モヤの向こうに、光をさがして
研修最終日。
会社の会議室には、最後の確認資料と、アンケート用紙が置かれていた。
「では、これで新入社員研修を終了とします。おつかれさまでした」
ぱらぱらと拍手が起こる。
緊張と緩和、達成感と一抹の不安。それぞれが複雑な気持ちで立ち上がる中、社長が現れた。
「みなさん、まずはよく頑張りました。今日からは、皆さんが会社の一員として、自ら動き、考え、支えていく立場になります。若い皆さんの柔らかい視点が、きっと会社を前に進めてくれる。失敗を恐れず、思いきってやってください」
背筋が伸びた。
だけど、心はどこか宙ぶらりんのままだった。
「佐藤美羽さんは、総務部配属となります」
名前を呼ばれた瞬間、返事をしながら、胸の奥に小さな波紋が広がった。
(――私、これから何をするんだろう)
駅前のカフェ。
明るい日差しとにぎやかな通りの音が、ガラス越しに心地よく響いていた。
「はい、美羽にはカルボナーラね。私はデミオムライス」
美鈴はいつもどおり元気で、どこか頼もしさすら感じた。
「配属先、決まったね。…総務、いいじゃん」
「そうかな…」
「うん。ちゃんとしてる人が多いって聞くし、美羽っぽい」
美羽はフォークを手にしたまま、少し黙り込んだ。
「……なんかね、よくわかんなくて。これから“ちゃんと働く”ってことはわかってるんだけど、それって誰のためなんだろうって思っちゃって」
「うん?」
「売上を上げるため? 上司に褒められるため? 生活のため? …それとも、社会のため?」
言葉を選びながら、自分でも整理しきれていない気持ちを探る。
「きっと、全部なんだと思う。でも――自分の“やってる意味”が見つからないと、空っぽになっちゃいそうで」
パスタをひと口。味はちゃんとしているのに、どこか味がぼやけて感じる。
「私ね、学生の頃は“人のために役立つ仕事がしたい”って思ってたの。けど、現実って、もっと地味で、もっと曖昧で…」
「わかるかも」
美鈴はゆっくりうなずいた。
「私も、就職してお金を稼がなきゃって思ってたけど、実際働くって、なんか…どこまでが“人のため”で、どこまでが“自分のため”かわかんないよね」
「そう。…なんか、仕事って、すごく“誰かのため”って言いながら、自己満足みたいな感じもしない?」
「うん。でも、もし自己満足でも、誰かが助かってるなら、それって悪いことじゃないかもよ」
その言葉に、美羽は少しだけ笑った。
「たしかにね。……うん、なんか、ちょっと救われた」
コーヒーをひと口すすった美羽の視線は、窓の向こうの空へと伸びていた。
(私は、何を信じて進めばいいんだろう)
仕事とは何か。意味とは何か。
研修を終えた美羽の心には、答えのない問いが浮かんでいた。
小さな違和感や疑問は、やがて彼女を次の一歩へと導いていく。
それが正解かどうかではなく、自分で確かめていくことこそが、はじまりなのだ。