第七話 新たな絆
夜の帳が降り、外気は寒々としている。族長のテント、その煙突からモクモクと煙が立ち込め、冷たい夜気を中和していた。
テント内では数人の仲間がストーブを囲っていた。その中に、ユミヨとロコモンが交じっている。
「我らルパイヤ族は、固有の領土を持たない。故に、帝国にも共和連合にも属しておらんのだ」
族長の老女が立ち上がって熱弁をふるう。それを聞きつつ、ロコモンが自身の器をユミヨに差し出す。
「ちょっと、ロコモンさん。それ何杯目? 私たち、外様の人間なんだから遠慮しなきゃ……」
配膳係のユミヨがやんわりと諭す。
「外様もへったくれもないっ! ここで働き住まうものは、皆家族だ」
いつの間にか目前に族長がいた。彼女はユミヨが持つお玉をひったくり、ロコモンの器になみなみとスープをよそう。
「たんと食べて、その分働く。家畜の肉を捌いたあんたにはその権利があるのさ」
「ここは人も食い物も最高だ。ルパイヤ族万歳!」
酔っ払ったロコモンが族長と肩を組む。背格好がよく似た二人。民族の垣根を超えて意気投合したようだ。
「ユミヨ。そろそろいいよ」
テントの出口からサネが手招きする。ユミヨはフラフラとそこに向かう。
「私の家に泊めたげるから、荷物を持ってついてきて」
ユミヨが不安げに周囲を見回すと、アイコンタクトをとった族長が右手を上げる。目礼したユミヨは、ショルダーバックを持ってサネの後に続く。
前を歩くサネに、ユミヨが話しかける。
「サネさん。帰ったら、少しインタビューさせてくれる? ここでの生活を聞かせてほしいの」
「仕事熱心だなぁ。君が起きていたら受けてやるよ」
微笑を浮かべるサネに対し、ユミヨが重そうな瞼を指で押さえた。
翌朝。ユミヨが檻の入口を開けると、勢いよく馬羊たちが飛び出していく。檻の出口付近に待機したサネは、家畜が渋滞しないように時間差で通せんぼする。
家畜たちが牧草地に散らばると、二人は揃って肩をなでおろす。
「助かるよ。若者が都会に行ってしまって、人手が足りないからねぇ」
「私は記者の研修に来たのに。これでいいのかしら?」
ユミヨが押しとどめていた質問を吐き出す。
すると、サネが丘の上を指さした。
「答えてくれる人が来ているみたいね。大遅刻だけど」
丘の上には、遠方からでもわかる貴族めいたシルエットが仁王立ちしている。
「行ってくるわ。ひょっとすると、これでお別れかも。お土産のチーズありがとう」
ユミヨの言葉に反応したサネが、自身の胸の前で腕を交差する。呼応したユミヨが、同じく腕をクロスした。
「ルパイヤ族の挨拶でしょう。覚えておくわ」
握った両こぶしを突き合わせたユミヨが破顔する。
「家族はいつでも大歓迎。次は、私の単独取材に来なさい」
サネが満足げに腕を下ろす。丘の上ではモズフルが、待ちくたびれたように腰に手を当てていた。
「遅いよ。もっとシャキシャキ動いてくれないと」
モズルフがわざとらしい動作で腕時計に指を当てる。
「お言葉ですが、待ち合わせは昨日……」
怒りを覚えたユミヨの台詞を、モズルフが手のひらで遮る。
「ルパイヤ族の奥方と意気投合してね。外泊してしまった訳だ、許してくれたまえ」
呆れかえったユミヨが天を仰ぐ。
(奥方って、まさかゲス不倫じゃあないでしょうね……)
モズルフがオーバーリアクションで遠方を指さす。その先には、馬車を引く一行の姿があった。
「勇者たちが移動を始めた。我々もその後を追う」
「じゃあせめて族長に挨拶を……」
ユミヨが丘下に目を落とすと、そこには族長とその付き人の姿があった。彼らが胸の前で腕をクロスすると、ユミヨもそれに倣う。
「ルパイヤ族から、年代物の馬車を借りてきました。こいつで行きやしょう」
赤ら顔のロコモンが、馬車馬に跨っていた。
「ロコモンさん。それって酒気帯び運転じゃないの?」
「酒気帯び運転? それは言い得て妙。ユニークな表現だな」
モズルフが軽妙に受け返すと、三つの笑顔が同時に弾けた。