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勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!  作者: エス
第2章 嫁入り、全力で満喫中!

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2-6 腕組みデート、スタートですわ♡

「ヴォルフ様っ! 楽しみですわね! まずどこに行きましょうか?」


 石畳の上を走る馬車の車輪がゴトゴトと小気味よい音を立てる。窓の外では貴族街の落ち着いた邸宅が少しずつ減り、代わりに、活気あふれる商店やカフェの並ぶ通りが近づいてくるのが見えてきた。


 ヴォルフ様の邸から王都の中心街までは馬車で二十分ほど。その短い時間さえ私にはもどかしく感じられ、さっきから何度もヴォルフ様に話しかけてしまっていた。


「……落ち着け」


 向かいに座るヴォルフ様は腕を組み、いつも通りの涼しい顔。でも、落ち着いてなんかいられませんわ!


(なぜなら! 今日はヴォルフ様と初デートなのですもの!!)


 昨日、突然「明日、休みを取ったから、どこか出かけないか」と誘われた時の衝撃といったら! あまりの嬉しさに、飛び上がりそうになりましたわ!


 その余韻に浸りながらウキウキと窓の外とヴォルフ様を交互に眺めていると、やがて馬車は速度を落とし、石畳の広場の前でゆっくりと止まった。


 扉が開いた瞬間、賑やかな声と楽器の音色が風に乗って流れ込み、肉の焼ける芳ばしさが鼻をくすぐる。


 先に馬車を降りたヴォルフ様は、ちらりと人混みを見回し、「……人が多いな」とぼそっと呟くと、そのまま当然のように歩き出そうとした。


「あっ……」


 私は慌てて後を追い、地面に降り立つ。


(もうっ、ヴォルフ様ったら……) 


 そして側に駆け寄り、彼の上着の裾をクイッと引っ張った。


「ヴォルフ様、こういう時は普通、男性が手を貸してくださるべきではなくて?」


 裾をつまんだまま、じとっと上目遣いで見上げると、ヴォルフ様はぎょっとしたように、勢いよく振り返る。


「……す、すまんっ」


 おろおろと慌て出す姿を見て、私は首をかしげた。


「ヴォルフ様は、女性をエスコートなさったりしないのですか?」


「……じょ、女性と出かけるなんて……これまでなかったからな……」


(え……初めて? それはちょっと……嬉しいかもしれませんわ) 


 その不器用な答えに、心臓がぽんっと跳ねた。


「まあ……で、では私が初めてのデートのお相手ですのね? 光栄ですわっ」


 体の内側がくすぐったくなって、思わず声が弾む。


「ヴォルフ様? 腕を組んでもいいですか!?」


「うっ……腕!?」


 私の唐突なお願いに、ヴォルフ様はわずかに身を引き、明らかに動揺していた。 


「そ、それは……」


「さっきエスコートしてくださらなくて……わたくし、悲しかったですわ」


 わざとらしく肩を落とし、ちらりと見上げてみる。

「い、いや、あの……」


「ではエスコートのお詫びに!」


「うっ……」


 完全に押し切られたヴォルフ様は、観念したように短く息を吐いた。


「……わ、わかった」 


 逡巡ののち、おずおずと差し出された逞しい腕に私はそっと手を添える。その瞬間、ヴォルフ様の腕にピシリと力が入ったのがわかった。


(……っ、わたくしの旦那さまが可愛すぎて、どうしましょう……♡)


 ふわっと愛しさが込み上げてきて、思わず頬がゆるみそうになる。


(そ、それにしても……ヴォルフ様の腕がっ! こ、この二の腕の張り……肘から手首にかけての筋の浮き上がり……っ) 


 逞しい筋肉を意識してしまうと、なんだか呼吸が浅くなりそうだった。


(いけませんわテレーゼ! これから街歩きですのよ、落ち着いて……! でも……♡)


「それで、どこか行きたいところは?」


 ヴォルフ様の、少しぎこちない問いかけに、私ははっと顔を上げる。


(せっかくのデートですもの。集中しなければ!)


