第14話「西の森の戦い」
西の森は、昼なお暗い不気味な場所だった。
天を覆うように生い茂る木々のせいで陽光はほとんど届かず、湿った土と腐葉土の匂いが立ち込めている。時折、どこからか聞こえてくる獣の鳴き声が、討伐隊の緊張を煽った。
「これより、ゴブリン討伐作戦を開始する」
森の入口で、僕は最終確認を行った。
集まったのは、騎士団から選抜された10名と、衛兵団の主力20名。総勢30名の混成部隊だ。騎士たちは一糸乱れぬ隊列を組み、衛兵団のメンバーはそれぞれが得意な武器を手に、いつでも動けるように身構えている。最初はぎこちなかった両者の間には、数日間の合同訓練を経て、確かな信頼関係が芽生えていた。
「フェーズ1、斥候の“釣り”を開始。先行部隊、前へ」
僕の合図で、衛兵団の中でも特に身軽な5名が、音もなく森の中へと溶け込んでいく。彼らは元冒険者の中でも、斥候や盗賊といった役割を得意としていた連中だ。
『いよいよ始まったな。お前の盤上遊戯が』
(ええ。最高の駒は揃いましたからね。あとは、僕がどう動かすか、だけですよ)
神様の楽しそうな声を背に、僕もまた、後続部隊と共に慎重に森の奥へと足を踏み入れた。
◇
先行部隊が森に入ってから、およそ半刻。
僕の脳内には、彼らが持つ小型の通信魔道具(これも僕が創造した)から、リアルタイムで情報が送られてきていた。
『――こちら先行部隊。目標発見。ゴブリンの斥候、5体。予定通り、ポイントAまで誘導する』
「了解。騎士団はポイントAで待機。確実に仕留めてください」
僕の指示を受け、騎士の隊長が静かに頷く。
彼らはすでに、僕が地図で指定したキルゾーンで完璧な伏兵陣形を敷いていた。
やがて、森の奥からけたたましいゴブリンの叫び声と、それを嘲笑うかのような先行部隊の声が聞こえてきた。
「こっちだ、間抜けな緑ブタども!」
「追いつけるもんなら追いついてみな!」
挑発に乗せられたゴブリンたちが、怒り狂って先行部隊を追いかけてくる。
そして、騎士たちが待ち構えるキルゾーンへと足を踏み入れた瞬間――勝負は決した。
「――突撃!」
隊長の号令と共に、茂みから躍り出た騎士たちが、ゴブリンたちに襲いかかる。
それは、あまりにも一方的な蹂躙だった。ゴブリンたちは何が起きたのかも理解できないまま、騎士たちの正確無比な剣閃の前に、次々と血の霧と化していく。一分の隙もない連携、一撃必殺の剣技。それが、辺境伯が誇る騎士団の実力だった。
物陰からその光景を見ていた衛兵団のメンバーが、ごくりと唾を飲む。
「……すげえ。これが、本物の騎士団か」
この作戦を繰り返すこと数回。
森に放たれていたゴブリンの斥候部隊は、集落に危険を知らせる暇さえ与えられず、静かに、そして確実に数を減らしていった。
◇
「よし、フェーズ2へ移行する」
斥候を殲滅し、敵の“目”を潰した僕たちは、いよいよゴブリンの集落本体への奇襲作戦を開始した。
「騎士団の皆さん、陽動をお願いします。できるだけ派手に、集落の注意を正面に引きつけてください」
「承知した」
騎士団は、僕の指示通り集落の正面ゲートへと向かい、鬨の声を上げて剣を打ち鳴らし始めた。まるで、今にも総攻撃を仕掛けるかのような、凄まじい剣幕だ。
その音に、集落のゴブリンたちが慌てふためき、粗末な武器を手に正面ゲートへと集まっていくのが、僕が創造した“千里眼の水晶”を通して見えた。
「よし、今だ! 衛兵団、崖を登るぞ!」
僕と衛兵団の主力部隊は、集落の裏手にそびえる切り立った崖の下にいた。
衛兵たちは、僕が創造した鉤縄付きのクライミングギアを使い、慣れた様子で次々と崖を登っていく。元冒険者である彼らにとって、この程度の崖登りは朝飯前だった。
『本当に、お前の部隊は何でもありだな。騎士が陽動している間に、冒険者が崖を登って奇襲とはな』
(適材適所ってやつですよ。ゲームの攻略と一緒です)
僕も彼らに続き、崖の上から眼下に広がるゴブリンの集落を見下ろした。
集落の中心部には、ひときわ大きなテントが張られている。あれが、リーダーであるホブゴブリンの根城に違いない。
◇
「――総員、奇襲開始!」
僕の合図で、衛兵たちが一斉に動いた。
まず投げ込まれたのは、僕がこの作戦のために用意した“陽光石”だ。
集落の中心で炸裂した陽光石は、太陽が落ちてきたかのような強烈な閃光を放ち、ゴブリンたちの視力を一時的に奪う。
「ギャアアア!?」
「目が、目がぁ!」
大混乱に陥る集落に、間髪入れずに“煙玉”が投げ込まれ、視界を遮る濃い煙幕が立ち込めた。
その混乱の中を、僕たち討伐隊は影のように駆け抜ける。目標はただ一つ、リーダーのテントだ。
あっという間に、僕たちは巨大なテントを包囲していた。
テントの中から、他のゴブリンとは明らかに違う、大きく、そして知性を感じさせる怒りの咆哮が響き渡る。
「――ボスのお出ましだ。皆さん、準備はいいですね?」
僕の言葉に、衛兵団のメンバーはニヤリと笑って武器を構えた。
僕の街の未来を賭けた、最初のボス戦が、今、始まろうとしていた。




