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第11話「騎士団の胃袋を掴め!外交は食卓から」

 代官が残していった監視役の騎士たちは、依然として街とは距離を置いていた。

 彼らは詰所の近くに自分たちで粗末な天幕を張り、携帯食料である乾いたパンと塩漬け肉をかじって日々を過ごしている。その隣の市場や酒場から、肉の焼ける香ばしい匂いや、エールと人々の陽気な笑い声が届こうとも、頑なに背を向け続けていた。


(意地っ張りだなぁ。でも、そろそろ限界だろ)


 僕は天幕の方をちらりと見やる。一番若い騎士が、宿屋から運ばれていく焼きたてのパンを、まるで恋人でも見るかのような、恨めしそうな顔で凝視していた。


『ふん、騎士の意地とやらも、空腹には勝てんようだな』


「でしょ? 交渉事を有利に進める基本は、まず相手の腹を満たしてやること。これ、どんなゲームでも一緒だからね」


 僕はニヤリと笑うと、宿屋の主人に声をかけた。



「――というわけで、今夜、騎士様たちを晩餐にご招待したい」


 僕の提案に、騎士の隊長はあからさまに警戒した表情を浮かべた。

 場所は、宿屋『安らぎの木洩れ日亭』の、他の客から隔離された個室。磨かれたテーブルの上には、まだ何も置かれていない。


「……何の企みだ。毒でも盛るつもりか?」

「まさか。僕はこの街の代表として、監視任務にあたる皆さんを正式にもてなしたいだけですよ。客人をもてなすのは、この街のルールなんでね。無下に断るのは、辺境伯様の名に傷をつけることになりませんか?」


 僕がそう言うと、隊長はぐっと言葉に詰まった。

 彼の後ろに控える若い騎士たちが、ごくりと喉を鳴らす音がやけに大きく聞こえる。


「……わかった。その招待、受けよう」


 隊長は、渋々といった様子で席に着いた。



「さあ、ごゆっくりどうぞ」


 僕の合図で、次々と料理が運ばれてくる。

 まずは、湯気の立つ大皿に乗せられた、熱々の肉汁が溢れ出す鶏の唐揚げ。こんがりと揚がった山盛りのポテトフライ。新鮮な野菜に特製のドレッシングをかけたサラダ。

 そして、メインディッシュは、分厚いステーキだ。熱せられた鉄板の上でジュウジュウと音を立てる肉の塊に、騎士たちは目を奪われている。


「くっ……なんだこの匂いは……! 悪魔の誘惑か……!」


 乾いたパンと干し肉ばかりの生活を送ってきた彼らにとって、それはあまりにも強烈な“飯テロ”だった。

 騎士たちは互いに顔を見合わせ、やがて意地を張り続けるのをやめた。ナイフとフォークを手に取り、恐る恐るステーキを口に運ぶ。


「――うまいっ!」


 最初に声を上げたのは、一番若い騎士だった。

 その一言を皮切りに、彼らは無我夢中で料理をむさぼり始めた。隊長でさえ、最初は威厳を保とうとしていたが、唐揚げを一口食べた瞬間、その瞳は驚愕に見開かれ、動きが止まっていた。



 騎士たちの腹が満たされ、テーブルの上にエールが並ぶ頃には、場の空気はすっかり和んでいた。


「……不思議な街だ」


 隊長が、ぽつりと呟いた。


「冒険者も商人も、元はよそ者のはず。だが、彼らはまるで昔からここに住んでいたかのように、街のために動いている。衛兵団の動きも、素人とは思えん練度だ。一体、どんな魔法を使った?」

「魔法なんて使ってませんよ。僕は、この街を誰もが笑って暮らせる場所にしたいだけです。村人も冒険者も商人も、そして騎士であるあなたたちも、ここでは皆が主役になれる。ただ、それだけですよ」


 僕がそう言うと、隊長は初めて僕を真っ直ぐに見つめた。

 その目に、最初の頃のような敵意はもうない。


「そこで、一つご提案があるのですが」


 僕は切り出した。


「どうです? あなたたちのその卓越した剣技を、うちの衛兵団の訓練に活かしていただけませんか? もちろん、ただとは言いません。その間の食事と宿は、今夜以上の、最高のものでおもてなしします」



 僕の提案は、彼らにとってまさに渡りに船だったはずだ。

 ただ監視するだけの居心地の悪い役目から、街に貢献し、感謝される指導役へと変われるのだから。


「……持ち帰り、検討させてもらう」


 隊長はそう言うと、深々と頭を下げて部屋を出ていった。その背中は、来た時よりもずっと大きく見えた。


(よし、これで監視役は、もう“敵”じゃなくなったな)


 僕は一人、残ったエールを飲み干す。


『お前、人心掌握まで完全にゲーム感覚でやってのけるな』


(最高の街を作るには、優秀なNPCは多い方がいいだろ?)


 神様の呆れた声も、今夜は最高のBGMに聞こえた。

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