第15話「決戦、ホブゴブリン・ジェネラル!」
衛兵団のメンバーがごくりと唾を飲む音だけが、煙幕の立ち込める集落に響いていた。
次の瞬間、巨大なテントが内側から切り裂かれ、その影の中から、ゴブリンたちのボスが姿を現した。
「グルルルル……ガアアアアッ!」
それは、ただのゴブリンではなかった。
身長は成人男性を優に超え、筋骨隆々の体には、つぎはぎだらけの粗末な金属鎧が取り付けられている。その手に握られているのは、人の背丈ほどもある巨大な鉄の棍棒。そして何より、その濁った黄色い瞳には、他のゴブリンにはない、明らかな知性と狡猾さが宿っていた。
ホブゴブリン。ゴブリンの上位種であり、群れを率いるリーダー、ホブゴブリン・ジェネラルだ。
『ほう、なかなかの威圧感じゃないか。そこらの冒険者パーティなら、見ただけで逃げ出すレベルだぞ』
(ええ、最高のボスキャラですよ。攻略しがいがある)
ホブゴブリンは、僕たち討伐隊と、混乱する自分の部下たちを交互に見比べ、状況を瞬時に把握したようだった。その瞳が、この部隊の指揮官である僕を、正確に捉える。
「――戦闘開始! 全員、散開して距離を取れ! タンク役は前に!」
僕の命令が飛ぶよりも早く、ホブゴブリンが動いた。
大地を蹴り、巨体に見合わぬ俊敏さで、一直線に僕へと突進してくる。
「させっかよ!」
衛兵団のリーダーが、ホブゴブリンの側面に回り込み、その大剣を叩きつけた。
ガキン!という甲高い金属音。しかし、ホブゴブリンはよろめきもせず、リーダーを鬱陶しそうに睨みつけると、その巨大な棍棒を横薙ぎに振るった。
「うおっ!?」
リーダーは咄嗟に大剣でガードするが、その衝撃に耐えきれず、数メートルも吹き飛ばされてしまう。
(パワーが桁違いだ……! あれにまともに殴り合えるやつは、ここにはいない)
僕は冷静に戦況を分析する。
ホブゴブリンは典型的なパワーファイター。攻撃力と防御力は高いが、その分、動きは大振りで隙も多い。
「攪乱班、予定通り動け! 遠距離攻撃ができる者は、援護を!」
僕の指示で、衛兵団の中でも身軽な数名が、ホブゴブリンの周囲を高速で動き回り始めた。彼らは石を投げつけたり、挑発的な言葉を叫んだりして、ホブゴブリンの注意を自分たちに引きつける。いわゆる“ヘイト管理”だ。
その隙に、弓を得意とする者が矢を放つが、硬い皮膚と鎧に阻まれ、致命傷には至らない。
「グルアアア!」
ちょこまかと動き回る攪乱班に苛立ったのか、ホブゴブリンは再び巨大な棍棒を振り回す。その一撃は大地を抉り、土煙を巻き上げた。
(今だ!)
ホブゴブリンが大きな隙を見せた瞬間、僕は創造魔法を発動させた。
「――創造! 『束縛の泥沼』!」
ホブゴブリンの足元が、突如として粘度の高い泥沼に変わる。
バランスを崩し、動きが鈍ったその一瞬を、衛兵団は見逃さなかった。
「今だ、叩き込め!」
リーダーの号令で、全員がホブゴブリンの足や腕に、持てる限りの攻撃を叩き込む。
無数の剣戟が、ホブゴブリンの鎧を削り、その皮膚を切り裂いていく。
「ギギギ……!」
ホブゴブリンは苦痛の声を上げ、力任せに棍棒を地面に叩きつけた。その衝撃波で、衛兵たちが吹き飛ばされる。
体勢を立て直したホブゴブリンの体は、すでに満身創痍だった。その瞳は、怒りと憎悪で赤く染まっている。
「――最終フェーズだ! 全員、最大火力で押し切るぞ!」
僕の最後の号令が響き渡る。
ホブゴブリンは、最後の力を振り絞り、僕に向かって最後の突進を仕掛けてきた。
だが、その進路上には、すでに衛兵団のリーダーが、大剣を地面に突き立てるようにして構えていた。
「――創造! 『一点集中の杭』!」
僕がリーダーの大剣の切っ先に、創造魔法の力を集中させる。
大剣が、まばゆい光を放ち始めた。
そして、ホブゴブリンの巨体が、その光の槍へと自ら突っ込む形となった。
「――グ……ガ……ア……」
光が収まった時、ホブゴブリンの胸には、その巨体を貫くほどの巨大な風穴が空いていた。
ホブゴブリンは信じられないといった顔で自分の胸を見下ろすと、やがてその巨体をゆっくりと傾かせ、大地を揺るがすほどの音を立てて、絶命した。
「……」
一瞬の静寂。
やがて、誰かが叫んだ。
「――勝った! 俺たちの、勝ちだあああ!」
その声を皮切りに、衛兵団から、そして正面ゲートを突破して駆けつけてきた騎士団から、割れんばかりの歓声が上がった。
リーダーを失ったゴブリンたちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、もはや組織的な抵抗はなかった。
『見事な指揮だったな。まるで、手慣れた将軍のようだったぞ』
(最高のクエストコンプリートですよ。さて、と……)
僕は討伐隊の歓声を聞きながら、辺境伯への報告と、これから始まるであろう本当の“交渉”に思いを馳せていた。
僕の街づくりは、この勝利によって、また新たなステージへと進むのだ。




