
(さあ、辺境伯様。僕がアップデートした、この新しい“ステージ”を見て、あなたは次にどんな手を打ってきますか? あなたのターンが、今から楽しみで仕方ありませんよ)
僕の街づくりは、もはやただのシミュレーションゲームではない。
領主という巨大なライバルとの、リアルタイムストラテジーが、今、始まろうとしていた。




