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宿雨夜譚

作者: ららばい

1


「雨が降り始めた。まずい」

 恒簾こうれんは馬の背から空を見上げた。五月の夕陽がまだ少しだけは残っているが、黒い雲が急速に空を覆い始めている。風がざわめき、木々がざわつく。

 馬から下りて、背負った籠に、自分の上着をかける。馬からぶらさがる鞍袋くらぶくろには、二本ずつの白酒がはいっている。


 恒簾は手綱を握って、大きな木の下までやってきた。山の向こうから激しい雨粒が顔を打ち付け、雷鳴が谷間に響き渡る。


 首を伸ばした恒簾の目に、古びたお堂が見えた。

「あそこで、雨宿りをしよう」

 恒簾は手綱を強く引いて、馬を急がせた。


「失礼いたします」

 そう言って、お堂の古い扉を開けると、中は暗くひんやりしていた。恒簾はさっそく籠の中を確かめた。籠の中には、漆塗りの美しい箱がはいっている。

 お堂の奥のほうから、微かに香ばしい匂いが漂っていた。雨宿りの先人がいるのかもしれない。


 恒簾が内陣へ進むと、そこには白髪の老女が、目を剥いて小刀を向けた。

「私は怪しいものではありません。刀を収めてください」

 恒簾が両手を広げ、掌を老女に向けた。

「私は昴国の下級役人で、今、あるものを運搬中なのです」

 彼は「こう」の役人だが、このお堂は隣国の「れいに位置している。


「あるもの?」

「昴の穏明おんめい皇子が結婚なさるので、そのための大切な品物を運んでおります」


 老女が刀をしまうと、背後で何が動いた。その肩越しに、こちらを見つめる美しい目があった。匂いはこの方のもののようだ。

「私は静芝せいしと申す乳母でございます。その婚礼の式は明日ではないですか」

「よくご存知で。ですから、急がなくてはなりません」


 その時、くうーっというおかしな音がした。

「もしよかったら」

 と恒簾がためらいがちに言った。「旅の食べ物が少しありますが、よろしければお食べになりますか」

 

「心配には及ばない。しかし、何がある?」

「乾燥飯、乾燥魚、豆、それに店で買った椿餅など」


「つばき餅」

 そう言って、うしろにいたのは少女が立ち上がった。

「るい……」

 と静芝がだめですよと首を振ったが、「だって、もう二日も食べていないのですもの。それに、つばき餅は好き。でも、一番好きなのはバラのお餅」と少女が言った。


「わかりました。それでは、用意いたしますから、しばしお待ちください」

「飲み物がほしい」


「白酒はありますが、あれは手をつけられないので、お茶でよろしいですか。すぐに沸かします」

「白酒は、大好物じゃ」

「さしあげたいのですが、酒瓶には封がしてあるので、開けるわけにはいかないのですよ。お茶でよろしいですか」

「くるしゅうない」

 と少女が言った。


2 


いつの間にか、雨は上がったようだ。恒簾が水を汲みに行ったり、乾燥食料をふやかしたり、お湯をわかしたりしている間、老女と少女は目を合わせて、頷いた。


 食事の用意ができあがった時、静芝は恒簾が恐縮してしまうほどの丁寧な礼を述べた。


「実は、こちらのお方は黎雲国れいうんこくの王女、瑠衣姫るいきでございます」

「瑠衣姫と言えば」

「そうなのです。穏明おんめい皇子が明後日、結婚なさるお相手」

「でも、その姫は宮廷にいらっしゃるはず。どうして、ここにおられるというのですか?」

 

 静芝は恒簾に近づき、その耳元で話しかけた。

「今、あそこにいるのは妖女の千呪チェンジュ。千樹と名乗っておりますが、本名は千呪。千呪は三ヶ月前の婚約式の前日に瑠衣姫を襲い、入れ替わったのです。姫と私はあやうく難を逃れて、秘境の仙師を訪ね、ようやく妖女払いのお札をいただきました。そして、この嶺国までは来たのですが、関所があり、肝心の昴国には入ることができません」

