第28話「みんなの家」
「――この街に建てるべきは、特定の誰かを崇めるためのものではない。この街の、皆の祈りと未来を象徴するような……そんな“みんなの家”であるべきだと、僕は思います」
僕の言葉は、静かな、しかし確かな力を持って広場に響き渡った。
熱狂的な歓声に包まれていた街の住人たちは、その聞き慣れない言葉に、ざわめきを止めて僕を見つめる。“みんなの家”? それは一体、何なのだろうか、と。
最も早く我に返ったのは、司教だった。
彼の穏やかな笑みは一瞬だけ揺らいだが、すぐに完璧な聖職者の仮面を被り直すと、僕に問いかけた。その声は、あくまでも聖人への敬意を払う、柔らかなものだった。
「……聖人様。その“みんなの家”とは、具体的にどのようなものでございましょうか? 神の栄光を形にし、民の心を一つにする大聖堂こそが、この地上における、最も素晴らしい“みんなの家”となるはずですが」
僕の抽象的な提案を、すぐさま自分たちの土俵へと引き戻そうとする、見事な切り返し。
だが、僕もこの瞬間を待っていた。
◇
「司教様。この街が、どうやって生まれたか、ご存知ですか?」
僕は問いを問いで返す。
そして、集まった街の住人たち一人一人の顔を見渡しながら、ゆっくりと語り始めた。
「ここは、元々は貧しい村でした。ですが、そこに冒険者が集い、商人が訪れ、騎士の皆さんが力を貸してくれた。村人も、よそ者も関係なく、誰もがこの街を良くしたいと願い、汗を流してきた。誰か一人が偉いのではなく、みんなが主役なんです。だから、この街のシンボルは、誰か一人の神様を祀る場所であるべきじゃない」
僕は広場の中央へと歩み出ると、右手を天に掲げた。
「――創造! 『未来の設計図』!」
僕がそう唱えると、広場の中央の空間に、光の粒子が集まって、巨大な建物の立体設計図がホログラムのように浮かび上がった。
それは、街の住人たちが今まで見たこともない、革新的なデザインの建物だった。
天を突くような尖塔はない。代わりに、人々を優しく迎え入れるような、円形の美しいフォルム。建物の中心には、誰でも自由に集える巨大な吹き抜けのホールがあり、そこから放射状に、様々な施設へと繋がっている。
衛兵団の詰所よりも大きな、冒険者ギルドの支部。商人たちが取引を行うための、広々とした商談スペース。子供たちが文字や計算を学べる、小さな学び舎。そして、この世界の歴史や物語を記した書物を収めるための、図書館まで備わっていた。
「な……なんだ、これは……」
商人ギルドの代表が、ゴクリと息を呑む。
冒険者たちは、本格的なギルドの姿に目を輝かせ、村人たちは、子供たちが学べる場所に希望を見出していた。
「ここは、ただ神に祈るだけの場所じゃない」
僕は、光り輝く設計図を指さしながら、宣言した。
「ここは、街の未来をみんなで語り合い、新しい知識を学び、困った人がいれば助け合うための場所。衛兵団の作戦司令室も、商人ギルドも、冒険者ギルドも、全てがここにある。ここに来れば、この街の全てが分かる。それこそが、僕たちの祈りの形であり、この街の未来を創るための、“みんなの家”です!」
◇
僕のプレゼンテーションは、決定的なものだった。
街の住人たちの心は、もはや完全に、この未来的で、そして何よりも実用的な“みんなの家”に奪われていた。大聖堂という、どこか遠い存在よりも、自分たちの生活を豊かにしてくれるこの建物の方が、遥かに魅力的だったのだ。
「……素晴らしい」
司教は、静かに、しかしはっきりとそう言った。
彼の表情からは、内心の動揺を読み取ることはできない。彼は、民衆の心が完全に僕の提案に傾いたことを悟ると、即座に思考を切り替えたようだった。
「……実に素晴らしいお考えです、聖人様。人々の暮らしに寄り添い、未来を育む。それこそ、神が最も望まれる慈悲の形に違いありません。この壮麗な計画、我ら光明教も、全力で支持させていただきます」
そのあまりに素直な賛同に、僕は逆に警戒を強めた。
この男が、これで引き下がるはずがない。
「ですが、聖人様」
案の定、司教は続けた。
「これほど素晴らしい“みんなの家”だからこそ、我々は、その力の源泉である神への感謝を、決して忘れてはなりません。つきましては、その建物の、最も神聖であるべき中心のホールに、ささやかながらも、我らが神へ祈りを捧げるための“礼拝堂”を設けさせていただく、というのはいかがでしょう? それならば、聖人様のお考えと、我々の信仰も、美しく両立できるはずです」
妥協案に見せかけた、見事な食い込み。
建物の中心、最も重要な場所に、自分たちの拠点を確保しようという、したたかな一手だった。
◇
『おいおい、ユウマ。ここで断れば角が立つ。だが、受け入れれば、結局、教会の介入を許すことになるぞ』
(ええ、分かっていますよ。でも、ここで彼らを完全に排除するのは得策じゃない)
僕は、司教の粘り強さに内心で感心しながら、にっこりと微笑んでみせた。
「ええ、いいでしょう。素晴らしいアイデアです。神への感謝は、僕たちの力の源ですからね。この街の全ての人々が、いつでも祈りを捧げられる場所がある、というのは素敵なことです」
僕の快諾に、今度は司教の目がわずかに見開かれた。
『譲歩するのか?』
(ええ。でも、あくまで建物の“一部”として、ですよ。主導権はこちらが握ったまま、教会という巨大な組織を、僕の街のシステムに組み込むんです。最高の街づくりには、あらゆる要素が必要不可欠ですからね)
こうして、僕の街の新たなシンボルとなる建物の基本設計が、満場一致で決定された。
それは、僕の理想と、教会の思惑が奇妙な形で融合した、世界で唯一無二の複合施設。
僕の街づくりは、いよいよ本格的な「都市建設」という、新たなステージへと突入したのだ。




