表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!  作者: エス
第3章 団長、まさかのモテ期突入!?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/38

3-4 お忍び視察と、想定外の役回り

 眩しいほどの朝陽の下、王城の中庭には朝露をまとった花々が可憐に揺れ、噴水が涼やかな水音を響かせていた。


 一行は石畳の小道をゆっくりと進みながら、左右に広がる庭を眺めていく。


「このあたりは、昨年整備を終えたばかりでね。今は薬草を中心に育てているんだ」


「まあ、薬草はどんなものを?」


 ユリウス殿下の説明に、アメリア姫は興味深そうに次々と質問を投げかけていた。


(……助かる)


 俺は姫の斜め後ろを、一定の距離を保って歩きながら、内心でほっと息をついていた。


 視察に付き添う形での護衛任務。だが幸いにも、ユリウス殿下が終始話し相手になってくれているおかげで、俺がアメリア姫と直接言葉を交わす場面はほとんどない。どうやら、外交も兼ねたこの視察では、王太子としての立場をしっかり果たすつもりらしい。


(まあ、昨日のフォローのつもりなんだろうが……)


 殿下の柔らかな口調と、姫の花が咲くような笑顔。ぱっと見は、実に和やかな視察風景だ。だが、俺としては、まったく気が抜けなかった。


 説明に相槌を打ちながらも、アメリア姫の視線がちらちらと、こちらへ流れてくる。最初は気のせいかと思ったが、二度、三度と同じことが続き、俺は耐えられずに目を逸らした。


(……頼むから、こっちを見ないでくれ)


 視線を感じるたび、心拍が妙に跳ねる。いや、誤解のないように言っておくが、やましい気持ちがあるわけじゃない。むしろ、全力で「何もない」のを望んでいる。


(だいたい、一国の王女が──それも視察中に──たかが護衛の動きばかり気にしてたら、変に思われるだろうが……)


 周囲には、王城付きの侍女や護衛の騎士たちも控えている。こちらが不用意に視線を返すだけでも、「何かあるのか」と勘ぐられかねない空気だ。


(せめて、視察中くらいは……普通でいてくれ)


 そんな俺の願いが通じることは、まあ、たぶんない。

 


 *

 


 午前中の視察は、拍子抜けするほどスムーズに終わった。城の中庭から薬草園、資料館と順調に巡り、アメリア姫も終始上機嫌で、ユリウス殿下の説明に熱心に耳を傾けていた。


 そして最後に、広場の噴水前で立ち止まった時だった。


「午後は、王都に出てみたいですわ」


 さらりと、アメリア姫が言った。


「できれば、お忍びで。護衛は目立たないよう、ヴォルフ様お一人だけでお願いできたらと思いますの」


 場の空気がぴたりと止まる。 


「……は?」


 あまりに突拍子もない発言に、一瞬、俺の思考も止まった。


「姫、なにを仰って──」


「いや、でも護衛を減らすのは──」


 ユリウス殿下とアルベルトが同時に声を上げた。しかしアメリア姫は全く介せず、ためらいのない口調で続けた。


「ご心配はごもっともですわ。でも……わたくしは、今回の親善訪問を『形式』だけで終わらせたくないのです。書面や説明だけではなく、この国に生きる人々の暮らしを、自分の目で、足で、肌で感じてみたい。それが、ほんとうの『視察』ではなくて?」


 ユリウス殿下が口をつぐんだ。その隙に、アメリア姫はさらに続ける。


「もちろん、完全なお忍びは無理でしょう。でも、護衛が大勢いては民の姿も歪んで見えてしまいますわ。だから、せめて……信頼できる方お一人だけ、お付きの方としてお連れしたいのです」


