第22話「死の大地への遠征」
嘆きの谷への遠征隊が出発する日、街はこれまでにない荘厳な雰囲気に包まれていた。
いつもは商人たちの威勢のいい声と、冒険者たちの笑い声が絶えない広場は静まり返り、そこに集った全ての住人が、一つの祈りを捧げていた。
広場の中央には、僕がこの日のために創造した白木造りの祭壇が置かれ、その上には遠征の成否を占う“浄化の水晶”のレプリカが、朝日を浴びて淡い光を放っている。
その輪の中には、司教をはじめとする光明教会の聖職者たちの姿もあった。
彼らは最も敬虔な信徒として、誰よりも厳かに、そして大声で祈りの言葉を唱えている。
その姿は、僕の試練の成功を心から願っているように見えた。
だが、僕は司教の瞳の奥に、値踏みするような冷たい光が宿っているのを見逃さなかった。
『ふん、食えない男だな、あの司教も。祈っているフリをしながら、お前がどう失敗するかを特等席で観察するつもりだ』
(ええ、最高の観客ですよ。僕がこの無理ゲーをどうやってクリアするのか、しっかり見届けてもらいましょう)
僕は遠征隊のメンバーを見渡した。
衛兵団から選抜された20名と、騎士団の10名。
ゴブリン討伐を共に乗り越えた彼らの顔に、不安の色はなかった。
あるのは、新たなクエストに挑む高揚感と、僕への絶対的な信頼だけだ。
「よし、皆さん。遠足……じゃなかった、クエストの始まりです。忘れ物はありませんね?」
僕の少しふざけた言葉に、衛兵団のリーダーがニヤリと笑う。
「おうよ。ユウマが創ってくれた、この“おニュー”の装備があれば、冥界だろうと行ってやるぜ」
彼らが指さしたのは、今回のクエストのために僕が創造した特注の装備――顔全体を覆う、水晶のフィルターが付いた金属製のマスクだった。
◇
街の住人たちの盛大な見送りを受け、僕たち遠征隊は北へと向かった。
一日、二日と歩を進めるうちに、周囲の風景は徐々にその彩りを失っていった。
初日はまだ、鳥の声が聞こえ、緑豊かな森が続いていた。
だが二日目に入る頃には、木々の葉は色褪せ、獣の気配もぱったりと途絶えた。
地面は生命力を感じさせない、乾いた灰色の土へと変わっていった。
「……ここから先が、嘆きの谷です」
三日目の午後、先頭を歩いていた騎士の隊長が、足を止めて言った。
目の前には、巨大な岩が転がる荒涼とした谷が、まるで巨大な獣の口のように広がっている。
谷全体が、淡い紫色の靄――瘴気に覆われており、見ているだけで気分が悪くなるような、不気味な空気を放っていた。
「……ひどいな。本当に、生き物の気配が一切しない」
衛兵の一人が、ごくりと唾を飲む。
谷の入口付近には、力尽きた動物のものだろうか、いくつかの白骨が転がっていた。
「これが“呪い”の正体です。瘴気に触れた生命は、内側からその活力を奪われ、やて崩壊する」
僕はそう説明すると、試しに腰に下げていた保存食の干し肉を、谷の中へ向かって放り投げた。
干し肉が紫色の瘴気に触れた瞬間、ジュッという音を立てて黒く変色し、あっという間に砂のように崩れ落ちてしまった。
「ひっ……!」
その光景に、遠征隊のメンバーから息を呑む音が聞こえる。
これこそが、この谷が“死の大地”と呼ばれる所以だ。
◇
「だが、心配は要りません。そのための、このマスクですから」
僕は自分のマスクをコンコンと叩いてみせる。
「――創造! 『斥候ゴーレム(スカウト・ゴーレム)』!」
僕は手のひらサイズの泥人形を創り出すと、それにマスクを被せて谷の中へと歩かせた。
ゴーレムは、瘴気の中を何事もなく進んでいく。マスクの水晶フィルターが淡い光を放ち、周囲の瘴気を中和しているのが見えた。
「おお……!」
「瘴気を……防いでいるのか!」
実験の成功に、隊員たちの顔に安堵の色が浮かぶ。
「よし、全員マスク装着! これから高難易度ステージ、『嘆きの谷』の攻略を開始します! 一列縦隊で、僕の後に続いてください。絶対に、隊列を乱さないように!」
僕の号令で、全員がマスクを装着する。
金属と水晶でできたマスクは、僕たちの表情を隠し、部隊全体に無機質で、しかし精強な印象を与えていた。
『……本当に、どこまでも遊戯感覚だな、お前は』
神様の呆れた声が聞こえる。
『だが、油断するなよ。ユウマ。この谷の瘴気は、ただの毒じゃない。生命力だけでなく、人の精神すら蝕む。気をしっかり持て』
(了解です。最高の緊張感を、楽しませてもらいますよ)
僕は不敵に笑うと、死の大地へと、その第一歩を踏み出した。
やりがいのあるクエストが、今、始まったのだ。




