第20話「聖人の“試練”」
「あなたですね。この荒れ果てた地に、神の御業とも言うべき奇跡の数々を顕現させたと噂の“聖人”様は」
穏やかな、しかし有無を言わせぬ響きを持った司教の言葉が、静まり返った広場に響き渡る。
街の住人たちの視線が、一斉に僕へと突き刺さった。その目には、畏敬、困惑、そして期待が入り混じっている。彼らにとって、僕が起こしてきたことは紛れもなく“奇跡”だった。だからこそ、司教の言葉を否定できないのだ。
(……最悪だ。完全に外堀を埋められてる)
僕は内心で悪態をつきながら、できるだけ困惑した、無害な若者を装って答えた。
「せ、聖人……ですか? 人違いでは……。僕はただのユウマです。この街で、みんなと街づくりをしているだけで……」
「ご謙遜を」
司教は、慈愛に満ちた笑みを浮かべて僕の言葉を遮った。
「真に神に選ばれし者は、皆そうおっしゃる。ですが、我々は全て聞き及んでおります。無から生み出されたという魂を震わす料理、人々に笑顔をもたらす娯楽、一夜にして現れたという宿屋と癒やしの湯、そして、邪悪な魔物どもが巣食うダンジョン……。これらが神の御業でなくて、一体何だというのです?」
僕がこの街でやってきたこと全てが、僕を“聖人”に仕立て上げるための証拠として突きつけられる。
僕が何かを創造するたびに、彼らの教義における僕の神聖性は、ますます高まっていくというわけか。
『だから言っただろうが! 下手に“奇跡”を安売りするから、こういうことになるんだ!』
(うるさいな! あなたが退屈しないようにやってんだろうが!)
神様との脳内での言い合いは、もはや日常だった。
◇
司教は、僕の返事を待たずに、集まった街の住人たちに向かって朗々と語りかけた。
「皆の者、聞きなさい! 神は、この荒れた地に救いの手を差し伸べられた! そして、その御心の証として、聖人様を遣わされたのです! 我ら光明教は、聖人様を導き、この地に神の教えと、さらなる繁栄をもたらすためにやって参りました!」
その言葉に、敬虔な信者である村人たちが「おお……!」と感涙にむせび始める。
まずい。完全に主導権を握られている。
「つきましては聖人様。この街に、神の栄光を示すための大聖堂を建立したく思います。聖人様の“奇跡”の御力と、我々の持つ建築技術を合わせれば、王都に勝るとも劣らない、壮麗な神の家が完成するでしょう。それは、この街の新たなシンボルとなり、多くの迷える子羊たちを導く灯台となるはずです」
断れるはずがない、という自信に満ちた提案。
村長ですら、その言葉に心を動かされたのか、期待に満ちた目で僕を見つめている。
(ここで“はい”と言えば、僕は教会の操り人形だ。でも“いいえ”と言えば、神の意志に背く不届き者として、この街の住民の信頼を失いかねない……)
完璧な詰み(チェックメイト)だ。
だが、僕はゲーマーだ。どんな無理ゲーにも、必ず裏技や抜け道はある。
◇
「……素晴らしいご提案です」
僕は、あえてその提案を笑顔で受け入れた。
司教が満足げに頷く。
「ですが、司教様。一つ、よろしいでしょうか」
「なんなりと、聖人様」
「僕が起こしたとされるこれらの“奇跡”は、僕自身の意志でコントロールできるものではありません。それは、この街が、そして人々が、本当にそれを必要とした時にのみ、天から与えられるもの……神の気まぐれのようなものなのです」
僕は、自分の力を曖昧に、そして神聖なものへとすり替える。
「ですから、この街に大聖堂を建てるべきかどうかも、僕が決めることではありません。神ご自身に、お伺いを立ててみてはいかがでしょうか?」
「……神に、お伺いを?」
司教の眉が、わずかに動いた。
「ええ。つまり、“試練”です。もし、神がこの地に大聖堂が建つことを望んでおられるのなら、我々が成し遂げるべき試練をお与えになるはず。そして、我々がその試練を乗り越えた時、それこそが神の御心であるという、何よりの証になるのではありませんか?」
◇
僕の逆提案に、今度は司教が沈黙する番だった。
“神の試練”という言葉を、神の代理人を自称する彼が拒否することはできない。そんなことをすれば、彼の信仰心が疑われてしまう。
「……なるほど。聖人様のおっしゃる通り。神の御心を試すなど、我々には思いもよらぬ、実に謙虚で、そして信仰心に満ちたご提案です」
司教は、表情一つ変えずにそう言った。
だが、その瞳の奥には、面白いものを見つけたかのような、冷たい光が宿っていた。
「よろしいでしょう。ならば、その試練、我ら教会が神に代わって提示させていただきます」
司教は、北の方角を指さした。
「この地より北へ三日ほど行った場所に、“嘆きの谷”と呼ばれる呪われた土地があります。そこは、古代の邪悪な魔法によって大地が汚染され、草木一本育たぬ死の谷。もし、聖人様がその呪われた谷を浄化し、そこに一輪でも花を咲かせることができたなら……それこそ、神がこの地を祝福しているという、紛れもない奇跡の証となるでしょう」
それは、ゴブリン討伐など比較にならない、本当の無理難題だった。
大地の呪いを解くなど、それこそ神話の時代の魔法だ。
(……なるほどな。俺の力の底を試すってわけか)
『おいおい、とんでもないクエストを押し付けられたな! だが、呪われた土地の浄化、か……。ふん、面白くなってきたじゃないか! どんなテーマパークにしてくれるのか、楽しみにしてるぞ!』
神様の、どこまでも楽しそうな声が聞こえる。
僕は、不敵な笑みを浮かべる司教に向かって、にっこりと微笑み返した。
「わかりました。その試練、謹んでお受けします」
こうして僕は、辺境伯との政治戦の裏で、巨大宗教組織との“神の試練”という、新たなクエストに挑むことになったのだ。




