第16話「凱旋、そして新たな火種」
ホブゴブリン・ジェネラルが倒れた後、西の森のゴブリン集落は驚くほど静かになった。
リーダーを失ったゴブリンたちは、蜘蛛の子を散らすように森の奥深くへと逃げ去り、もはや組織的な抵抗は完全に消滅していた。残されたのは、粗末な武器やガラクタが散乱する、もぬけの殻となった集落だけだ。
「……勝った、のか。俺たちが……」
衛兵団の若いメンバーが、まだ信じられないといった様子で呟く。
その言葉を皮切りに、討伐隊のあちこちから、堰を切ったような歓声と雄叫びが上がった。彼らは互いの肩を叩き、健闘を称え合っている。衛兵も騎士も、もうそこには何の隔たりもなかった。
『見事な勝利だったな。これで、お前の街は“力”があることを証明したわけだ』
(ええ。これでようやく、交渉のテーブルにまともに着けますよ)
僕は歓喜に沸く討伐隊を眺めながら、冷静に次の手を考えていた。
◇
戦いが終われば、戦後処理が待っている。
衛兵団のリーダーが、手慣れた様子で指示を飛ばし始めた。
「よし、お前ら! 感傷に浸るのは後だ! まずは負傷者の手当て! それから、この集落を徹底的に調べろ! ゴブリンどもが溜め込んでたお宝が、どこかに隠されてるかもしれねえぞ!」
その言葉に、元冒険者である衛兵たちの目がギラリと光る。
彼らは戦闘だけでなく、戦利品の回収においてもプロフェッショナルだった。あっという間に集落の隅々まで捜索し、隠されていた食料や、粗悪ながらも換金できそうな金属類、そしてリーダーのテントの奥からは、ささやかながらも金貨が詰まった革袋まで発見していた。
そのあまりに手際の良い略奪……いや、戦利品回収の様子を、騎士たちが呆然と眺めている。
騎士の隊長が、僕の隣で苦笑した。
「……我々騎士団は、敵を殲滅することしか頭になかった。戦いの後には、こういう実利が伴うことを、彼らから教えられた気分だ」
「これも、彼らが生きるために身につけた知恵ですよ。僕の街では、こういうスキルも立派な“力”なんです」
隊長は深く頷くと、僕に向かって敬礼した。
「ユウマ殿。此度の戦、貴官の指揮があったからこその勝利だ。心より感謝する」
その言葉は、もはや監視役としてではなく、同じ部隊の戦友としての響きを持っていた。
◇
討伐隊が街へと凱旋すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
街の入口から広場まで、道の両脇を村人、商人、そして冒険者たちが埋め尽くし、僕たちの帰りを今か今かと待ちわびていたのだ。
僕たちの姿を認めると、誰からともなく拍手が起こり、それはやがて割れんばかりの歓声へと変わった。
「おかえりー!」
「よくやった!」
「衛兵団、万歳!」
紙吹雪のように花びらが舞い、子供たちが衛兵の手に駆け寄ってくる。
最初は戸惑っていた衛兵たちも、街の住人からの熱烈な歓迎に、照れくさそうに、しかし誇らしげに手を振って応えていた。騎士たちでさえ、その熱狂に目を丸くしている。
その歓迎の輪の中心で、代官ダリウスと辺境伯の使者である文官が、苦虫を噛み潰したような顔で立ち尽くしていた。
特にダリウスは、僕たちの部隊に一人の死者も出ていないのを見て、顔面蒼白になっている。彼が描いていたであろう、僕たちがゴブリンに敗れて泣きついてくるという筋書きは、完全に崩れ去ったのだ。
文官は、僕の前に進み出ると、感情のこもらない声で告げた。
「……見事、任務を達成されたこと、辺境伯様に報告いたします。自治区の件も、正式なものとなるでしょう」
「それはどうも」
僕はにっこりと笑って返した。
◇
その夜、街は戦勝を祝う大宴会で、夜が更けるまで明かりが消えることはなかった。
僕も、衛兵団や騎士たちと酒を酌み交わし、勝利の余韻に浸っていた。
(よし、これで第一段階はクリアだ。自治区として認められれば、辺境伯も簡単には手出しできなくなる。ここから、本格的な都市開発フェーズに移れるぞ)
僕が今後のロードマップを頭に描いていると、神様の声が聞こえた。
『随分と楽観的だな、ユウマ』
(何か問題でも?)
『お前は、辺境伯がなぜ正規の騎士団でも手を焼くゴブリンの討伐を、お前たちに任せたと思う?』
その問いに、僕はハッとした。
『それは、お前たちの力を試すと同時に、万が一お前たちが失敗すれば、それを口実にこの街を武力で接収するつもりだったからだ。そして……お前たちは、その“テスト”に、予想以上の成績で合格してしまった』
(……つまり?)
『辺境伯は、お前の街を“便利な自治区”としてではなく、“無視できない脅威”として認識しただろうな。本当の戦いは、これからだぞ』
神様の言葉に、僕は祝杯をあおる手を止めた。
広場の喧騒が、少しだけ遠くに聞こえる。
僕の街づくりは、どうやら新たな、そしてより厄介な敵を呼び寄せてしまったようだった。




