第2話「最初の創造は──屋台ラーメン!」
次に目を開けた時、僕が立っていたのは、寂れた村の広場だった。
土埃が舞う地面、崩れかけた家々、活気のない畑。
すれ違う村人たちは痩せていて、走り回る子供たちの顔色も悪い。
(……え、ここが僕のスタート地点? VRMMOなら即チュートリアルやり直し案件だろ……)
あまりのハードモード設定に、思わず天を仰ぐ。
『文句言うな。ここからお前の街づくりを始めるんだ』
頭の中に、神様の呆れた声が響いた。
◇
途方に暮れていると、杖をついた一人の老人が、おずおずとこちらへ近づいてきた。
この村の村長さんだろうか。
「旅の方かの? 申し訳ないが、ここにはまともな食事も宿もない。差し上げられるものと言えば、水くらいじゃが……」
老人は、心底申し訳なさそうに眉を下げている。
その優しさが、逆に胸に刺さった。
(いきなりサバイバル生活……とか嫌だぞ。せめて飯くらいはまともなものを食いたい)
僕が内心で弱音を吐くと、すかさず神様からのツッコミが入る。
『創造魔法があるだろうが。まずは胃袋から掴むのが定石だぞ』
(……確かに)
神様の言う通りだ。
人を笑顔にする一番手っ取り早い方法は、美味い飯を食わせてやること。
僕のゲーム知識がそう告げていた。
◇
「皆さん、ちょっといいですか!」
僕は村人たちが集まる広場の中心で、声を張り上げた。
何事かと、訝しげな視線が集まる。
僕はニヤリと笑い、高らかに宣言した。
「今から、皆さんに最高に美味いものをご馳走します!」
そして、頭の中に鮮明なイメージを思い浮かべる。
豚骨と鶏ガラを煮込んだ濃厚なスープ。手打ちのもちもち麺。とろけるチャーシューと味の染みた煮卵。
湯気の向こうで客が笑う、あの温かい屋台の風景を――。
「――創造!」
僕がそう叫ぶと、足元の地面がまばゆい光を放った。
それは、まるで太陽が地面に落ちてきたかのような、強烈な輝きだった。
「うわっ!?」
「目が……!」
村人たちは思わず腕で顔を覆い、悲鳴を上げて後ずさる。
子供たちは泣き出し、母親の服に必死でしがみついた。
何が起きているのか理解できず、ただただ未知の光に怯えるしかなかった。
やがて、光がふっと収束していく。
村人たちがおそるおそる目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「……え?」
さっきまで何もなかったはずの場所に、どっしりとした木製の屋台が現れている。
『中華そば』と書かれた見慣れない布が風に揺れ、大きな鍋からはもうもうと湯気が立ち上っていた。
静まり返る広場に、ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が響く。
そして、醤油と出汁の、生まれて初めて嗅ぐ香ばしい匂いが、村人たちの鼻をくすぐった。
「な、なんだ……これは……?」
「光の中から……建物が……?」
「この匂いは……なんだ……? すごく、いい匂いだ……」
村人たちが呆然と立ち尽くす中、僕もまた驚愕していた。
(うわ、マジで出た……え、これインスタントじゃなくて本格中華そばじゃん! 完璧すぎる!)
『おお! 久々に面白いものを見たぞ!』
神様の楽しそうな声が、頭の中に響き渡った。
◇
「さあ、できたてだ! 食べてくれ!」
僕は手際よく麺を茹で、次々と村人たちにラーメンを振る舞っていく。
彼らは戸惑いながらも、恐る恐る木のレンゲでスープを口に運んだ。
その瞬間、村人たちの時間が、止まった。
最初に声を上げたのは、一杯のラーメンを父親と分け合っていた小さな男の子だった。
「……おいしい!」
その一言を皮切りに、あちこちで歓声が上がる。
「う、旨い……! なんだこの料理は! 生まれて初めてだ……!」
一人の男が、麺をすすりながら、ぼろぼろと涙を流した。
その涙は、すぐに村中に伝染していく。
「おかわり!」
さっきの男の子が、空になった器を元気よく突き出した。
「え、早すぎだろ!? まだ次の麺、茹でてないぞ!」
僕の焦った声を聞いて、神様が大爆笑する。
『ぶははは! お前、初日にして村を完全に掌握したな!』
◇
村人たちの興奮は、やがて奇妙な方向へと進み始めた。
「これは……神の奇跡だ……!」
村長が、僕の目の前でがくりとひざまずいたのだ。
それを合図に、他の村人たちも次々と祈りのポーズをとり始める。
(え、ちょっと待って!?)
まずい流れだ。ここで神格化されたら、自由な街づくりができなくなる。
「いやいや、違いますよ! 僕は神様じゃなくて、神の友達で……」
『やめろおおお!!!』
僕が言い終わる前に、神様の絶叫が脳内に響き渡った。
(……やばい。宗教問題、もうフラグ立ったかもしれない)
額に、嫌な汗が流れる。
ひとまず、今は目の前の腹を空かせた村人たちのために、麺を茹で続けよう。
屋台から立ち上る湯気は、この村に久しぶりの笑顔を広げていた。
「よし、食のインフラは確保した。次は……やっぱり娯楽だよな」
僕の呟きに、神様がすかさず反応する。
『おい、いきなり飛ばしすぎだろ!』
どうやら、僕の街づくりは始まったばかりらしい。