第21話「呪われた谷の攻略会議」
光明教会の司教が提示した“神の試練”――呪われた「嘆きの谷」の浄化。
その報は瞬く間に街中を駆け巡り、三日三晩続いた戦勝報告会の浮かれた空気は、まるで冷水を浴びせられたかのように一気に引き締まった。ゴブリン討伐とは訳が違う。相手は、神話の時代から続くという大地の呪いだ。市場の陽気な喧騒は影を潜め、人々はひそひそと不安げに言葉を交わしている。
「ユウマ殿、本当に受けるおつもりか……?」
詰所の作戦司令室には、街の主だった者たちが集まっていた。
村長の不安げな問いに、衛兵団のリーダーも、商人ギルドの代表も、そして騎士の隊長さえも、固い表情で僕を見つめている。
「嘆きの谷の噂は、俺たち冒険者の間でも最悪の類だ」
衛兵団のリーダーが、腕を組んで唸った。
「足を踏み入れた者は、原因不明の病に倒れ、骨も残さず溶けて消えるという。草木一本育たぬ、正真正銘の死の大地だ。そんな場所を浄化するなど……」
「……不可能だ、と言いたいんですね?」
僕の言葉に、誰もが黙り込む。
彼らは僕の力を信じている。だが、それとこれとは話が別だ。相手が悪すぎる。それはまるで、ゲーム序盤の村に、いきなりラストダンジョンが出現したかのような絶望感だった。
『ふん、ようやくお前の力の限界を試せる、まともなクエストが出てきたじゃないか。どうするんだ、ユウマ? まさか、谷ごと新しい大地で上書きする、なんて無茶は言うなよ』
(そんな無駄な魔力の使い方はしませんよ。どんなクエストにも、必ず正攻法ってものがあるんです)
僕は一人、脳内で神様と会話しながら、落ち着き払っていた。
◇
「皆さん、心配は要りません。ただ、少し情報が足りない。嘆きの谷の“呪い”とは、一体何なのか。その正体が分からないと、対策の立てようがない」
僕がそう言うと、騎士の隊長が古い文献を取り出した。
「……教会の古い記録によれば、嘆きの谷は、かつて古代の魔王と勇者が戦った古戦場だそうだ。その戦いで流された血と、放たれた邪悪な魔法が大地に染み込み、生命を拒絶する瘴気を放ち続けている、と……」
「瘴気、ですか。なるほど」
僕はポンと手を打った。
そのあまりに軽い反応に、部屋にいる全員が目を丸くしている。
(瘴気による継続ダメージフィールド、か。ゲームじゃよくある設定だな。なら、やることは一つだ。状態異常対策の装備かアイテムを用意するだけ)
普通のRPGなら、こういう場所には「聖なる泉」があったり、「浄化のアイテム」が必要になったりする。
だが、今の僕には、それらを“創り出す”力がある。
◇
「――というわけで、このクエストを攻略するためのキーアイテムを、今から創ります」
僕はそう宣言すると、作戦司令室のテーブルの上に、手のひらサイズの水晶玉を創造した。それは内側から淡い光を放ち、見ているだけで心が安らぐような、不思議な輝きを宿していた。
「これは……?」
「“浄化の水晶”です。これ自体に大した力はありません。ですが、これに清らかな魔力――例えば、人々の“祈り”の力を集めることで、瘴気を中和する聖なる光を放つ触媒になります」
僕のあまりに突拍子もない説明に、誰もがついていけていない。
「つまり、こういうことです」
僕は街の広場に全員を集めると、改めて説明を始めた。
「これから僕は、嘆きの谷の呪いを解くための旅に出ます。ですが、僕一人の力では足りません。皆さんの力が必要です。僕が谷の中心にこの水晶を設置した時、皆さんに、この街の未来と、谷の浄化を心から祈ってほしいのです。その祈りの力が、僕の創造魔法を通じて水晶に注がれ、奇跡を起こす力となります!」
僕の言葉に、街の住人たちがざわめく。
その中で、司教が静かに僕へと歩み寄ってきた。
「……聖人様。それはつまり、我々聖職者の祈りも必要だと?」
「もちろんです。光明教の皆さんの清らかな祈りほど、大きな力となるものはありません。ぜひ、ご協力をお願いします」
僕がにっこりと笑いかけると、司教は一瞬だけ、その鉄面皮のような表情を崩した。
彼は、僕一人に試練を課し、その失敗を以て僕の神聖性を否定し、教会に従わせるつもりだったのだろう。だが、僕はその試練を、街の住民、そして教会自身をも巻き込む、壮大な“共同クエスト”へとすり替えたのだ。
彼がここで協力を拒めば、神の奇跡を妨害したとして、逆に信仰を疑われることになる。
「……承知いたしました。我ら光明教も、聖人様の起こされる奇跡に、全力で協力させていただきます」
司教は、恭しく頭を下げた。その瞳の奥に、面白い遊戯盤を見つけたかのような、冷たい光が宿っているのを僕は見逃さなかった。
◇
こうして、嘆きの谷浄化作戦は、僕一人の戦いではなく、街全体のプロジェクトとなった。
衛兵団と騎士団から選抜された護衛部隊が組織され、商人たちは旅のための物資を惜しみなく提供し、村人たちは僕たちの無事を祈って、広場に祭壇を作り始めた。司教たちも、その祭壇で厳かに祈りを捧げる準備をしている。街全体が、一つの目的に向かって動き出したのだ。
『……お前、本当に食えない奴だな。教会の試練を逆手にとって、住民の結束と信仰心を高めるイベントに変えちまうとは』
(最高の街づくりには、最高のイベントが必要不可欠ですからね。さて、と……)
僕は出発の準備を整えながら、北の空を見上げた。
呪われた死の大地、嘆きの谷。
(どんな高難易度ステージか知らないけど、必ずクリアして、最高の報酬を手に入れてやる)
僕のゲーマー魂が、かつてないほど燃え上がっていた。




