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第17話「勝利の代償と、新たな盤上」

 街を挙げての戦勝報告会は、三日三晩続いた。

 衛兵も、騎士も、冒険者も、商人も、村人も、誰もが勝利の美酒に酔いしれ、街の未来を語り合った。僕もその輪の中心で、多くの者から感謝の言葉を受けたが、頭の片隅では神様の言葉が冷たく響いていた。


『辺境伯は、お前の街を“便利な自治区”としてではなく、“無視できない脅威”として認識しただろうな』


(……だよな)


 僕はエールの満たされた木製ジョッキを傾けながら、喧騒の中心から少し離れた場所で物思いにふけっていた。

 ゲームで言えば、これは友好NPCだと思っていた相手の友好度が、実は一定値を超えると敵対フラグに変わる、厄介な仕様だ。ゴブリン討伐というクエストを、あまりにも完璧にクリアしすぎた。その結果、僕たちは領主という、次のステージのボスを呼び覚ましてしまったのだ。


 僕が創り上げたこの楽園ゲームは、どうやらここからが本当のチュートリアルらしい。



 宴の熱気が冷めやらぬ、数日後のことだった。

 辺境伯の使者である文官が、今度は少数の護衛だけを連れて、再びこの街を訪れた。その表情は以前のような感情の読めないものではなく、どこか張り詰めた、交渉人の顔をしていた。


「ユウマ殿。此度のゴブリン討伐、実に見事であったと辺境伯様も大変お喜びである」


 文官は、詰所の作戦司令室で僕と向かい合うと、儀礼的な言葉を口にした。

 同席しているのは、村長、衛兵団のリーダー、商人ギルドの代表、そして騎士の隊長だ。誰もが、この訪問がただの祝辞でないことを察し、固唾をのんで文官の次の言葉を待っていた。


「その功績に報い、辺境伯様はこの街を正式な“自治区”として認可する。そして、その上で、貴殿らには辺境伯領の発展のため、いくつかの“協力”をお願いしたいとのことだ」


 “協力”という言葉に、僕は警戒レベルを一段階引き上げた。



 文官が読み上げた協力要請の内容は、僕の予想を遥かに超える、厚かましいものだった。


「第一に、この街で生産される全ての特産品――例の“らーめん”の材料や、特殊な酒、香辛料など――の三割を、税として無償で納めること」

「第二に、ダンジョンから産出される全ての魔石及び希少鉱石の半分を、辺境伯家に献上すること」

「そして第三に、貴殿らが結成した衛兵団の中から、精鋭を五十名選抜し、辺境伯様の直轄部隊として差し出すこと」


 部屋の空気が、凍りついた。

 商人ギルドの代表が、わなわなと震えながら叫ぶ。


「なっ……! それは協力などではない! ただの略奪だ!」


 衛兵団のリーダーも、怒りで顔を真っ赤にしている。

「冗談じゃねえ! 俺たちはこの街を守るために衛兵になったんだ! 辺境伯の私兵になるためじゃねえぞ!」


 騎士の隊長は、唇を固く結んだまま、俯いていた。彼もまた、この要求が不当であることを理解しているのだろう。だが、辺境伯の家臣である以上、何も言えないのだ。


『ほうら、来たぞ。牙を剥いてきたな』


(ええ、最高のクソゲー展開ですよ。でも、こういう無理難題クエストほど、燃えるんですよね)



 僕は激昂する仲間たちを手で制すると、冷静に文官へと問いかけた。


「素晴らしいご提案、感謝します。ですが、いくつか確認させていただきたい」


 僕の落ち着き払った態度に、文官はわずかに眉を動かした。


「まず、税についてですが、我々が“無償”で納めた品々を、辺境伯様はどのように利用されるおつもりで?」


「……それは、領内の他の都市へ分配したり、交易品として……」

「なるほど。つまり、商業利用されるわけですね。ならば、これは“税”ではなく、“取引”とすべきではありませんか? 我々はこの街の特産品を、辺境伯様へ“優先的”に、そして“市場価格の一割引”で卸しましょう。その代わり、辺境伯様の名において、我々のための安全な交易路を確保していただきたい」


「なっ……!」


「次に、ダンジョンの産出物について。これも同様です。我々が命がけで手に入れた資源を、ただ献上するわけにはいきません。これも“買い取り”という形にしていただきたい。そうすれば、辺境伯様は安定して資源を確保でき、我々はその代金で街をさらに発展させられる。双方に利益があると思いませんか?」


 僕は立て続けに代替案を提示する。

 それは、一方的な搾取の構造を、対等なビジネスパートナーの関係へと書き換える提案だった。


「最後に、衛兵団について。彼らはこの街の守りの要です。五十名も引き抜かれては、治安維持に支障をきたします。ですから、兵を差し出すことはできません。その代わり……」


 僕は騎士の隊長に視線を送った。


「我々の持つ、実践的な訓練ノウハウを提供しましょう。辺境伯様の騎士団と、我々の衛兵団による“合同軍事演習”を定期的に開催するのです。そうすれば、辺境伯様の軍全体の練度向上に、大きく貢献できるはずですが?」



 僕のカウンター提案の数々に、文官は完全に言葉を失っていた。

 彼はただの伝令役であり、このような高度な政治交渉の権限など与えられていない。


「……そ、その件、一度持ち帰らせていただく」


 それだけを言うのが、彼には精一杯だった。


 使者の一団が、慌ただしく街を去っていく。

 その背中を見送りながら、僕は静かに拳を握った。


(これで、ボールは向こうに渡った。辺境伯がこの提案を飲むか、それとも、より強硬な手段に出てくるか……)


『戦争の次は外交か。お前、本当にただのゲーマーか?』


(ええ。最高の街づくりシミュレーションですよ。次のターンが、今から楽しみで仕方ありません)


 僕の街は、もはやただの村ではない。

 辺境の地に生まれた、一つの“国家”として、巨大な領主との交渉という、新たなクエストに挑み始めたのだ。

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