「は、はい」


 宮廷でお会いした皇子と婚約者の姿、婚姻の品、殺気だっていた静芝、瑠衣だという姫、それらのことが恒簾の頭の中を、駆け抜ける。その瞬間、あることが電光のように瞬き、これは本当だと思ったのは、姫が「薔薇のお菓子」と「白酒」が好きだと言ったこと。


「薔薇のお菓子」とは「玫瑰花糖めいぐいかとう」を使った菓子のことだろう。バラの花びらを乾燥させた後、梅液、塩、蜂蜜を混ぜて漬け込んで、玫瑰花糖めいぐいかとうを作り、それを使うと、デリケートな鮮花菓子が出来上がるのだ。


 恒簾の父の司恒道しこどう、といっても義父だが、彼が今回、婚礼の総指揮を執る名誉に預かった。長男の恒敬が姫の好きな菓子と白酒を注文し忘れていたことに気がついて、恒簾が取りに行って、帰るところなのだった。賞味期限は約三日、乾燥菓子なので水気に弱く、雨に降られた恒簾は、気をもんでいたのだった。


「貴方様はお役人の通行札をお持ちですよね」

「はい」

「昴国に入られる際、瑠衣姫を連れて行ってはもらえませんか。妹でも、夫婦でも、下女でも、何か適当な理由をつけて、どうぞ、連れていってくださいませ」

「それはできますが、あなたはどうなさいますか」

「私は、姫がうまく千呪の呪いを消し、皇子と結婚なされたことを知ったら、私はそっと田舎に帰って待ちます。姫が落ち着かれましたら、必ず田舎に迎えにきてくださいとお願いしております」


「そんなことができますか」

「これは、できるかどうかではなくて、やらねばならないのです。

千呪は人間の皇子と結婚して、子供を産み、この国を魔人が支配する国にしようとしています。そんなことをさせてはなりません。そうでしょう」

「は、はい」


3


 恒簾は訊ねられるままに、自分の素性を話した。

「私はもともとは司家の人間ではありません」


 今は恒簾と名乗っているが、子供の頃は「レンレン」と呼ばれていたと思う。

 5、6歳の頃、父の馬車の後ろに里芋袋と一緒に乗って、市場に向かっていた。市場に着いて、眠っていたのかもしれない。気が付いたら、黒い袋をかぶせられていて、知らない家にいた。人買いにさらわれてしまったのだった。


 そこの親分や子分はよく殴る男達で、食事の支度や洗濯をさせられたが、殴られなかった日は一日もなかったので、昴の役人の家に売られた時は、うれしかった。

 そこが司家で、そこでも下男の仕事をしていたが、彼より二つ年上の長男恒敬こうけうが、勉強も、運動も苦手なのだった。


 ある時、家庭教師と恒敬が勉強している様子を見ていたところ、父親がおまえも習えと言ってくれた。条件としては、恒敬とともに復習すること。それは願ってもない役目で、恒簾はよく勉強をし、恒敬に教えた。


 その姿を見た恒道が養子にしてくれて、名前を「恒簾」とつけてくれた。おととし、ふたりとも役人試験に合格し、恒敬は父親の内務府の上級役人になり、恒簾は尚膳局しょうぜんきょくに下級役人として配属された。


「あなたのお国はどこですか」

「それがわからないのです。山をいくつも超えた遠い国で、探してはいるのですが、見つかりません」

「あなたも大変でしたね」

「いいえ。今はよい暮らしをしていますし、殴られることもありません」


「それで、どうして菓子を探しに来られたのですか?」

「皇子の婚礼において、父が指揮を執るという名誉な役目をいただいたのですが、兄が姫の好物の菓子と酒を注文し忘れていたのに気がつき、私がこっそりと取りにいくことになったのです」