「ええ、まずはあそこですわ!」


 私が指差したのは、大通りの角にある可愛らしい外観のお菓子屋だった。


「ユリウス様が、よくここのお菓子を手土産に下さるんですの。ここのマカロンは絶品ですわよ」 


 店先から漂う甘い香りを鼻いっぱいに吸い込むと、頬がとろけそうに緩む。 


「甘いものが好きなのか?」


「もちろん、大好きですわ! ヴォルフ様は?」


「……あまり食べないが、嫌いではない」


「まあ、それならぜひ食べてみてくださいませ!」


 店内に入ると、色とりどりのケーキや焼き菓子がずらりと並んでいて、私は夢中でトレイに乗せていく。


(これと、あと、あれも! 美味しそうですわ〜♡)


「……そんなに買うのか?」


 ヴォルフ様が少し呆れたように眉を上げる。


「ええ、セシルもここのお菓子は大好きですし、マチルダさんやルーディさん、ハロルドさんにも食べさせてあげたいのですもの」


「……」


 ほんのわずかに、ヴォルフ様の目が驚いたように見開いた気がした。 


「何か変ですか?」 


「いや……使用人のことまで気にかけるのが、珍しいなと」


「あら、幸せな味は、皆で分かち合うと、もっと幸せになりますのよ!」


「ふっ……そうか」


 短く笑ったヴォルフ様の横顔に、私は思わず見とれてしまった。普段は少し怖そうに見える鋭い表情が、ふわりと柔らかくほどけて、その落差に胸がどきりと跳ねる。 


(……っ!!? ヴォルフ様の……笑顔!? は、初めて見ましたわっ!!)


 ドキドキドキドキと、心臓がうるさく騒ぎ出す。なんだか顔まで熱くなりそうで、


「で、ではっ、これを買って参りますわね」


 誤魔化すようにくるりと身を返し、店の奥へ向かおうとしたその時──


「待て」 


 低い声と同時に、背後から大きな影がずいっと近寄ってきた。次の瞬間、長い腕が肩越しに伸びてきて、私が手にしていたトレーを当たり前のように取り上げようとする。


「俺が払う」


「っ……!!」


 ほんの一瞬、ヴォルフ様の広い胸板に私の背中が触れた。


「わ、わたくしからの贈り物ですのでっ!!」


 私は声を裏返らせ、そのまま逃げるように店の奥へ駆け込んだ。落ち着けと言い聞かせても、胸の鼓動が騒がしく耳に響く。 


(……だ、だめですわ。さっきの距離感、あれは反則ですっ!!)


 甘い香りと胸の高鳴りが混ざって、頭の中はすっかりふわふわしていた。 


 ようやく会計を済ませ外に出ると、ヴォルフ様は店の入口脇で腕を組み、通りを歩く人々を眺めていた。その横顔はすっと穏やかで、先ほど私の背中に触れた人とは思えないほど落ち着いている。いえ、きっとヴォルフ様は全くの無意識だったのでしょう。


「……お待たせしました」 


 ヴォルフ様はちらりとこちらを見て、両手いっぱいに袋を抱えた私に、わずかに視線を揺らす。次の瞬間、静かに歩み寄り、私の両手から袋をひょいひょいと奪い取った。


 ──が、そのまま動きを止める。眉間に皺を寄せ、何かを考えこむように上を向いたり下を向いたり、そわそわと落ち着かない。やがて持っていた袋をぎこちなく片手にまとめると、視線をそらしながら、「……ん」と、ためらいがちに空いた方の腕を差し出してきた。


「……っ」


 その仕草に、私は思わず口元を手で押さえる。だってそうでもしないと、嬉しくて叫んでしまいそうでしたもの。 


(さっき、調子に乗ってお願いしてしまいましたけれど……まさか、腕を組むのは1日有効だったのですか!?)


 嬉しさと驚きでくらくらしながら、私はそっと、その逞しい腕に手を添えた。


(……今日は、このまま心臓がもたないかもしれませんわっ)


 そのあとも、私たちは並んで王都の大通りを歩いた。


 可愛らしい雑貨屋では、手刺繍のハンカチを見つけて思わず手に取ったり、本屋では新刊の画集を立ち読みしたり。ヴォルフ様は特に何も買わないけれど、私が品物を手に取るたびに、後ろから「それは?」と興味を持って下さるのが、なんだかすごく楽しい。 


 しばらくして、大通りの角に小さなパン屋が見えてきた。店の看板はふっくらと膨らんだパンの形をしていて、見ているだけでお腹が空きそうだ。店先から漂う甘く香ばしい匂いに私が思わず足を止めると、


「ここのクリームパン、うまいんだ。……買って帰るか?」 


 ヴォルフ様が何気なくそう言った。


「あ、いえ。……クリームパンはちょっと苦手なんですの」


(せっかく声をかけて下さったのに。嫌な気持ちにならなかったかしら?) 


 少し不安になり、ヴォルフ様をちらりと見上げたけれど。


「そうか」 


 それ以上は何も聞かず、ヴォルフ様は小さく頷いて歩き出した。全く気にしていなさそうなその様子に胸を撫で下ろし、私も静かにあとに続いた。 

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