第1話「転生したら、神様が退屈していた」
どこまでも白い、無限の空間。
そこに、“神”と呼ばれる存在がいた。
光で形作られた人型のシルエットを持つその神が、今、心底退屈していた。
「ふあぁ……」
豪華絢爛な椅子にふんぞり返り、神は深々とため息をつく。
「人間どもは毎日畑を耕すだけ、娯楽もなければ料理も質素……おいおい、これで俺が楽しめると思うか?」
神の愚痴が、何もない空間に虚しく響く。
「地球の神はゲームだの料理だの恋愛だの、毎日楽しそうにしているというのに……こっちは“耕すか寝るか”だけだぞ! なんだこの差は!」
その時、神の目の前にふっとノイズが走り、別の神からの通信が入った。
「なら面白い人材を送ってやろう。遊びに関しては右に出る者がいない男だ」
「……ほう? そいつは面白そうだ」
退屈していた神の口元が、久しぶりに楽しそうに歪んだ。
◇
神が見つめる空間に、巨大な映像が映し出された。
そこに広がっていたのは、きらびやかな光と人々の歓声に満ちた、巨大な都市。
天を突くタワー、夜景を彩る観覧車、ネオンが輝くカジノ、冒険者たちが列をなすダンジョンゲート。
「すげぇ……」
神は思わず椅子から身を乗り出す。
「村一つが、まるごと国みたいに賑わってるじゃないか!」
映像の中には、その都市の設計図を満足げに眺める一人の青年がいた。
「こいつだ! こいつなら、俺の世界を面白くできる!」
神が指を鳴らすと、世界が光に包まれた。
◇
僕の意識は、VRゲームの中にあった。
(よし、今日の作業はここまで……って、うわっ!?)
世界最大のVRMMOゲーム『ガイアズ・クリエイト』。
現実ではしがない大学生の僕だが、この世界では“百万人が暮らす都市国家”を作り上げ、都市クリエイターランキングの頂点に君臨している。
自らが作り上げた都市の未完成エリアで、最後の仕上げに取り掛かっていたその時。
突然、視界が真っ白な光に塗りつぶされた。
「え、ちょっ……僕まだ建設中のエリアが……!」
僕の悲痛な叫びは、有無を言わさぬ大声にかき消された。
「そんなもんより面白い世界を作れ!」
気づけば僕は、あの真っ白な空間に立っていた。
目の前には、光り輝く人型の――神様。
◇
「いやー、本当に退屈でな!」
それから数時間、僕は目の前の神様から延々と愚痴を聞かされ続けていた。
「この“し・ろ・い・へ・や”を見て楽しいと思うか? 思うわけないよな!」
(……暇すぎてやばい神だな、これ。最強の人間より神って方がもっとやばい……)
僕が内心でドン引きしていると、神様がピタリと動きを止めた。
「おい! 心の声は全部筒抜けだからな!」
「す、すみませんっ!」
思わず背筋を伸ばして謝罪する。
このままだと心がすり減って死ぬ。
「本当に申し訳ありませんでした! 僕が面白い世界を作るお手伝いをします! いや、させてください!」
僕は勢いよく頭を下げた。
これ以上、神様の退屈トークに付き合わされるのはごめんだった。
すると神様は、なぜか満足げに腕を組んだ。
「……お前、いいな。気に入った。今日から友達だ!」
「へ?」
「お前には特別に“創造魔法”を授ける。想像した物を具現化できるチートスキルだ。ただし、この世界の理に沿うものだけだぞ」
光の粒子が、僕の体にすっと吸い込まれていく。
なんだか、とんでもない力が体に宿ったのが分かった。
「十分すぎます! 神様の退屈、絶対吹き飛ばしてみせます!」
最高の力を手に入れ、俄然やる気が出てきた僕は、ふと名案を思いついた。
「そういえば、この世界の人たちは神様を信じてるんですよね? だったら“僕、神様の友達です”って言えば、一発で信用されません?」
しかし、神様は心底呆れたように言った。
「バカか」
「えっ」
「そんなこと言ったら、お前は“神子”だとか祭り上げられて、宗教団体に祀られるぞ。逃げても追われ、さらわれ、寝ても起きても監視される毎日だ」
「いや、創造魔法でちょちょいのちょいじゃないですか」
チートスキルを手に入れたばかりの僕は、少し調子に乗っていた。
神様はそんな僕を鼻で笑う。
「……それでも追われ続ける人生、楽しいか?」
「……やめときます」
即答だった。
自由な街づくりがしたいのに、軟禁されたら意味がない。
「よし、話は決まりだな」
神様はニヤニヤしながら僕を見下ろした。
「楽しみにしてるぞ。お前が作る街は、特等席でずっと見てやるからな」
「えっ!? それってストーカーじゃないですか!」
「ぶはははは! 神の監視をストーカー呼ばわりするやつがあるか!」
(やばい……この神様、本当に四六時中見てそう……!)
「心の声、聞こえてるからな!」
「す、すみません!!」
僕の最後の謝罪と共に、足元が再び強い光に包まれた。
次に目を開けた時、僕が立っていたのは、ボロボロの小屋が数軒建つだけの、荒れ果てた村の真ん中だった。
僕は目の前の寂しい風景を見渡し、ふっと笑みをこぼした。
「ここから始めるか」
伝説の都市ビルダーによる、神様を楽しませるための世界づくりが、今、始まった。