「そうでしたか」


「北西部に、広大な黄土高原や山脈が広がる寒冷地で、里芋を栽培している場所がありますが、そこはとても貧しい所だと聞いたことがあります」


「そこかもしれません。私の生家も、とても貧しかったという記憶がありますから」

 恒簾が瞳を輝かせた。


「恒簾さまはおいくつですか」

「17歳、いや18歳かもしれません。義兄は20歳です」


「私は16」

 瑠衣姫が美しい笑顔を見せた。


「つばき餅はおいしいですか」

「ええ、とても。私、すぐにお腹がすいて、宮廷では一日に四回も食べていたのに、この二日、何も食べていなかったのだから」

「姫様」

 静芝が袖を引いて、たしなめた。


4


 翌朝、恒簾が馬に乗り、瑠衣姫が籠を背負って歩くことになった。関所で怪しまれないように、主人と侍女という設定にしたのだった。


 無事に関所は通り抜け、宮廷までやって来た。

「姫君なのに、荷物を背負わせたり、歩かせたりして、すみません」

「気にしなくてよい。ここからは、ひとりでできます」

 瑠衣姫がこれまでとは見違えるほど、はきはきと言った。


「これから、どうなさるのですか」

「大丈夫じゃ。大仙師から二ヵ月も厳しい訓練を受けたのだから、心配ない」


「私も仙師の修行のことは知っています。二ヵ月もの修行を、そんな小さなお身体で、耐え抜かれたのですね」

「身体の大きさは関係がない」

「ああ、そうですね」

「身体の訓練は大変ではない。がんばればよいことではないか。静芝の小言のほうが大変じゃ」

「ええっ」


「恒簾は何を驚いている?私が話すのが、そんなに驚くことか」

「確かに、意外でした」 

 恒簾は瑠衣姫のことを、寡黙でしとやかな姫だとばかり思っていた。

「私は本当はおしゃべりなのじゃ。しゃべりたくて仕方のなかったが、口を開けば火の粉が飛ぶから、黙っていただけじゃ」

「はい」


「恒簾よ、私にそういう知恵があったとは、思いもしなかったであろう」

 恒簾はまさにそう思ったばかりなので、驚きのあまり、瞬きを忘れたような顔をした。


「では、私は行くことにする。行って、使命を遂行する」

「瑠衣姫、本当に大丈夫ですか」

「心配はいらぬ。結婚式の後、行列がある。私が頬に手を当てたら、うまく入れ替われたということじゃ。そしたら、恒簾は耳に手を当てて、応えてほしい」

「わかりました。ご無事で、どうか幸せな人生を」

「わかった。恒簾も」


 ただそれだけなのに、理由もはっきりしないまま、恒簾はもう少しで泣きそうになった。


5


 恒簾が薔薇の菓子も白酒も、無事にも届け、御膳に並べることができたので、義父から褒められた。

下級役人の恒簾は皇子の結婚式には参加させてもらえなかったが、すべて順調にいったと伝え聞いた。

 はたして、瑠衣姫は千呪とうまく入れ替わることができたのか。     恒簾は考えれば考えるほど不安が募り、いてもたってもいられなかった。


 姫がうまく入れ替わったかどうか、それは行列を見ればわかる。


 恒簾は宮廷を出て、町の人々が待っている通りに出かけた。すでに幾重にも人垣が築かれ、誰もが同じ方向に視線を向けていた。

彼はその背後に立ち止まったが、意を決し、わずかな隙間を探して、前に進んだ。


「すみません」

 彼は少しずつ、前へとにじり寄っていき、最前列の一角に入り込んだ。

 周囲は大の男のくせにと非難する目で見たが、その時、行列が近づいてきたので、すぐ注意を奪われた。

 

