第12話「合同訓練と、辺境伯の返事」
翌朝、騎士の隊長は僕の提案を受け入れた。
こうして、辺境伯直属の騎士団と、僕が作った即席衛兵団による、前代未聞の合同訓練が始まったのだ。
「気合が足らん! 剣はそうやって力任せに振るうものではない! 腰の回転を使え、腰の!」
隊長の鋭い声が、訓練場と化した広場に響き渡る。
衛兵団のメンバーは、そのほとんどが元冒険者や村の若者だ。彼らの戦い方は、良くも悪くも実戦的で、型にはまっていない。一対一の強さには自信があるが、集団で動くという概念が欠けていた。
「ちっ、堅苦しいんだよ、騎士様の剣はよぉ!」
衛兵団の一人が、訓練用の木剣を騎士に打ち込むが、いとも簡単に受け流され、逆に喉元に切っ先を突きつけられていた。
「戦場では、個人の武勇など些細なものだ。重要なのは陣形と連携。それすら理解できんのか、貴様らは」
騎士たちの洗練された剣術と、統率の取れた動きを前に、衛兵団のメンバーは初めて自分たちの未熟さを痛感していた。彼らはダンジョンでの実戦を通じて、個人の力だけでは限界があることを肌で感じていたのだ。騎士たちの教える陣形や連携術が、パーティ全体の生存率を飛躍的に高めることを、すぐに理解した。
『ほう、ただの寄せ集めが、本物の軍隊になっていくな。面白い』
「だろ? 最高のリアルタイムストラテジーゲームだ」
僕は衛兵団のために、創造魔法で衝撃を吸収する素材でできた訓練用の防具や、様々な状況を想定した障害物コースを作り出した。それを見た騎士たちが、また目を丸くしている。彼らの世界では、訓練とはただ木剣を打ち合うだけのものだったからだ。
◇
厳しい訓練が終われば、ノーサイドだ。
最初は壁を作っていた騎士たちも、衛兵団のメンバーに「訓練の後は一杯やるのがこの街のルールだ!」と半ば強引に肩を組まれ、市場の喧騒に混ざるようになっていた。
「隊長! この“らーめん”とかいう食べ物、信じられないくらい美味いですぞ! 故郷の母にも食べさせてやりたい……!」
「馬鹿者、今は任務中……む、むう……うまいな、これ……」
射的屋台で、村の子供に負けて本気で悔しがる若い騎士。風呂上がりに冒険者と肩を組んで酒を酌み交わし、故郷の話をするベテラン騎士。
彼らがこの街に残された“監視役”であることを、もはや誰も気にしていなかった。彼らはいつしか、街の風景にすっかり溶け込んでいたのだ。隊長の固い表情も、日に日に和らいでいくのが分かった。
◇
そんな穏やかな日々は、しかし、長くは続かなかった。
ある日の午後、代官ダリウスが、今度は辺境伯の正式な使者を伴って、再びこの街にやってきたのだ。
辺境伯の紋章旗を掲げた一団が姿を現すと、街の陽気な空気は一瞬にして緊張に変わる。訓練中だった衛兵団と騎士たちも、ぴたりと動きを止めた。騎士たちは、その旗を見て反射的に姿勢を正している。
使者である初老の文官は、僕の前に立つと、羊皮紙の巻物を広げて淡々と読み上げ始めた。
「――辺境伯アルフォンス様よりの伝令である」
ごくり、と村長が唾を飲む音がした。市場の喧騒も、今は完全に静まり返っている。
「貴殿の要求、“自治区”としての地位を、ここに“仮”のものとして認める」
「おお……!」
その言葉に、村長や商人たちから安堵の声が漏れる。
だが、話はまだ終わらなかった。
「ただし、それには条件がある。貴殿らには、その資格があることを辺境伯様に対し、行動で示してもらわねばならん」
◇
文官が告げた条件。
それは、この地域の長年の懸案であった、西の森に巣食う大規模なゴブリンの群れの討伐だった。
「ゴブリン討伐……?」
「西の森の奴らか! あそこのはただのゴブリンじゃない、集落を形成していて、中にはホブゴブリンのリーダーもいるって話だぞ!」
聞いていた冒険者たちがざわめく。
それは、ただの村や駆け出しの衛兵団が手を出せるような、生易しい相手ではない。辺境伯が、正規の騎士団を派遣してもおかしくないレベルの脅威だ。
代官ダリウスが、にやりと意地の悪い笑みを浮かべている。僕たちがこの無理難題に尻込みするのを、期待しているのだろう。
だが、僕は迷わなかった。
「わかりました。その条件、お受けします」
僕の即答に、今度はダリウスの方が驚く番だった。
(モンスター討伐クエストか。ちょうど、衛兵団と騎士団の合同訓練の成果を試すのに、ピッタリのイベントじゃないか)
『面倒事を押し付けられただけだと思うがな。まあ、お前ならそれすらイベントに変えてしまうか』
神様の呆れた声が聞こえる。
僕は、隣に立つ衛兵団のリーダーと、騎士の隊長に向かって振り返った。
「――というわけで、この街の初仕事です。皆さん、準備はいいですか?」
衛兵団のリーダーは、ニヤリと笑って木剣を肩に担いだ。
「腕が鳴るぜ」
そして、騎士の隊長も、静かに、しかし力強く頷いた。
「辺境伯様のご命令とあらば。我らも全力で協力しよう」
僕の街の、最初の戦いが始まろうとしていた。




