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第7話 お坊ちゃま騎士は狂戦士でした。

「あのあんちゃんは何者なんだ?」

 マギアが干し肉をかじりながら言った。

 ロッタローゼとマギアはロッタローゼの部屋の露台で月見をしている。

 ロッタローゼは今夜は静かに眠りたいと人払いをしてから、自室の露台にマギアを呼びつけたのだ。

「兄ちゃん? ああ、スヴェンの事?」

 ロッタローゼは満月の下で般若湯と洒落込む――ことはなく、マギアが何処からか持ってきた籠に盛った苺を抓んでいる。

 月が大きい時期は妖力が高まるので、ロッタローゼはこの光を浴びているだけでも力が戻ってくるような気がして月見は好きだった。

「何者って……この国じゃ騎士の家系として有名なグンターハル男爵の三男坊よ」

「騎士様か……」

 マギアは意味ありげに呟いている。

「何が気になるの?」

「いや、今日、ゴンドラがぶつかりそうになった時にあの兄ちゃんがゴンドラを止めただろう?」

「そうね。いい働きをしてたわ」

「いや、その時に、船尾から船首まで一気に飛んだんだよ。ありゃ獣人でもなかなか出来ることじゃない」

「一気に?」

 確かに船が揺れたのは一度だけ、多分スヴェンが船首に着地したときだろう。

「しかも騎乗用の軽装備とはいえ騎士装備そのままだ。あの兄ちゃん、見た目よりはるかにバケモノな気がするぞ」

「バケモノって、お前ねぇ……」

 マギアの物言いにロッタローゼは思わず口調が戻ってしまう。

 バケモノは自分たちもそうだ。元神狐と犬神。

「スヴェンに妖力のようなものを感じたことはないんだが……」

 いくら考えても人外である気配は感じられたことはない。

「そうなんだよなぁ。あの兄ちゃんに妖力があればあねさんも奴を食らって力を取り戻せるんだが……」

「やめとくれ、私は天狐様に精進の誓いを捧げてから人は食わないと決めてるんだ」

「そうなのか? 妖力は喰らって奪うのが一番だろうに」

「人なんか喰らわずとも、お前を食らうって手はあるねぇ」

 ロッタローゼがにやりと笑うと、マギアは顔色を悪くした。

「おっかないこと言わないでくれよ。俺は姐さんに妖力を貸してやったんだぜ」

「冗談よ。今のアタシの正体を知ってんのはアンタしかいないんだから、とりあえずは仲良くやりましょ」

 そう言ってロッタローゼは赤く熟れた苺を抓んで一口かじった。

 果肉の甘酸っぱさに、昔、山で食べた野苺を思い出す。

(子狐にはごちそうだったねぇ……)

 神狐になって、今、侯爵令嬢になって、食事にも寝るところにも苦労はなくなったが、ふっとこういう事を思い出す。

 ロッタローゼとして生きている今でも過去は失われていないのだ。

 薔薇しょうびとして長く経験してきたすべてが、ロッタローゼにも受け継がれている。

(いつか、薔薇に戻れるんだろうかねぇ……)

 ロッタローゼになったばかりの時ほど戻りたいと思うことは少なくなった。

 戻れないだろうというほんのりとした諦めと、この世界での目標があるというのもある。

「姐さんは元の世界に戻りたいのか?」

 まるで頭の中を覗かれていたかのようなマギアの質問に、ロッタローゼは苦笑した。

「戻りたくないと言ったら嘘になるね。アタシはアタシを殺した玉藻の前に一矢報いずに死ぬ気はないんだ」

 死ぬ寸前でもいい。もし願い叶って一瞬でも戻ることができたなら、必ずや玉藻に一撃浴びせてやりたい。

 敵わないかもしれない、それがとどめになるかもしれない。でも、すべての因果の元である玉藻を許す気はない。

「いいねぇ。そういう気の強いのは嫌いじゃないんだ。姐さんの世界も観てみたいしなぁ」

「その時はお前も引きずり込んでやるよ」

 マギアも酔狂な男だと思う。何か裏があるのかもしれないが、力のない元神狐に付いてくる意味なんかないだろうと思う。

 表向きは高位の貴族の家にくっついて立場を利用したいと言っていたが、マギアならそんなものは無くても上手くやれそうなものだが。

(裏があるのはお互い様か)

 ロッタローゼもマギアの妖力は魅力的だ。

 マギアは喰らって奪えばいいと言っていたが、実際に喰らわずとも力を奪う機会はありそうだ。

「腹が黒いのはお互い様ね」

 ロッタローゼは独り言のようにつぶやくと、頭上の月を眺めながらもう一つ部苺を口にしたのだった。



「あれ?」

 そろそろ月見もお開きにしようかと思った時、夜目の利くマギアが屋敷の陰に何かを見つけた。

「姐さん、あれって兄ちゃんじゃないか?」

「え?」

 そう言われて指差された方を見ると、確かに騎士服姿の青年がふらふらと歩いている。

 装備はつけていない。が、寝巻でもない。

(こんな時間に何をやっているんだ?)

