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第31話「盤上の駒、ひっくり返す者」

「面白い。あなたの主人である辺境伯様は、どうやら僕と同じくらい、この“ゲーム”を楽しんでいるらしい」


 僕の言葉に、作戦司令室の空気は、張り詰めた弦のように震えた。

 村長や商人代表は、僕が何を言っているのか理解できず、ただ顔を青ざめさせている。絶体絶命の要求を突きつけられた指導者の言葉とは、到底思えなかったからだ。

 目の前の騎士団長ゲオルグも、その歴戦の顔から初めて表情を消し、僕を値踏みするように、鋭く見つめ返してきた。


「……ゲーム、だと?」


 ゲオルグの低い声には、かすかな怒りと、それ以上の困惑が滲んでいた。


「そうだ。僕にはそう見えますよ。辺境伯様は、僕がこの街という駒をどう動かすのか、高みの見物を楽しんでいる。そして、僕が少し有利になったと見るや、盤上のルールそのものを書き換えるような、見事な一手を打ってきた。違いますか?」


 僕は、恐怖も怒りも見せず、ただ純粋に、好敵手の登場を喜ぶプレイヤーのように笑った。



「……貴官の真意が測りかねる。我が主の提案は、最終通告だ。イエスか、ノーか。それ以外の返答はないはずだが」


 ゲオルグは、あくまでも交渉の主導権は向こうにあると、釘を刺してくる。

 だが、僕はその土俵に乗るつもりはなかった。


「もちろん、お答えしますよ。ですが、その前に。辺境伯様の素晴らしいご提案について、僕からもいくつか“確認と追加提案”をさせていただきたい」


 僕は、ゲオルグが提示した三つの条件を、指を折りながら一つずつ確認していく。


「まず、独占交易権。素晴らしいアイデアです。この街の富が辺境伯領全体を潤す……実に壮大な構想だ。ですが、この街をただの“供給元”にするだけでは、ポテンシャルを半分も活かせません」


 僕は立ち上がると、壁に貼られた地図を指さした。


「この街を、辺境伯領全体の物流が集まる、巨大な“自由交易都市”にするんです。僕が街道を整備し、安全を確保する。辺境伯様の名の下に、あらゆる地域の商人をここに呼び込み、一大経済圏を創り上げる。そうなれば、辺境伯様は独占交易権などという小さな利益ではなく、この経済圏そのものを手中に収めることになる。その方が、よほど“面白い”と思いませんか?」


「……なんだと?」


「次に、資源管理官の常駐。これも結構。ですが、このダンジョンはまだ未知の部分が多すぎる。だから、ただの“監視役”ではなく、辺境伯家と我々による“共同調査団”を設立しましょう。最高の冒険者と、最高の学者を集め、このダンジョンの謎を解き明かす。そこから生まれる新たな知識や技術は、計り知れない価値を持つはずです」


 僕は、一方的な支配の構造を、次々と“共同プロジェクト”へとすり替えていく。

 そして、最後に。


「そして、衛兵団の正規軍化。これも、この上ない名誉です。ですが、ゲオルグ騎士団長。あなたは、自分が率いることになるかもしれない部隊の“本当の実力”を、まだご存知ない」


 僕は、ゲオルグの目を真っ直ぐに見据えて、言い放った。


「ですから、正式に辺境伯様の指揮下に入る前に、一つ条件があります。我々の衛兵団と、辺境伯様の騎士団本隊による、大規模な“合同軍事演習”の開催を要求します。もちろん、指揮を執るのは、僕とあなた。どちらの戦術が優れているか、辺境伯様ご自身の目の前で、はっきりさせてからでも、遅くはないでしょう?」



 部屋に、再び沈黙が落ちる。

 だが、先ほどまでの絶望的な沈黙とは、全く質が違っていた。

 村長も、商人も、衛兵団のリーダーも、誰もが僕の途方もない逆提案に、開いた口が塞がらないでいる。

 それは、もはや交渉や取引ではなかった。対等な、いや、それ以上の立場から、辺境伯という巨大なプレイヤーに対して、新たな“ゲーム”のルールを提示しているのに等しかったからだ。


 ゲオルグは、長い、長い沈黙の後、深く、そして重いため息をついた。


「……ユウマ殿。貴官は、自分が何を言っているのか、理解しているのか?」

「ええ、もちろん。最高のゲームには、最高のプレイヤーと、最高のルールが必要ですからね」


 ゲオルグは、兜の額を押さえると、天を仰いだ。

 彼の頭の中では、この常識外れの提案を主にどう報告すればいいのか、必死で言葉を探しているのだろう。


「……この件、俺の一存では判断できん。全て、主に持ち帰らせていただく」


 それだけを言うのが、彼には精一杯だった。



 ゲオルグ率いる一団が、嵐のように去っていく。

 その背中が見えなくなるまで見送った後、作戦司令室では、堰を切ったようなどよめきが起こった。


「ゆ、ユウマ殿! 今のは一体……!」


 村長の震える声に、僕はにっこりと笑って答えた。


「時間稼ぎですよ。そして、相手の出方を見るための、観測気球です」


 僕は、建設途中の“みんなの家”を見つめながら、呟いた。


「辺境伯がこの“ゲーム”に乗ってくるなら、僕たちは対等なプレイヤーとして、新たな関係を築ける。もし、乗ってこないなら……その時は、力ずくで僕たちを潰しに来る。その決戦の日が来る前に、僕たちはこの街を、誰にも落とせない、難攻不落の要塞ホームグラウンドに仕上げるんです」


『……正気か、お前は。辺境伯を、完全に敵に回す気か』


(いいえ。最高のライバルとして、僕のゲームに参加してもらうんですよ)


 僕の街づくりは、領主との交渉という名の、高難易度な対人戦(PvP)フェーズへと、ついに突入したのだ。

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