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プロテインなど所詮はサプリだ!?

やせたいやせたい、やせられない

やせたいやせたい、でも食べたい

勉強しても走っても何なら寝ててもお腹すく、ずっとお菓子のことばっか、考えてる

「イチ!」

「「「「「「「イーーチ!!!!」」」」」」」


「ニ!」

「「「「「「「ニーーィ!!!!」」」」」」」


「サン!」

「「「「「「「サーーン!!!!」」」」」」」


毎日校内に響き渡る雄々しく猛々しい掛け声。統制の取れた軍隊か、そうでなければ名だたる超強豪運動部のようだった。

というか私は今まで、普通にそういう強豪部があるのだと思っていた。


しかし恐らく違う。

なぜならそれは「家庭科室から」聞こえてくるのだから。


おそるおそる、わずかな扉の隙間から中を覗こうと近づく。


「痩せたいか!」

「ヒイッ!?!?」


物凄くよく響く極太デカめのド低音に突然背後ゼロ距離で声を掛けられ、驚きで振り返った…が、勢いよろけて思い切り尻餅をついてしまった。


ドベチーーーーーン!!


巨大な霜降り肉を地べたに思いっ切り叩きつけたみたいな音が廊下中に響く。

みたいというか、実際その通りか。痛い。あ、死にたい。


「……!?

君、大丈夫か?」


逆光で声の主の顔は見えない。

何なら私が転んだ風圧で舞った埃のほうがよく見えた。暴力的な西日が反射して、買ってみたけど恥ずかしくて付けられなかったアイシャドウみたいに、きらきら、きらきら。


しかしそれでも何か強烈に惹かれて、見上げたそこには


とにかくデカい「漢」がいた。


シルエットだけでハッキリと分かる、まるで熟練の職人がカットした美しい宝石のような完璧な筋肉。


それでいて野生の大型動物のような、圧倒的なオーラとしなやかさ。


そこにいたのは、産まれて初めて見た立派な「漢」だった!!!!




「驚かせたか?すまない。見学かと思ったのだが……


……君、マトモに食ってないな。

1週……いや、10日ほどか?」


ぎくり、とした。

どうしてバレたんだろう。こんな一瞬で、しかも日数まで正確に。


私こんなに……太ってるのに。



「私は手練帝院プロテイン 熱盛あつもり。この高校の教師だ。早速で悪いが、とりあえずついてきて欲しい。歩けるか?」


「ぁ……は、はい」


勢いに呑まれて付いていくと、その人は案の定家庭科室に入っていった。


ん?……こんな先生、いたっけ?一度見たら忘れそうにないのに。



「先ずはこれを、食べてくれないか?話はそれからだ。」

目の前に出されたのは、私の片方の手のひらほどの肉、それと梅干しを入れたほうじ茶だった。


じゅわ。

反射的に涎が溢れるのを、唇の両端に力を入れて堰き止める。

同時にアタマが勝手にカロリー計算を始めた。

食べたら太る。

一口で何キロカロリー?

ジョギングで消費できるカロリーは?


(アンタこんなに食べるの?)

(自分でやばいって思わないのかな)

(アンタの価値、今がピークだよ)

(ちょっと怖いくらい食べるよね)

(食べるのだけは上手だね)

(えっアイツ恋愛とかすんの?デブスなのに!)

(女子は可愛くないと価値がないから)

(てかなんか臭くね?デブ臭)

(アンタまだ食べるの?)

(クスクスクス)

(ここからどんどんオバサンになって、価値が目減りするだけなのに)

(やべー!今スゲェデブいた見て見て見て!)

(そんなに食べてまた太るよ)

(クスクス、クスクスクス)


頭の中で声がリフレインしだす。

ああもううるさいうるさい!わかってる、わかってるから!!あああああ


「大丈夫。君は大丈夫だ。」


先生の声が割り込む。

リフレインが、止んだ。


「見ての通り、鶏むね肉。主要な成分はタンパク質だ。


タンパク質を摂取すると、君にどんなメリットがあるのか。

それは、簡単に、乱暴に言ってしまえば


()()()()()()()()()()()()を作れる」ということだ。


ちなみに、


「美髪」!「美肌!」「美爪」!


これらを目指すにも、タンパク質は必須だ。

タンパク質は様々な細胞の材料だからな。」


そうなのか。


「皮を除いた鶏むね肉は100㌘あたり121キロカロリー。高タンパク低脂質低カロリー、尚且つ安く、手に入れやすい食材の一つだ。

この鶏むね肉は約80㌘。これで、約18㌘のタンパク質を摂取できる。これが具体的にどのくらいかと言うと、15歳から17歳の女性、つまり君の体が必要とする、1食分のタンパク質だ。勿論1日三食食べる前提で、だ。(ここまで一息)」


急にY◯uTubeの1.5倍速みたいになった手練帝院(プロテイン)先生に、少し驚く。


でも、確実に理解(わか)ったことがある。

この人は本当にダイエットが好きで、ダイエットを極めているんだ。


「もちろんタンパク質はプロテインで摂取することもできる。

が、しかし、プロテインなど所詮はサプリだ!