 ロッタローゼとマギアは露台の手摺りの陰に身を隠しながら、その隙間からスヴェンの様子を見た。

「剣、持ってんな……」

 マギアがスヴェンの手に握られているものの正体を告げる。

 銀色の刀身が見えているので、むき身のまま持っているようだ。

「ヤバくないか? あれ」

 マギアの声が少し恐れを含んでいる。

 その気持ちはロッタローゼもわかる。

 目の前にいるスヴェンは良いところのお坊ちゃん騎士ではなかった。

 異様な殺気を漲らせ、手にした剣を引きずりながら、ふらりふらりと揺れている。

 一見、寝ぼけているようにも見えるが、異様な殺気を放っているのでそうではないとわかる。

「夜警に見つかると面倒ね」

「それは大丈夫だ。この屋敷の守りはスカスカだ。あたりを深い水路が囲っている所為か侵入者への警戒が無いんだ」

 マギアが月見の為に厨房へ行って干し肉と苺を手に入れた時も、警備のものが居る様子がなかったというのだ。

「なんなのそれ」

 スヴェンも問題だが、この屋敷も問題ではないか。

「田舎の男爵とは思っていたけれど……」

 この屋敷の主であるヴァッサ男爵は、良く言えば気のいい男で、悪く言えば隙だらけな人物だった。

 夕食の時にあれこれと話をされたが、聞いているとその気持ちは強まるばかりだった。

 ヴァッサ男爵はとにかく遠縁だという執事のヴェレに信頼を置いていて、この屋敷と言うかこの家を実質握っているのはヴェレではないかと思われた。

「この辺りの治安が悪くなるのは好ましくないわ」

 クヴェレの町は聖都への街道の途中にあるというだけでなく、大きな山に囲まれて沢山の水が流れ込んでいる治水の要でもある。

 この町が多くの水を湛えて量をコントロールしているために、水害や干ばつから周囲の町や村を守っているのだ。

 そんな場所が得体のしれない連中に占拠されるのは困る。

「姐さんっ!!」

「ッ!?」

 マギアの叫びにハッと我に返ると、目の前を銀色の閃光が横切った。

「スヴェンっ!?」

 目の前に立っているのはスヴェンだった。

 ロッタローゼがぼんやりとしていた一瞬に、こちらの存在に気が付き、庭から二階にある露台まで一気に飛び移ってきたようだ。

「スヴェンっ! 何をするのです!?」

 ロッタローゼはスヴェンの名を呼んでみたが、スヴェンの目には殺気しか見えない。

(くそっ!)

 ロッタローゼは心の中で毒づくと、スヴェンから距離を取るために後ろへと飛び退こうとするが、スヴェンの方が一息早くロッタローゼの腕をつかんだ。

「姐さんっ! なんとかこっちにっ!」

 マギアがロッタローゼを捕まえようと腕を伸ばすが、近づき過ぎるとマギアまでスヴェンに捉りそうで中々近寄れずにいる。

「このっ、お馬鹿ボンボンっ!!」

 腕を掴まれたまま藻掻いて暴れるが、スヴェンはびくともしない。

(このままじゃヤバいわね)

 つかまれた腕の骨がきしむ音が聞こえそうだ。

 人離れした怪力で、スヴェンは容赦なくロッタローゼを捕獲している。

「マギアっ! あんたの力を貸してっ!」

「え? か、貸してって! いったい……」

「こっちに来るんだよ! スヴェンに捉っちまっても必ず助けてやるから飛び込んで来なっ!!」

 ロッタローゼが苦痛に顔を歪めながら叫ぶと、マギアも腹を決めてロッタローゼを掴むスヴェンの腕に飛びついた。

「うおおっ! マジかよっ」

 スヴェンに持ち上げられて足が浮く衝撃にマギアが声を上げた。

 スヴェンは自分の腕にしがみついたマギアを振り払おうと、ロッタローゼを掴んだまま二人ごと自分の腕を振り上げる!

「マギアっ!」

 すぐそばにいるマギアの胸倉を掴むと力いっぱい引き寄せ、ロッタローゼはその顔に思いっきり唇を押し当てた。

「んむっ……ぷはぁっ!」

 ロッタローゼはまるで酒を一気飲みしたような声を上げると、顔を上げてスヴェンに向けて言った。

「その手を離せっ! 我を誰と心得る!」

 腕を掴まれたままのロッタローゼの髪が夜に染まるように黒くなる。

 華奢だった手足はすらりと伸び、夜着に包まれたその身体がグンと大きく膨らみをまとう。

「国津神が眷属、命婦みょうぶの神狐、薔薇と知っての狼藉か!」

 夜着の裾から見える稲穂のような狐尾は5本。

(7本全部とはいかないが、これでも人間の小僧相手ならば十分!)

