ボランティアの顔
イベント当日。駅のイベントスペースは、開始前からざわざわと賑わいを見せていた。
「今日はがんばるぞー!」
「はい、パネルの高さ、もうちょっと右!」
サークルのメンバーたちは、張り切って準備に取りかかっている。カラフルなポスター、活動中の写真、新聞のバックナンバーが壁にずらりと並び、目を引く。
美羽は誘導係を任され、案内用のネームプレートを胸に下げて立っていた。最初は少し緊張していたが、サークルのメンバーが声をかけてくれたおかげで、少しずつ笑顔が戻ってきた。
やがて、一人の老婦人が足を止めた。壁に貼られた写真に目を留め、じっと見つめている。
「こんにちは。こちら、私たち“太陽の会”の活動なんです」
白石がすかさず声をかけ、ふんわりとした笑顔で近づいた。
「これねぇ、地域のお掃除をしているところなの。若い人が少ない中、私たち、頑張ってるんですよぉ」
(“やってあげてる感”全開だな…)
美羽は少し距離をとりながら様子を見ていた。白石の説明はどこか芝居がかっていて、妙に恩着せがましい。それでも老婦人は熱心に話を聞き、何度も頷いていた。
「あなたたち、偉いわねぇ。私も昔、町内会で活動していたのよ」
「まぁ〜!すてきですね! ぜひまた、ご一緒に!」
(なんだか“人のためにやってる”っていうより、“すごいでしょ?”っていう空気…)
美羽の胸には、また少し、モヤモヤが芽生えていた。
「駅前って、やっぱり人通りが多いわね〜。たくさんの人に見てもらえるなんて、やりがいあるわ〜」
展示の前で手を広げながらそう話すのは、ベテランメンバーの佐野さん。小綺麗な格好に、名札の位置もきっちり揃っていて、どこか“見られてる”意識が強い。
「ねえねえ、これも貼っていい? 私が写ってるやつ!」
「もちろん!佐野さん、すごくいい笑顔だもん!」と白石がすかさず同調する。
その横では、別のメンバー・小林さんが、子ども連れの親子に話しかけていた。
「うちのサークル、本当にアットホームなんですよ〜。地域に貢献したい人、どんどん入ってほしいのよね」
「私たち、毎月ゴミ拾いとかしてて、大変だけど、終わった後の“達成感”がね? ほんと、いいんです!」
(“達成感”…それって、自分のためじゃ?)
美羽は、ぼんやりとその様子を見ながら考えていた。
(なんだろう、みんながしてることは立派だし、悪いことなんかじゃないのに……どうしてこんなに“いいことしてます!”って声が大きく感じるんだろう)
そのとき、ひとりの男性が通りかかり、足を止めた。
「へえ、ボランティア? えらいねぇ。若い人もいるんだ」
すると、佐野さんが得意げに言った。
「でしょ? 若い子も育てていかないとって思ってて。この子も、最近入ったばかりなのよ」
と、隣にいた美羽を軽くポンとたたく。
「えっ、あ、はい……」
突然紹介されて戸惑う美羽。男性は笑顔でうなずきながらも、興味はすぐ別のブースに移っていった。
(育てていく…? 私、育てられてるのかな…)
誰も悪気があるわけじゃない。みんな一生懸命なのもわかる。でも、その“いいことしてるでしょ感”が、どこかで誰かを押しのけているように思えてしまう。
美羽の胸に、またひとつ、違和感という名の小さな石が積まれていくのだった。
駅のイベントスペースで交差する「してあげてる感」。誰かのための行動が、いつの間にか自分の誇示になっていないか――美羽の静かな視線が、それを丁寧にすくい取っている。小さな違和感は、確かな問いの始まりでもある。