第四話 旅立ちの日
菜の花香る黄色の絨毯を横目に、街道を練り歩く。ユミヨとロコモンの新米コンビは、ビヨグランデを後にし、新たな目的地へと向かっている。
(こんなに歩くのは久しぶり。でも、体が喜んでいる)
ユミヨが楽しげに頬をゆるめる。カジュアルな旅装に小ぶりのショルダーバッグという出で立ちが、心も軽やかにしていた。
「凄く平和な道行だけど、魔物が出たらどうしよう……」
「ユミヨさん、安心してくだせぇ。魔物なんざ、この斧の錆にしてやるよ!」
ロコモンが背中に背負った斧を握って豪語する。寸胴ボディには皮の鎧を纏っていた。
(この無造作ヘア、私と同じ赤茶色だわ。ドワーフだけど同じ民族なのね)
ユミヨがロコモンの頭を見下ろしていると、地面の草原がちょうど途切れるところだった。そこで歩みを止めると、眼下の盆地を二人で見下ろす。
「あれがルパイヤ族の集落よね」
ユミヨが指さす先に、ゲルのようなテントが乱立していた。その近辺では白色の家畜がたむろしている。
「ゾノドコ通信の先遣隊も出張ってるはずですぜ。だども、こんな僻地にニュースのネタなんてあるのかなぁ」
ロコモンが太ましい首を傾げる。
「ロコモンさん、とりあえず行ってみましょう」
二人は揃ってなだらかな坂を下り始めた。
集落に到着したユミヨたちが、テントの周囲を散策する。
バンダナを巻いた遊牧民たちがまばらにたむろしている。彼らは一様に、穏やかな笑みを向けてユミヨたちを歓待する。
「そっちは牧草地だから、家畜に気を付けてねぇ」
腰が曲がったおばあちゃんがユミヨたちに釘を刺す。着物のような民族衣装が似合っていた。
「分かりました、気を付けますね」
老婆に会釈するユミヨの前に、一人の男が歩み寄る。
「よくぞこんな僻地まで来てくれた。お疲れだったねぇ」
男爵風の男がチョビ髭をつまみつつ述べる。撫でつけられた黒髪とサスペンダーシャツという風体が場違い感を醸す。
「モズルフさん。約束通り連れてきやした。御社の新人さんでっせ」
ロコモンが露骨にへりくだる。おそらく、ゾノドコ通信の上席だろう。
「新人のユミヨと申します。宜しくお願いします!」
ユミヨが90度まで腰を折ると、口をへの字に曲げたモズルフが仰々しく頷く。
「君の指導を担当する、現場監督のモズルフだ。まずは水分補給をしたまえ」
「あ、ありがとうございます」
不意に差し出されたティーカップをユミヨが受け取る。
(チャイに近い甘さね。けど、疲れた体に染みるわぁ)
カップに口を付けたユミヨの顔がとろける。
「早速今から突撃取材を行う。付いてきたまえ」
「はい! って……どこに突撃するんですか?」
チョビ髭の下の口がニヤリと微笑む。
「見れば分かるさ。楽しみにしたまえ」
一旦ロコモンと別れたユミヨは、モズルフと連れ立って集落の端へ移動していた。そこには、丈の高い植物に隠されたように小さなテントがぽつねんと佇んでいる。
「君は余計なことをせずに、後ろに突っ立っていていなさい」
モズルフが振り返らずに言うと、ユミヨは生唾を飲み込みつつ頷く。
「お待たせしました。モズルフです」
「……どうぞ」
か細い声が返り、二人は連れ立ってテントに入る。
中の簡易ベッドに童顔の青年が腰かけている。胸部に巻かれた十字型の包帯が痛々しい。
「まさか……勇者レカーディオ?」
ユミヨのつぶやきを聞いたモズルフが横目で牽制する。そして、突然その場でしゃがみ込んだ。
「この度は、大変申し訳ありませんでした」
先ほどまで居丈高だったモズルフが、地を舐めるような低姿勢で土下座する。
事情が分からぬユミヨは、その場で茫然と立ちすくんだ。