 一段と豪華なれんと呼ばれる馬車が現れると、人々がひれ伏したが、結婚したばかりの皇子と妃をみようと顔を上げた。


 恒簾がしっかりと姫の顔を見た。顔は自分が見たあのお顔、そっくりである。しかし、彼女は彼には気がつかない。

 彼は目立つように立ち上がり、警護の役人から注意を受けた。姫も恒簾の姿には気付いたはずだが、頬に手は当てなかった。


「瑠衣姫は失敗したのだ。千呪に殺されてしまった。殺されたのだろうか。どこかに、閉じこめられているのだろうか」

 あの時、どうして一緒に付いて行かなかったのかと、恒簾は悔やんだ。

 いいや、悔しがっている場合ではない。姫がどこかに監禁されているのなら、助けださねばならない。そうだ、千呪のいない今がチャンスだ。恒簾は急いで、宮廷に戻った。


 恒簾が王宮の階段のところまで来ると、階段の陰から、「恒簾」と小さく呼ぶ声がして、振り向くと、瑠衣姫が顔を出した。


 えっ。


「あなたは」

 恒簾が青くなった。

「私じゃ」

 瑠衣姫が自分の頬を触った。


「失敗したのですか」

「いいえ。仙師のお札は使わなかった」

「どうしてですか」

「いろいろある。もうやめた」


「やめた、とは。この国が、妖女のものになってもよいのですか」

「そんなこと、どうでもいいかな、と思って」

「ちょっと待ってください。ここで話すことはできない。三町東に行ったところに延命寺という寺があるから、そこで待っていてくれないか。できるかぎり仕事を早く片付けて、すぐに行くから」

「わかった。でも、来る時には食べ物を持ってきて」


 6


 瑠衣姫は境内の木下にうずくまっていたが、恒簾の姿を見ると、うれしそうに立ち上がって駆けて来た。

「食べ物はもってきた?」 


 なんだ、そっちか。

「もってきましたよ」


 恒簾は配膳部に残っていた白酒、薔薇の菓子、つばき餅を持ってきた。やはりあの姫は千呪で、それらには一切、手をつけてはいなかった。


「私の大好物ばかり」

 瑠衣姫は空腹のまま白酒をぐいぐいと飲んだので、みるみる顔が赤くなり、つばき餅を食べながら、首がかくんと前に倒れたかと思うと、寝入ってしまった。

 姫は自由奔放だな。恒簾がその顔をまじまじと見ると、息をのむほどに可憐なので、慌てて目を逸らした。


 恒簾は瑠衣姫を背負い、上から上着をかぶせ、家まで連れて帰った。家といっても、司家の屋敷ではない。長男の恒敬が昨年結婚したのを機に家を出て、恒簾はひとりで暮らしている。


 彼は姫を居間に寝かせて、自分は料理の支度に取りかかった。米を研ぎ、里芋と鶏の煮込み、豆腐入りのスープを作った。


「なにかよいにおいがする」

 と姫が起き上がった。


 小さな食卓の上には、所狭しと料理が並べられていた。

「恒簾、全部、自分で作ったのかい」

「そうですよ。うちのことは、たいてい自分でします」


「ここは、おまえの家なのかい」

「そうです。借家ですけれど」

「家の主が自分で料理をするなんて、聞いたことがない」

「料理も、掃除も、なんでも自分でする。自分でするのが好きなのです。洗濯は手伝ってもらうけど。そういうの、だめですか」

「だめではないけど。どうしてなんだろうと思って」

「親が何でも、自分たちでやっていたからかもしれない」

「覚えているのかい」

「うっすらとだけれど。さあ、話はあとにして、料理があたたかいうちに、食べましょう」


*


「ああ、美味であった。こんなにおいしい食事は初めてじゃ」

「それはないでしょう。お国では、毎日、ご馳走を食べられていたでしょうに」

「慣れで食べていただけで、こんなにおいしいと感じたことはなかった。礼を言うぞ」

「こちらこそ。うれしいです」


「ところで、千呪には会えたのですか」

 恒簾が肝心のことを聞いた。


7


「千呪にも会えたし、皇子にも、会えた。忍びの術で、部屋に忍び込んだ」

「姫はそんなことができるのですか」

「仙師から、厳しい訓練を受けたので、できるのだ」

「それで、どうして入れ替わらなかったのですか」


「……空しくなってしまった」

 と姫が天井を見上げたから、「空しくなった?」と恒簾は姫の言葉を繰り返し、目を瞬いて、首を傾げた。


「穏明皇子を見て、彼の妃にはなりたくないと思ったのだ。一生、この男と暮らしていくのかと思うと、悪寒が走った。その時、仙師の言われた言葉を思いだした……」

「……どんな言葉ですか?」


「世の中の半分は魔人だと。魔人にしてみたら、人間が魔人だと。千呪が妃になり、子供を産んだとして、世の中が悪くなるとはかぎらない。かえって、よくなるかもしれないではないか」


