25話「奇跡の光、祈りの力」
「――皆さん、僕に時間をください! このクエストの、最終フェーズを始めます!」
僕の叫びは、絶望に満ちた戦場に響き渡った。
衛兵も騎士も、誰もが僕の意図を理解できずにいる。聖水すら効かない無敵の番人を前に、その指揮官が、あろうことか敵の懐――呪いの源泉である漆黒の剣へと、たった一人で走り出したのだから。
「ユウマ殿!? 無謀だ!」
騎士の隊長が制止の声を上げるが、僕は止まらない。
僕の突飛な行動を、嘆きの番人は見逃さなかった。その山羊の頭蓋骨を思わせる頭部がぎろりと僕の方を向き、その赤い瞳が明確な殺意を僕に集中させた。番人にとって、他の隊員たちはもはや取るに足らない存在。この戦場の、そしてこの谷の異物である僕こそが、排除すべき最優先目標だと判断したのだ。
「グルオオオオッ!」
番人は、隊員たちに背を向けるのも構わず、僕に向かってその巨大な鎌を振り上げた。
「――行かせるかぁっ!」
その巨躯と僕の間に、衛兵団のリーダーが吹き飛ばされた体を引きずりながら割り込んだ。
「野郎ども! ユウマが何かを企んでる! あいつの作戦は、いつだって俺たちの想像を超えてくる! 信じて時間を稼ぐぞ! 全員、壁になれ!」
その檄に応えたのは、衛兵団だけではなかった。
「我らも加勢する!」
騎士の隊長も剣を抜き、部下と共に番人の前に立ちはだかる。
彼らはこの化け物に物理攻撃が効かないことを知っている。それでも彼らは盾を構え、剣を握りしめた。ただの一秒でも長く、僕のための時間を稼ぐために。
◇
「――創造! 『守護者の壁』!」
僕が走りながら叫ぶと、衛兵たちと番人の間に分厚い光の壁が出現した。
番人の大鎌が光の壁に叩きつけられ、激しい火花と共に凄まじい衝撃波が迸る。壁は一撃で粉々に砕け散ったが、その一瞬の防御が、僕が漆黒の剣の根元にたどり着くための決定的な時間を作ってくれた。
(……感謝します、皆さん)
僕はついに、呪いの源泉である巨大な剣の前に立った。
剣から噴き出す瘴気は、もはや嵐のようだ。マスクのフィルターがなければ、一瞬で意識を刈り取られていただろう。
僕は背中のリュックから、あのアイテムを取り出した。街の皆の祈りを集めるために創った、“浄化の水晶”だ。
「さあ、始めましょうか。このクエストの、本当の攻略法を」
僕は水晶を、漆黒の剣の根元、大地に突き刺さるその接点にそっと置いた。
◇
「――創造! 『祈りの道』!」
僕が発動させたのは、何かを創り出す魔法ではなかった。
それは、“繋ぐ”ための魔法。
僕の意志が時空を超え、遠く離れた僕の街へと届く。
その瞬間、街の広場で祈りを捧げていた人々の目の前で、祭壇に置かれた水晶のレプリカがまばゆい光を放ち始めた。
「おお……!」
「ユウマ様からの……合図だ!」
村長が叫ぶ。
「皆の者、今こそ祈りを! ユウマ様と、我らの街の未来のために!」
その言葉を合図に、広場に集った全ての人々が心を一つにした。
村人も、商人も、冒険者も、そして司教たちでさえも、それぞれの思いを込めて一心不乱に祈り始めた。
その純粋な祈りの力は、光の奔流となってレプリカの水晶に注ぎ込まれ、僕が創り出した“道”を通り、嘆きの谷にいる僕の元へと一直線に届けられた。
◇
僕が置いた浄化の水晶が、脈動を始めた。
街から届けられた膨大な祈りの力を受け、手のひらサイズだった水晶は、太陽と見紛うほどの温かく、そして神々しい光を放ち始める。
「な……なんだ、あの光は……!?」
後方で戦っていた隊員たちが、その奇跡的な光景に息を呑む。
浄化の光は、漆黒の剣を、そしてその周囲に満ちる瘴気を、まるで闇を払う夜明けの光のように優しく、しかし抗いがたい力で包み込んでいく。
「ギ……ギャアアアアアアアッ!」
聖なる光に焼かれた漆黒の剣から、断末魔のような甲高い悲鳴が上がった。
そして、その影響は僕たちを蹂躙していた嘆きの番人にも、即座に現れた。
番人の体を覆っていた瘴気のバリアが、陽炎のように揺らめき消えていく。その巨体を構成していた瘴気もまた、光に触れて浄化され、その体は見る見るうちに小さく、そして希薄になっていく。
「――今です! 総攻撃を!」
僕の最後の号令が響き渡る。
弱体化した番人に、今まで歯が立たなかった衛兵と騎士たちの猛攻が、嵐のように叩き込まれた。
聖水で清められた剣が、今度こそその体を深々と切り裂き、浄化の魔法矢がその頭蓋骨を正確に撃ち抜く。
「……」
嘆きの番人は声もなく、ただ静かに、光の粒子となって霧散した。
そして、それと時を同じくして、呪いの源泉であった漆黒の剣に、ピシリ、と一本の亀裂が入る音が、静まり返った戦場にやけに大きく響き渡った。