サポートとして有効性は認めるが、タンパク質に限らず栄養素は食べ物から摂取した方が摂取効率が良い。


君の場合恐らく胃の働きも弱っているだろう。消化を助ける梅湯と一緒に、少しずつ、食べられる分だけでいい。」



「いただきます。」


覚悟を決める。

肉を慎重に慎重に、できる限り小さく薄く切って口に入れた。


美味しい。


美味しい!


火入れは充分かつ最小限。鶏むね肉本来の水分を最大限に含んだそれは、ブリン!ブリン!とダイナミックでドラマティックに歯の上で弾けてワイルドな旨味が止まらない。

命だ、鶏の命を食べているんだ。

旨すぎる!塩コショウだけで……。


本当はもう手掴みで齧りつきたいくらいなのに、我慢して、薄切りにして、味がしなくなるまで、かみ続ける。


リフレインはない。

あるのは先生の声と、私が無言で咀嚼する音、直ぐ側のむさ苦しすぎる掛け声だけ。


「ご馳走さまでした。」


「……ちゃんと食べられて偉かったな、がんばったな。」


断食してた分やこれまで辛かった分まで、心底労ってくれているのがわかる、先生の声。安心した。


でも。


私は真っ白になって、硬直した。


食べてしまった。

あんなに我慢したのに。

食べちゃった食べちゃった食べちゃった!

私このあと何キロ走ればいいの?何十キロ?だって食べなくても痩せなかったじゃん!

どうせこの人は学校の先生だから、「体型なんて関係ない」とか「学生の本分を全うしろ」とか「痩せようなんて考えるな」とかそういう、私のことなんか何にも考えてない、何の利益にもならない綺麗事言うんだ。



「大・丈・夫だ!!」


ハッとする。


「俺が。この、手練帝院(プロテイン) 熱盛(あつもり)が、このダイエット道研究部、通称痩せ部で必ず君を痩せさせてやる。


だから、頼む。ゆっくりでいい。その無謀な断食をやめてくれ。」


この人の「大丈夫」はパワフル過ぎる。

不安と安心が乱高下して、感情がぐしゃぐしゃになる。


産まれてからこれまで出たことがないくらい特大の涙の粒が、堪える間もなくぼろんと転がり落ちてセーラーの赤いスカーフに特大の染みを作った。一度泣いたらもう駄目で、途切れ途切れの言葉と一緒に私はもう全部が決壊してしまったみたいだった。


「最近ご飯、具のない味噌汁だけで、

毎晩走って、勉強もしなきゃいけなくて、だってデブスのバカってもうどうしょうもないから、

でもすぐくたくたになっちゃうし、

てゆうか一日ずっとくたくただし、

なのに夜中起きちゃうし眠れないし、

ご飯の事しか考えられないし、

クラスの子のお菓子、目で追っちゃうし、

それも馬鹿にされて、

自分でも気持ち悪いなって思うし、

でもそのお菓子食べてる子ですら、私の半分以下くらい痩せてて、

太ももが、私の二の腕よりも細くって、

なんで、なんで私だけって、

こんなに辛いのに体重も全然減らなくて、

結果が出ないってことは私、……頑張れてないってことだし、

私の頑張りが足りないのが悪いんだって、

チューブ買って、

その、お、嘔吐とかも、

試したのに、全然何にも吐けなくて、

私、根性なくて、

何も我慢できなくて、頑張れなくて、


だめ、なんです」



先生はただそこにいて、「そうか」と相槌を打ってくれて、私は何だか久しぶりに、まともに人間の声を聞いた気がした。安心して、ずっと張り詰めていた体の芯が緩むような感覚がした。


自分のはおろか、先生が気を遣って出してくれたデカい箱ティッシュ二箱さえ使い切るほど泣いて泣いて泣きすぎて、何もかもがグッチャグチャのベットベトになった私は、カッスカスになった声を精一杯張り上げて


「私、一年A組の 岡割(おかわり) わん子と申します。

私をダイエット道研究部に入部させてください!!」


と言った。



岡割(おかわり) わん子君。

君を歓迎しよう」


手練帝院(プロテイン)先生が微笑む。


「はい!ありがとうございます!!」


「では早速…オカワリ。返事は押忍、だ。力強く、な。


オカワリ!!返事は!!」


「押忍!!!!!」


「よろしい!」


先生は満足そうに笑った。

葉も枝も真っ赤に灼いている西陽と同じくらいに眩しくてパーフェクトなビッグ・スマイルだった。


部屋中にぎらつくオレンジの光と、茹だるような暑さの中、私は「痩せ部」への入部を決めたのでした。


******


(リフレイン、しなくなったな)

勿論ゼロではない。だが、あの何もかも全部がでかくてパワフルな先生の「大丈夫」を思い出すと、不思議と落ち着いた。

その日は久しぶりに朝目覚まし時計が鳴るまで目が覚めなかった。



第一話 完!!

第二話へ続く!!

プロテインあつもりって何だよ

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