 その「信頼できる方」に、なぜ俺を選んだのかは考えたくなかったが。


 そのとき──


「ふむ。それは実に素晴らしい心がけだな」


 沈黙を破ったのは、重厚な低い声だった。思わず振り返ると、いつの間にかそこに立っていたのは、この国の王、レオポルト陛下だった。


「民の姿を知りたいというその志。まことに感服した。……よかろう。姫殿下のご希望、我が国としても最大限協力しよう」


「父上!?」


「陛下、それはさすがに……!」


 慌てるユリウス殿下とアルベルトに対し、陛下は朗らかに笑いながら言い切った。


「騎士団長ヴォルフ。姫君を守るのに、貴様ひとりで十分であろう? 我が国の武の象徴なのだからな」


「……は。謹んでお引き受けいたします」


 俺はぎこちない笑みを浮かべながら、深く頭を下げる。そのうえで、陛下は念を押すように付け加えた。


「ただし、何があるかわからぬ町中だ。念のため、数名の騎士を私服で配置しておこう。万が一の際はすぐに動けるようにしておく。それでどうだ、アメリア姫?」


「まぁ、それなら安心ですわね。ありがとうございます、陛下」


 姫は満足そうに微笑み、俺の横顔をちらりと見た。


(……結局、こうなるのか)


「では、お忍びで外出するにあたり、服装は町娘風に着替えますわね。そして、ヴォルフ様には……わたくしの恋人、という設定でお願いしたいですわ♡」


 当然のように言い放たれたその一言に、一瞬、耳を疑った。


(……は?)


 ちょっと待て。恋人? 俺が?


「いや、それはまずいだろ!」


 突然、ユリウス殿下の声が、鋭く飛んできた。


「こいつは結婚してるんだぞ!?」


 その言葉に、アメリア姫は何食わぬ顔で答える。


「ふふ、大丈夫ですわ。あくまで『設定』ですもの。手を繋いだり、少し親しげに話す程度で構いません。……本気で仲睦まじくする必要など、ございませんわ」


(……手を、繋ぐ……?)


 背筋にぴしりと妙な緊張が走った。 


(いやいや、ちょっと待て。テレーゼ嬢とだって、まだ手を繋いだことなんかないぞ!)


 顔に出すまいと必死にこらえるが、頭の中はすでに大混乱だ。そんな俺をよそに、アメリア姫はちらりと視線をよこし、わざとらしく小さく首を傾げる。


「それとも……ヴォルフ様の奥さまは、任務としての『設定』すら我慢できないような、心の狭い方なのかしら?」


 ぐっと言葉に詰まった。


(……さすがにテレーゼ嬢は、そこまで子どもじゃない)


 ただ──昨夜のことが脳裏に蘇る。俺の腕にぎゅっとしがみついてきた、あの柔らかな感触。揺れるまなざしと、小さく震えた声。


(……いい気は……しないだろうな)


 そのとき、ふいに割って入ったのはアルベルトだった。 


「お言葉ですが、アメリア殿下。それはさすがに、行き過ぎではありませんか」


 静かに、だがはっきりとした声で言う。続いて、ユリウス殿下がため息混じりに言葉を継いだ。


「……姫、外出の『設定』に関しては、なにも『恋人』である必要はないのでは?」


 あくまで穏やかに、けれど明らかに異を唱える口調だった。


「例えば、ご親族の付き添い、あるいは兄妹など、他にも方法はあります。どうか、あまり刺激的な設定は避けていただきたい」


 その声には、俺の立場を慮る気遣いがにじんでいた。いや、テレーゼ嬢の気持ちを推し量ってのことかもしれない。 


 場の空気がわずかに変わり、アメリア姫の提案に否定的な空気が、ようやく流れ始めた、その矢先だった。


「ふむ。だが、恋人という設定であれば、自然に傍らで護衛できる。最も理にかなっていると言えるな」


 重々しい低音が、空気を断ち切るように響いた。声の主はレオポルト陛下だった。


「民の中に入るならば、何より自然な振る舞いが肝心だ。奥方には……公務としての任務ゆえ、多少は目をつぶってもらうしかあるまい」


 そう言って、陛下はちらりとアメリア姫と俺の方へ視線を流す。その目には、どこか底知れぬ思惑が、ほんのわずかに滲んでいた気がした。 


「陛下……っ」


 ユリウス殿下が必死に反論しようとするが、それよりも早く、陛下はからりと笑ってこう言い放つ。


「任務だ、ユリウス。姫殿下に我が国のことを深く知って貰える良い機会ではないか。騎士団長、しっかり頼むぞ」


「……は。謹んで」


 引きつった笑みのまま、俺は再び深く頭を下げるしかなかった。  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