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第一幕 ⑤

 パーティーは一時間ほどでお開きとなり、招かれた客はそれぞれ馬車で帰っていった。

グレンはグリバス監視の任務のため、転移魔法で魔王城を去り、魔王(ダーク・ロード)・ヴォルディスは、魔王城の守りを長女のグレイスに委ね、アリサを伴って馬車に乗り込んだ。


「儂は今回、転移魔法は使えぬ。相談の席で堂々と首を横に振った手前、自身が裏でコソコソと動き回っていることを知られたくはない」


 アリサの向かい側に腰を下ろして、魔王は言った。

 転移魔法は長距離を一瞬のうちに移動できる便利なものだが、消費する体力が多いうえ、追跡魔法を掛けられると、どこへ転移したのかが一目瞭然になってしまうデメリットがある。

 故に転移魔法とは、純粋な移動手段であって、裏工作や逃亡などといった、隠密な行動には不向きなのである。


「大丈夫です、お父様。道中はわたしとフレイでお守りします」


 馬車の窓の外――並走する一頭の馬に跨るフレイを見遣って、アリサが言った。


「まったく、儂も随分と老いたものだ。護衛を娘に頼るしかないとは」


 魔王は天井スレスレの頭を、ため息と共に垂れた。


「お父様に対する魔族の不満が高まっている今、どこで誰が牙を剥くかわかりません。このようなときの護衛は、本当に信頼できる身近な者が最適だと、わたしはお父様に教わりました。それを実践しているのです」


 アリサはジャケットの内側を捲って見せた。そこには真新しいショルダーホルスターがあり、回転式拳銃(リボルバー)が収められていた。


『今のお父様は、体力が衰えておいでです。転移魔法を行きと帰りで二度使えば、その日はもう休まなければ戦えないでしょう。ですが、反乱の影がチラつく現状、魔界を転移魔法で飛び回るのは危険と言えます。護衛を伴う馬車での移動のほうが、万が一はお父様もその力を振るうことができますし、まだ安心できるかと思います。仮に何者かが奇襲を企んでいたとしても、馬車には体力を残した魔王(ダーク・ロード)がいるとなれば、それだけで抑止力になりますので』


 というのが、アリサの意見だった。

 転移魔法が使えるのは、魔王の一族ではヴォルディス、グレン、グレイスの三名。

 アリサは身体が強い反面、魔法がほとんど使えない。

 なので、魔王が目指すベルリオーズの領地へは、馬車で三日掛けて行くこととなる。


「済まぬ、アリサ。フレイにも、あとで褒美を弾んでやらねば」


 アリサは、最も信頼を置く侍従のフレイを同行させたのは正解だと思った。

 ダークエルフは通常のエルフよりも視力や聴覚に優れ、先に敵を見つけ、先に攻撃し、先に撃破する戦法が取れるのである。


「わたしとしては、こうしてお父様のお役に立てて光栄です。もう十八ですし、立派な大人であると、認めてもらえたような気がしています」


 アリサは嬉しげに微笑んだ。

 魔界も人間界も、成人の線引きは同じ十六歳。つまり法的には、アリサは既に大人である。


「お前は酒にも強いし、将来は兄を支える器になってくれることを、儂は期待しておる」


 部下の手前、普段は厳格な態度の魔王(ダーク・ロード)。だがこの馬車の中では、アリサの一父親として、朗らかな笑顔を見せていた。


「乗馬だって得意なんですよ? 陸軍にいたときに練習したので」

「お前は昔から兄に似て、運動神経が良かったからな」


 アリサは魔王にそう言われたことで、自分が社会勉強の旅に()、魔王城を離れていた時期のことを思い起こす。

 十歳の一年間、アリサはまず魔界の地を巡り、各種族の特徴や統治状況を見て学んだ。


 十一から十六までの五年間は、魔族とつながりの深い政治家を経由して人間界に留学。

 そこから実力で名門学校を卒業。十六歳からは陸軍に入隊。

 このとき魔王は反対したが、学問の知識を既に手に入れていたアリサは、次のステップとして戦う強さを求めていた。


 反対を押し切る形で、軍で過ごしたおよそ二年の間に、アリサは乗馬、射撃、格闘など、戦闘面で役立つ技と知識を身に着け、十八歳で魔界へと戻り、今に至る。


 アリサの神髄は頭脳だけでなく、その身体能力でも発揮された。

 徒手格闘では、屈強な人間の男たちを瞬く間になぎ倒し、長距離走、短距離走でも全軍の中でトップとなり、射撃やナイフの扱いでもベスト一〇に入るほどの腕前であったからだ。


 そうした成績もあって、アリサは入隊二年目にして大尉に昇格。歴代最速の出世記録を打ち立てた。政治家のコネクションも効いての入隊であったが、あくまで公平な評価を望んだアリサにとって、このスピード出世は大きな達成感と自信をもたらすこととなった。


