第五話 勇者たち
土下座するモズルフを見下ろすレカーディオの目は、死んだ魚の様に生気がない。
立ち上がったモズルフがそそくさとレカーディオへすり寄り、両手で菓子折りを差し出す。
「この度の不始末、何卒ご容赦下さいませ。こちらはタガヤシ村の名物アカイモ饅頭です。ご賞味下さい」
片眉を上げた勇者の右手が菓子折りに伸びる。だが、その手がピシャリと杖で叩かれる。
「あいたっ!」
「殿下! こんな菓子折り一つで篭絡されるとは、情けない」
杖の持ち主は老齢の紳士だった。太い白眉と、知的な鳶色の瞳が印象的だ。
(魔術師ヨタナン。ってことは、彼も勇者本人で間違いないわね)
勇者パーティの正体に気が付いたユミヨは興奮冷めやらぬ様子だ。
「密着取材も結構だが、足を引っ張ってもらっては困る。あの記者が魔物を引き連れてこなければ、王子が負傷する事もなかったのだからな」
「無論です。王子殿下には、私共の記者を救って下さり、誠に感謝しています」
モズルフが平身低頭で媚びへつらう。
「俺の事を王子と呼ぶな!」
突然レカーディオが癇癪を起す。身をよじって立ち上がると、ヨタナンに詰め寄った。
「出て行ってくれ。一人になりたいんだ……」
菓子折りを受け取ったヨタナンは、その一つを頬張りつつ頷いた。
外に出たユミヨは、水場で顔を洗うロコモンと談笑している。その様子を遠目に見たヨタナンが口を開く。
「あの嬢ちゃんは何者だ?」
「あれはうちの新人記者だ。今日は実地研修さ」
ヨタナンの問いにモズルフが答える。ヨタナンはアカイモ饅頭を頬張りながら、さらに問いかけた。
「共和連合の軍はまだ動いていないんだな?」
「ああ。だが、軍事演習はしている。うかうかしてられないぞ」
先ほどとは打って変わり、モズルフの言葉使いは砕けた調子になっていた。
「若年の殿下はまだ体幹ができあがっていない。あと数年あればなぁ……」
ヨタナンの肩が落胆で落ちる。
「ヘナチョコ勇者でも、魔王の元に辿りつけば何とでもなる。ともかく、良いニュースを期待したいねぇ」
モズルフがズケズケと持論を述べる。
「監督。それ、本人に聞かれたら大変ですよ」
いつの間にやら、ユミヨが間近に迫っていた。おじコンビが驚きつつ振り返る。
「嬢ちゃん、立ち聞きするような話じゃないぜ」
ヨタナンがからかい交じりに威嚇する。
「ヨタナンさん、初めまして。新米記者のユミヨと申します」
ペコリと頭を下げる。
「ユミヨちゃん。ルパイヤ族にはレカーディオの出自は伏せてある。その点宜しくな」
ヨタナンが唐突に、眼下の集落に向かってジャンプする。あっと驚く二人をよそに、魔術師はフワフワと中空を漂いながら下降していった。
魔術師ヨタナンはテントに戻り、丘の上にはユミヨとモズルフが残った。彼らは盆地状の集落を見下ろしながら話を始める。
「実はヨタナンとは旧知の仲でね。そのコネを活かして、勇者たちを密着取材している訳だ」
モズルフはポケットから取り出したアカイモ饅頭をユミヨに手渡した。
「ありがとうございます。ヨタナンさんは、ハルヴァード王室付きの家令長。王子の教育係ですよね?」
「良く知っているね。予習はバッチリだ」
モズルフが濃い顔面に笑みを刻む。
「それでよければ、私も勇者さんの取材をしたいのですが……」
おずおずと切り出したユミヨに対し、モズルフがわざとらしく咳払いする。彼は人差し指を立てて左右に振った。
「ノンノン。入社したての君には10年早い。顔見せできただけでも、ありがたく思いたまえ」
と言いつつ、ペンと手帳をユミヨに差し出す。
「この自治区には、遊牧民のルパイヤ族が住んでいる。今日一日は彼らの取材をしたまえ」
「取材って……。具体的に何をすべきですか?」
手帳を受け取ったユミヨが、上目使いで質問する。
「彼らと生活を共にし、その暮らしぶりを体験するのだ。族長に話はつけてある」
と言いつつ、天空の太陽を指さす。
「太陽が落ちてあの山脈に触れる頃、ここに戻ってきてくれたまえ。ではアディオス」
いつの間にか馬に跨ったモズルフは、後部に乗せた見知らぬ貴婦人と共に颯爽と走り去っていった。