第10話「監視騎士と、街のルール」
代官ダリウスが慌ただしく帰っていった後、街には監視役として数人の騎士が残された。
彼らは代官の部下というより、辺境伯直属の兵士らしく、その目つきは鋭く、全身から発する空気もただの兵とは違う。
隊長格らしき、顔に傷のある男が、市場の喧騒を冷ややかに見つめていた。
「なんだこの村は……。ならず者の寄せ集めかと思えば、妙に規律が取れている……」
「ふん、見せかけだけだろう。すぐにボロが出るさ」
彼らは、この急造の街がすぐに混乱に陥ると信じて疑っていないようだった。
◇
だが、騎士たちの予想はことごとく裏切られることになる。
市場で小競り合いが起きれば、どこからともなく衛兵団が現れて当事者を引き離し、冷静に仲裁する。
ダンジョンの入口には冒険者たちの長い列ができているが、割り込んだり騒いだりする者は誰もいない。
酒場は夜通し賑わっているが、泥酔して暴れる者は、衛兵団によって宿屋に強制送還されていた。
街の隅々にまで、僕がゲームの知識を応用して作った“ルール”が浸透し、機能しているのだ。
騎士たちの顔に、戸惑いの色が浮かび始める。
そんな彼らの元へ、僕はあえて自分から近づいていった。
「監視任務、ご苦労様です。宿と食事はこちらで用意しますので、ご心配なく。あ、ついでにうちのダンジョンも試してみますか? 皆さんの腕試しには、ちょうどいいと思いますよ」
僕のあまりに堂々とした、そして親しげな態度に、騎士たちは完全に面食らっていた。
隊長の男は、罠を警戒するように僕を睨みつける。
「……我々は任務中だ。貴様の世話になるつもりはない」
「そうですか? それは残念」
僕は肩をすくめ、その場を離れた。
今はまだ、それでいい。
◇
任務中だと言い張る騎士たちだったが、人間である以上、腹は減るし、疲れもする。
彼らのすぐ側で、冒険者たちは美味そうにラーメンをすすり、射的の景品に一喜一憂し、風呂上がりの至福の表情で酒を飲んでいるのだ。
それは、あまりにも過酷な拷問だったに違いない。
特に、若い騎士の一人は、屋台から漂ってくる香ばしい匂いに、もう我慢の限界といった顔をしていた。
「た、隊長……。あの“らーめん”とかいう食べ物、一口だけでも……」
「馬鹿者! 任務を忘れたか!」
隊長の一喝が飛ぶが、その隊長自身も、ごくりと喉を鳴らしたのを僕は見逃さなかった。
その時だった。
酒場で一杯ひっかけてきたらしい、ひどく酔っ払った冒険者の男が、若い騎士に絡み始めたのだ。
「なんだぁ、お貴族様のお人形さんはよぉ。そんなピカピカの鎧着て、おままごとか?」
「なっ……無礼者!」
若い騎士が剣の柄に手をかけた瞬間、隊長の鋭い声が飛ぶ。
「よせ! 問題を起こすな!」
だが、それよりも早く動いた者たちがいた。
◇
「衛兵団だ! 街でのいざこざは禁止されている!」
騒ぎを嗅ぎつけた衛兵団の数名が、あっという間に酔っ払い冒険者と騎士たちの間に割って入ったのだ。
彼らは剣を抜くことなく、巧みな連携で冒険者の体勢を崩し、その動きを封じ込める。
(なんだ、今の動きは……? 見たこともない連携だ……)
騎士の隊長が、驚愕に目を見開いていた。
衛兵団の動きは、騎士団のそれとは全く違う。一人が相手の注意を引きつけ(ヘイトを集め)、別の者が死角から拘束する。まるで、ゲームのパーティ戦闘のような、機能的で無駄のない動きだった。
衛兵団は酔っ払いを軽々と担ぎ上げると、騎士たちに一礼して去っていく。
「お見苦しいところを失礼した。彼は宿屋で保護しておく」
あまりに鮮やかな手際に、騎士たちは呆然と立ち尽くすだけだった。
◇
その夜、騎士の隊長が一人で僕の元を訪ねてきた。
その顔から、昼間の尊大な態度は消え失せている。
「……貴様、一体何者だ? この街を作ったのは、本当に貴様一人なのか?」
その問いに、僕はいつも通りに答えることにしていた。
「さあ? 僕はただの、街づくりが好きなゲーマーですよ」
隊長は何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わず、深くため息をついて去っていった。
翌朝、彼が辺境伯へ送った伝書鳩の報告書には、こう書かれていたという。
『――この地に、統率された軍と、独自の文化を持つ、新たな“都市国家”が生まれつつあり』と。
(よし、監視役はこっちのペースに巻き込めた。次は、この騎士たちをどう“活用”してやろうかな)
僕がそんなことを考えていると、神様の声が聞こえた。
『いよいよ政治と外交のフェーズか。ふん、面白くなってきたじゃないか』
僕の街づくりは、また一つ、新たなステージの扉を開けた。