 だが、アリサが人間界に長居した理由は、魔界へ情報を持ち帰るためである。

 魔王がアリサの陸軍への入隊を許したのも、アリサが人間界の深部の情報を入手するという約束があったからだ。


「お父様がわたしを信頼して、いろいろさせてくれたおかげで、自分を磨くことができました」


 揃えた膝の上に両手を重ね、アリサは満面の笑みを見せる。

 コーデュロイパンツ越しに伝わる腿の温もりが、彼女の手を温めた。

 アリサが普段ドレスを着たがらず、部下たちと同じスーツや男物の衣服を好むのは、陸軍で鍛えた身体を隠す意味合いがある。

 アリサの今の装いも、ニットに首巻、ハンティングジャケット、足にはブーツという、狩りに出かける男がするような格好だった。


「三兄弟の仲で、一番物覚えがよいのはアリサ、お前なのだ。儂の第二の妻――アリアに似たのであろう。儂はな、そこに大きな期待をしておった。だから、お前の望みの大半を叶えてやったのだ」


 アリサの母親の名を、魔王は口にした。

 魔王には二人の妻がいた。一人目は魔族。それも、ゴルゴンと呼ばれる巨体の魔女で、戦争中に亡くなった。


 二人目の妻は、戦後に魔王が魔界で偶然見つけて匿った人間の女性。その女性の名をアリアと言った。アリアは魔界と人間界の戦火に呑まれ、下劣な魔族の領主によって家族を皆殺しにされ、奴隷として魔界へ拉致されていたのだ。


「……アリサ。儂が平和を望むようになったのはな、勇者に破れたからではない。お前の母親がいてくれたからなのだ。それまでの儂はグレンと同じ、戦いで敵を滅ぼすことだけが正しいと考えておった。勇者への復讐を企てておったのだ」


 アリサは笑みを収め、父親の老いた顔を見上げる。


「アリアは、心優しい女性でな。戦いだらけの儂に、安らぎをくれた初めての相手だった。その戦いの種には、儂も深く関与していたにもかかわらず、アリアは儂を許した。……儂は彼女の愛のおかげで、世界には力よりも大切なものがあると気付くことができた。今の儂には、魔界を統べる王として、その大切なものが魔界にも広まるよう努める義務がある」

「大切なものとは、なんですか?」

「受け入れ、耐え忍ぶことだ」

「魔族がやるべきことは、戦いではないのですね?」


 父親は頷いた。


「我ら魔族は、些か我慢が苦手だ。身体が頑丈であったり、力や魔力が強かったりと、人間界の生き物よりも秀でた部分が目立つ故、すぐそれに頼って、自分の思い通りにしようとする。だから衝突が起こる」


 アリサは少しだけ、胸が楽になった気がした。自分がいつも姉に対してやっている忍耐は、父親も望む正しいことなのだ。


「グレンには既に話してあったが、お前にも打ち明けておいた。わかっているとは思うが、ここで聞いたこと、部下には絶対に言うな?」


 魔王は落ちくぼんだ眼孔から、深紅に光る眼差しをアリサに向ける。


「心得ております、お父様」


 アリサは頭を垂れた。

 魔界の総意は、今日の相談会でも明らかだ。魔王と面会に訪れたどの者も、人間界への反撃か、人間界を度外視した自分のビジネス展開しか考えていない。そんな、許容と忍耐を知らぬ者たちを束ねるのに、〝世界には力よりも大切なものがある〟などとは言えない。

 しかしながら魔王は、血で血を洗うような真似はしたくない、とも言っていた。


「いいか? これから儂がやるべきは、波風を立てることなく、穏便に事を平和へと導くこと。これは今だからこそいえるが、戦いで城を一つ攻め落とすより、ずっと困難なことだ」


 戦いを望む配下たちを、正反対の意見で治めなければならない。つまり、反発は免れない。


「お前もそれを心得ておいてくれ。だからこそ儂は、かつて儂の右腕を務めた者に、これから会いに行くのだ。というのは、儂に万が一のことが――」


 そこまで言いかけて、魔王は躊躇うように口を(つぐ)んだ。

 アリサには、わかっていた。


「万が一のことがあれば、ベルリオーズ(きょう)の助言の(もと)、グレン兄様と、グレイス姉様と、わたしの三人で力を合わせ、この魔界を守ります!」


 凛とした眼差しで言うアリサに、魔王はしかし、険しい顔のまま。

 アリサの脳裏を過るのは、己の強さを磨くことにしか興味の無かった兄と、自分の美にしか興味がなく、嫉妬心からいじめをしてくる姉の姿。


「アリサ。そのような状況になったとしても、魔人化(まじんか)は安易にするな? お前はあくまで、兄と姉を支える立場だ。それ以上のことは、決してしなくてよい」


 アリサは目だけで魔王を見上げた。

【魔人化】とは、アリサのように、魔族と人間の間に生まれた者が稀に発現する力で、体内に流れる血中の細胞を一時的に活性化させ、人間の限界を遥かに上回る身体能力を発揮すること。

正確には、意図的に引き起こされる変異現象で、魔人化はその俗称にあたる。


 この血中細胞とは、人間と魔族の遺伝子が混ざり合うことでのみ生成される変異細胞で、普段は身体に何の影響も及ぼさないが、特定の発動条件に反応することで活性化。文字通りの変異を全身に引き起こす。


 アリサの身体はその際、|人間のものではなくなる(・・・・・・・・・・・)。身体能力だけでなく、角や牙が生えるといった、見た目も魔族の特徴を有する状態へ豹変するのだ。


「――兄様と姉様を支えるために必要なら、わたしは魔人化も躊躇いません」


 と、アリサは返す。


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