「手を離せっ!」

 神狐薔薇の姿に戻ったロッタローゼが一言命じると、スヴェンに白い稲光が走る。

「ひッ!」

 スヴェンは思わず手を離したが、まだその目に宿るさっきは消えない。

「このバケモノめ!」

 スヴェンは足元に落ちていた剣を拾い上げて、隙なくロッタローゼに向かって構えた。

「お前に言われる筋合いはないわっ!」

 ロッタローゼは生身の手刀でスヴェンの鋼の剣を弾き飛ばした。

 ギャァン! と大きな音を立てて、剣が露台から下に落ちる。

(拙いなこれ以上音を立てると人が起きてくる)

 この屋敷がどんなにスカスカの警備でも、これだけ音が立てば使用人たちが起きてくるだろう。

「仕方ないっ……臨める兵よ、闘う者よ、皆陣列を組んで前へ進め……この地を閉じ祓い清めよ!」

 ロッタローゼの声と同時に柏手の音が響き、周囲の空間が閉じられすべての音が無くなった。

「荒ぶり荒れるその御霊を、我が命によって深く鎮めよ。救急如律令」

 ロッタローゼは祝詞を続け、もう一度大きく柏手を打った。

 パァンッ! と破裂の音が無音を薙ぎ切ると、スヴェンの目から殺気が消え、そのまま地面に崩れ落ちた。

『やった!』

 ロッタローゼに妖力を取られて黒い仔犬の姿になったマギアが、ぴょんぴょんと跳ねながら喜びの声を上げて言った。

『姐さん、こいつはいったい何者なんだ?』

「わかんない。普通の良家のお坊ちゃんだと思っていたんだけど……」

 分からないと言ってはみたが、腑に落ちるところもある。

 あの優男が優男のままで、騎士と言う位、まして、騎士団副団長などと言う立場に上がってこれるはずがなかったのだ。

 もっと裕福な国であったら金の力で地位を得ることもできたかもしれないが、戦火が燻る大陸に隣接したこの国では騎士は実力職である。

『大丈夫か? 姐さん?』

「大丈夫。でも、どうしたものか……」

 このまま目を覚まされても困る。

「とりあえず、アンタに妖力を返して、倒れてるところを見つけたってことで押し通すかね」

 倒れたままピクリとも動かない綺麗な顔の男を見て、ロッタローゼはため息をついて言った。



「気が付きましたか?」

 うっすらと目を開けたスヴェンにロッタローゼは優しく声をかけた。

「うっ……ロッタ、ローゼ……さまっ」

「そのままで」

 慌てて体を起こそうとするスヴェンをアレクシアが静かに制した。

「お嬢様が庭で倒れている貴方を見つけてくださったのです」

「あ……申し訳ありません……」

「大丈夫ですか? どこか具合の悪いところがあるのですか?」

 ロッタローゼは自分がぶちのめしたからであることには口を噤み、ひたすら心配して見せる。

 それ以外に道はない。

 屋敷の者は結局この騒ぎでも起きてこなかった。

 それをいいことにロッタローゼは露台から庭を見ていたらスヴェンが倒れていたとアレクシアを呼びに行った。

 アレクシアは先に部屋に戻っていたマギアに声をかけ、ロッタローゼについて三人で庭に降りたのだ。

「どこか打ったりはしてないか?」

 マギアもロッタローゼがぶっ飛ばしたことには言及せずスヴェンを心配するふりをして見せた。

「は、い……大丈夫です……」

「どうしてこんな夜中に庭に?」

「……すみません、私の記憶では自分の部屋で休もうと思ったところまでしか覚えていないのです。その後は……さっぱり……」

 何とか思い出そうとしているようだったが、スヴェンは自室で眠ろうとするところまでしか記憶にないようだ。

「ここでは体を冷やしてしまうわ。マギア、彼に手を貸してあげて。とりあえず部屋に行きましょう」

 尋問じみた質問を繰り返そうとするアレクシアを、ロッタローゼはそこまでだという風に制して立ち上がる。

 マギアもロッタローゼに言われた通りにスヴェンに肩を貸して立ち上がらせた。

「アレクシア、先に行って屋敷の様子を気を付けてくださる? あまり男爵にはお見せしたくないわ」

「畏まりました。お嬢様」

 アレクシアもロッタローゼの言葉に屋敷の方へと走っていった。

(さて、どうしたものかしら……)

 このまま部屋に運んで寝かせ、明日の朝には何もなかったように過ごすのが一番だと思うが、ロッタローゼには心に引っかかるものがあった。

(スヴェンのこの凶行もそうなのだけど、これだけの騒ぎに誰も起きてこない屋敷……)

 明日には次の町へと向かうために屋敷を出るが、ロッタローゼはそれで良いのかと迷うのであった。


―― 続

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