「それで、意気をくじかれてしまったのですか」

「そういうことだ。そう考えたら、あっという間に、やる気を失った。気とは不思議なものだ」

「それはそうですが。それで本当によいのですか」


「おまえに聞きたい。恒簾は、そうは思わないか」

「難しい質問です。お国では、あなた様が昴国皇子の妃になられたと信じていることでしょうし、この国でも、あなた様から生れる皇子が、あとを継がれると期待しているのですから。そんなあっさりと、諦めてしまうのはいかがなものかと」

「静芝なら、そう言うであろう。同じか、恒簾も」


「それで、瑠衣姫さまは、これからどうなさるおつもりですか」

「まずは瑠衣姫さまと言うのをやめてほしい。今からは瑠衣だ。そのつもりで、もう一度、質問をしてほしい」


「はい。では、瑠衣、これからどうなさるおつもりですか」

「どうしようか、恒簾」

「瑠衣に考えはないのですか」

「ない」

 瑠衣がそう言って笑ったので、恒簾も思わず苦笑いをした。


「ないと言えばないが、あると言えばある」

「あるのですか」

「国にも帰れず、ここにもいられず、静芝のところへは行きたくはない。恒簾のところで、もらってはくれないだろうか」


「どういう意味ですか」

「嫁に、行ってもよいかと聞いている」

「私のもとに」

「心配するな。行く所がないからそう言っているのではない。おまえのところに行きたいから、こういうことになったのだ」


「どうして私のところへ」

「好きだからに決まっている。物語を読んだことがないのか」

「あなたは、窮地に立っていらっしゃる。だから、こんな私がよく見えるのかもしれません。私はあなたに好きになってもらえるような男ではないのです」


「私が八方塞がりだから、恒簾が頼もしく思えて、好きになった……、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。そうだとしたら、悪いことか」

「悪いとか、そういうことではないのですが、あなたは私を誤解しておられます」

「誤解か。誤解をしているとしたら、そのまま、誤解させておいてはくれないか」


 恒簾は頭を傾げた。女性との付き合いは多いとは言えないが、こういう論法を使ってきた女性は皆無だった。


「私があなたを幸福にしてさしあげることなど、できません」

「私はそんなことは望んではいない。大体、人が人を幸福にできるものではないぞ」

「誰が、あなたを幸福にできるというのですか」

「自分で探すしかないではないか。ただ恒簾の近くにいられたなら、より早く幸福を見つけられるだろう。しかし、おまえの意見もあるであろう。私が嫌いか」

「いいえ。でも、会ったばかりですし」

「時間がそんなに必要なのか。野菜でもあるまいし、芽がでて、花が咲くのを待つように、じっくり時間をかけないと、本当の気持ちは分からないのか?おまえは、真実を探してはいなかったのか。真実を見る目はないのか」


 ずい分と哲学的なことを言う姫だと恒簾は面食らった。しかし、それが姫の瑠衣姫たるところで、面白いと思った。


「私だって、いつも運命の人を探してはおりました。でも、半分以上は、そういうことはないだろう諦めておりました」

「私は、どうだ」

「瑠衣が運命の人かもしれない、と思い始めているところです」


「では、私を運命の人にしてほしい」

「はい。瑠衣は、あの雨宿りで出会った運命の人です」

「いいや。あの日、会わなくとも、我々はどこかで会っていたはず。我々が出会うために生まれてきたとしたら」


「きっとそうだ。この出会いのために、私のこれまでの日々があったのだろう」

「私の場合も、そう言える。会えて、うれしいぞ」


「瑠衣、私はこの国を出て、山を越え、はるか遠くの北西部、広大な黄土高原や山脈が広がる寒い地域に行きたいと思っています。そこに里芋栽培をしている貧村があると、静芝さまが言われていました。そこ私の両親がいるような気がします」

「行こうではないか。でも、そこが探している故郷でなかったら」


「その時は、未開地に畑を作り、里芋を育てて、生きていきたいと思います」

「やろうではないか」

「宮廷育ちのあなたに、できると思いますか」

「私は仙師の修行を耐えた女だぞ。あそこで習得した技を、そこで使ってみようではないか」

 恒簾が慣れない手つきで、瑠衣を抱きしめた。



               了


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