第六話 独占インタビュー
テント内に座り込んだユミヨは、専用の壺に入った馬乳酒を木のヘラでかき混ぜていた。
「サネさん。あの動物は何て名前なの?」
「バヨウよ。毛も高く売れるし、この集落の生活を支えている」
見たところ二十代後半のサネは、長身で痩せぎす。だが、体の芯にはえも知れぬ膂力を感じさせる。短髪の黒髪は刈り上げに近く、ボーイッシュ全開だ。
そのサネが大きな盃をユミヨに手渡す。
「飲みなさい。精が出る」
作業の手を止めたユミヨが盃を覗き込む。乳白色の液体がなみなみと注がれていた。
「これは酸っぱい。結構酸味効いてるね」
盃に口を付けたユミヨが顔を歪める。
「しっかり発酵された醸造酒は、栄養豊富。野菜を食べない私らの生命線なのよ」
馬乳酒を一気飲みしたサネが誇らしげに語る。すると、テントの扉が開く音がした。
身を屈めて入って来たのは勇者レカーディオだった。驚くユミヨを一瞥した彼は、サネに視線を移す。
「あんたはこっちに座りなさい。その壺を混ぜるのよ」
手厳しいサネの言葉を受け、レカーディオが動き出す。その動きがややぎこちない。襟付きシャツが隠しているが、傷は完治していないようだ。
レカーディオはベッドの様な長椅子に座ると、壺の中身を攪拌し始める。その様はやや投げやりに見える。
「だらけてないで、チャッチャとやりなさい! 無駄飯食わせる気はないよ」
レカーディオを叱りつつ、サネがテントを出ていく。
「はじめまして。ユミヨといいます」
ここぞとばかりに、ユミヨが彼に詰め寄る。その手にはペンと手帳が握られている。
「誰だよあんた。新聞記者の仲間か?」
「その卵です。カチ割らないで下さいね」
訝しむレカーディオに対し、ユミヨが冗談めかす。
面と向かって見ると、彼は幼さの残る青年だった。中性的な童顔が頼りなげに見える。癖の強い黒髪をソフトモヒカン風にまとめている。白い地肌と碧眼はハルヴァード人の証だった。
「まあまあ、駆けつけ一杯」
ユミヨが先ほどの盃に、出来立ての馬乳酒を注ぐ。すると、彼の険のある表情が幾分和らぐ。
「ふん! 自分が作るものの味ぐらい、知っておくか」
受け取ったレカーディオが盃を傾けると、予想通りの渋面になる。
「早速質問。この集落に来たきっかけは?」
「魔物との戦いで傷を負ったから、治療のために世話になっている。それだけだ」
レカーディオはいたって不機嫌な様子だ。
「タダ飯食らう訳にはいかないから、ここの仕事を手伝えだとさ。それが勇者に対する態度かよ」
呆れ交じりに言い殴ると、壺の中を雑に攪拌する。
「では肝心要。故郷のお父様を説得できる自信はありますか?」
ユミヨの質問を受け、レカーディオの動きがピタリと止まる。
「父上は優しさと厳しさを兼ね備えた賢人だった。魔に堕ちたとて、俺ごときの意見は聞き入れないだろう」
返答を濁したレカーディオが意気消沈する。
「だが、共和連合はお前をご指名だ。行くしかなかろう」
勇者の背後から、黒人戦士のヴァグロンが姿を現す。腰に佩いた長剣が存在感を放つ。袖なしのプレートを装備しており、隆々とした上腕二頭筋には入れ墨を入れている。
(彼は、名うての傭兵戦士ヴァグロン。リアルで見ると凄い体ね……)
齢三十がらみの彼は、彫りが深い中々のイケメンだった。オールバックにした黒髪を後ろで束ね、浅いM字の前髪が凛とした印象を醸す。
「それにしても、何で俺がこんなことを……」
「お前には社会経験がない。いい機会だから、ここで少し働いておけ」
図星を指された若年の二人が畏まる。とばっちりを被弾したユミヨが苦笑を浮かべる。
馬乳酒を飲み干したヴァグロンが、唐突にユミヨに話しかける。
「記者のユミヨさん。ちょっと外で話せるかい?」
無言で頷いたユミヨが、彼の後を付いていく。レカーディオが寂し気な様子でそれを見送った。
盆地の縁、その小高い丘から二人は集落を見下ろしていた。剛健なヴァグロンと並ぶと、小柄なユミヨがことさら華奢に見える。
(彼の性格は実直そのもの……だったはず。ぶっきらぼうな態度が玉に瑕だけど)
萎縮気味のユミヨが、おずおすとヴァグロンを見上げる。
「あいつ、ドでかい蛇に噛まれたんだ。毒無しの奴で助かったぜ。九死に一生ってやつだ」
ヴァグロンの細長い眉目に優しさがよぎる。本人にはあえて厳しく接していたようだ。
「でもちょっと幻滅しました。あんなやる気なさげだなんて……」
ユミヨがそう思うのも無理はない。ゲーム内での彼は主役で、内面描写が乏しかったからだ。
「故郷を魔物に蹂躙された上に、父親がその頭領になるなんざたまったものじゃない。同情の余地はあるさ」
そう言いつつ、ヴァグロンは鼻を鳴らす。
(確かレカーディオは側室の子で、母とは死別しているはず。彼も孤独と向き合っているのね……)
ユミヨが悲し気に目を細める。
「勇者は戦いのセンスを持て余している。訓練を重ねて、ハルヴァードに向かって下さい」
ユミヨが真剣な眼差しで見つめるが、ヴァグロンは鼻で笑う。
(私も最終局面には同行したい。けれど、ここで切り出すにはあまりにも……)
「姉ちゃん、知ったかぶりはほどほどにしときな。あいつのお守りを頼んだぜ」
言い置いたヴァグロンが、片手を上げて立ち去って行く。
「そう言われても、私も今日で……」
と言いつつ、遥か前方に連なる山脈を仰ぎ見る。その稜線には太陽の一部が隠れていた。
(あれ? そう言えば約束の時間……)
辺りを見回すが、チョビ髭の姿は見当たらない。その代わり、草原中に散らばっていた家畜たちが群がっていた。
「不思議でしょう? あいつら、夕方になると自然と集まってくる」
サネが横合いから声を投げる。エプロンめいた衣装が泥にまみれていた。
「夜中には魔物が出るから、檻の中が安全ってわかっているのよ。あんたも泊っていきなさい」
サネが強引にユミヨの腕を引く。
「分かりました。夜の仕事も手伝うわ」
引っ張られつつ集落を見やると、族長のテント前でドワーフのロコモンが大きく両手を振っていた。