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第22話「死の大地への遠征」

 嘆きの谷への遠征隊が出発する日、街はこれまでにない荘厳な雰囲気に包まれていた。


 いつもは商人たちの威勢のいい声と、冒険者たちの笑い声が絶えない広場は静まり返り、そこに集った全ての住人が、一つの祈りを捧げていた。

 広場の中央には、僕がこの日のために創造した白木造りの祭壇が置かれ、その上には遠征の成否を占う“浄化の水晶”のレプリカが、朝日を浴びて淡い光を放っている。


 その輪の中には、司教をはじめとする光明教会の聖職者たちの姿もあった。

 彼らは最も敬虔な信徒として、誰よりも厳かに、そして大声で祈りの言葉を唱えている。

 その姿は、僕の試練の成功を心から願っているように見えた。

だが、僕は司教の瞳の奥に、値踏みするような冷たい光が宿っているのを見逃さなかった。


『ふん、食えない男だな、あの司教も。祈っているフリをしながら、お前がどう失敗するかを特等席で観察するつもりだ』


(ええ、最高の観客ですよ。僕がこの無理ゲーをどうやってクリアするのか、しっかり見届けてもらいましょう)


 僕は遠征隊のメンバーを見渡した。

 衛兵団から選抜された20名と、騎士団の10名。

ゴブリン討伐を共に乗り越えた彼らの顔に、不安の色はなかった。

 あるのは、新たなクエストに挑む高揚感と、僕への絶対的な信頼だけだ。


「よし、皆さん。遠足……じゃなかった、クエストの始まりです。忘れ物はありませんね?」


 僕の少しふざけた言葉に、衛兵団のリーダーがニヤリと笑う。


「おうよ。ユウマが創ってくれた、この“おニュー”の装備があれば、冥界だろうと行ってやるぜ」


 彼らが指さしたのは、今回のクエストのために僕が創造した特注の装備――顔全体を覆う、水晶のフィルターが付いた金属製のマスクだった。



 街の住人たちの盛大な見送りを受け、僕たち遠征隊は北へと向かった。

 一日、二日と歩を進めるうちに、周囲の風景は徐々にその彩りを失っていった。


 初日はまだ、鳥の声が聞こえ、緑豊かな森が続いていた。

だが二日目に入る頃には、木々の葉は色褪せ、獣の気配もぱったりと途絶えた。


 地面は生命力を感じさせない、乾いた灰色の土へと変わっていった。


「……ここから先が、嘆きの谷です」


 三日目の午後、先頭を歩いていた騎士の隊長が、足を止めて言った。

 目の前には、巨大な岩が転がる荒涼とした谷が、まるで巨大な獣の口のように広がっている。

 谷全体が、淡い紫色の靄――瘴気に覆われており、見ているだけで気分が悪くなるような、不気味な空気を放っていた。

「……ひどいな。本当に、生き物の気配が一切しない」

 衛兵の一人が、ごくりと唾を飲む。

 谷の入口付近には、力尽きた動物のものだろうか、いくつかの白骨が転がっていた。

「これが“呪い”の正体です。瘴気に触れた生命は、内側からその活力を奪われ、やて崩壊する」

 僕はそう説明すると、試しに腰に下げていた保存食の干し肉を、谷の中へ向かって放り投げた。

 干し肉が紫色の瘴気に触れた瞬間、ジュッという音を立てて黒く変色し、あっという間に砂のように崩れ落ちてしまった。

「ひっ……!」

 その光景に、遠征隊のメンバーから息を呑む音が聞こえる。

 これこそが、この谷が“死の大地”と呼ばれる所以だ。



「だが、心配は要りません。そのための、このマスクですから」

 僕は自分のマスクをコンコンと叩いてみせる。


「――創造クリエイト! 『斥候ゴーレム(スカウト・ゴーレム)』!」


 僕は手のひらサイズの泥人形を創り出すと、それにマスクを被せて谷の中へと歩かせた。

 ゴーレムは、瘴気の中を何事もなく進んでいく。マスクの水晶フィルターが淡い光を放ち、周囲の瘴気を中和しているのが見えた。


「おお……!」

「瘴気を……防いでいるのか!」


 実験の成功に、隊員たちの顔に安堵の色が浮かぶ。


「よし、全員マスク装着! これから高難易度ステージ、『嘆きの谷』の攻略を開始します! 一列縦隊で、僕の後に続いてください。絶対に、隊列を乱さないように!」


 僕の号令で、全員がマスクを装着する。

 金属と水晶でできたマスクは、僕たちの表情を隠し、部隊全体に無機質で、しかし精強な印象を与えていた。


『……本当に、どこまでも遊戯ゲーム感覚だな、お前は』

 神様の呆れた声が聞こえる。

『だが、油断するなよ。ユウマ。この谷の瘴気は、ただの毒じゃない。生命力だけでなく、人の精神すら蝕む。気をしっかり持て』


(了解です。最高の緊張感を、楽しませてもらいますよ)

 僕は不敵に笑うと、死の大地へと、その第一歩を踏み出した。

 やりがいのあるクエストが、今、始まったのだ。

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