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第三話 異世界座学

 タガヤシ村を出立したユミヨは、青年社員ラハダの引率で、隣町のゾノドコ通信本社に出向していた。

 本社がある大都市、ビヨグランデは風力発電で栄えた湾口都市である。海沿いに立ち並ぶ風車塔群は一大観光スポットだ。

 ゾノドコ通信の社屋には、大規模な印刷場を構えている。木製プリンターの前で、ユミヨは刷りたての新聞に目を通していた。


『勇者破れる! 故郷奪還への道のりは前途多難』

『力不足のレカーディオに疑義噴出。魔王討伐は夢のまた夢』

 ユミヨが手に取った週刊誌風の新聞、『勇者通信』の一面では、物々しいテロップで勇者批判が展開されている。


「勇者は私たちの希望の星なのに、この扱いって酷くないですか?」

「何言ってるの! 真実を余すことなく伝えるのが、私たちの仕事ザマス」

 鋭角なフレームの眼鏡をかけた女性教官が捲し立てる。四十代半ばらしき彼女は、現実世界風のパンツスーツを身を包む。

 内面ドSの彼女が上司になったら、さぞかし大変だろう。


「オトサタ教官、すみませんでした。この業界の事、良く分かっていなくて……」

「よござんしょ。その為の座学研修なのだから」

 オトサタ教官が指し棒を突き出した先に、『研修室』と刻まれた木板がある。


「ユミヨさん。丸二日間、みっちり座学研修に励むザマス。ゾノドコ通信の社是を脳髄に叩き込んで差し上げますわ」

 鼻の穴を広げたオトサタが不気味な笑みを浮かべる。ユミヨは恐々とかしこまる他なかった。



 黒板のど真ん中には、チョークで『エティテュ―ド近代戦史』と書かれていた。

 学校の教室さながらの研修室には記者の卵たちが集う。着座した若者たちの顔には思い思いの表情が浮かぶ。その数四名の中に、ユミヨの姿があった。


「では、現在進行中の第二次討魔戦役について解説いたします。知っている者も、しっかり復習するように」

 チョークを手に取ったオトサタ教官が板書を始めると、即席の世界地図が描かれた。

 西側のミナンダ共和連合の一角には、タガヤシ村とビヨグランデも含まれている。


『我々が住む世界、エティテュ―ドを支配する三大勢力。その一角を占めるハルヴァード王国がデルモンソ帝国に占拠されました』

 東のデルモンソからハルヴァードまで、矢印が引かれる。


『しかし、予想外の事態が起こりました。生き残ったハルヴァ―ド王が魔物の大群を率い、デルモンソ軍を撃退。反転攻勢、帝国領へ攻め入ったのです』

 オトサタ教官の鋭いまつ毛が八の字を描く。


『これに立ち上がったのが、ハルヴァード王国の王子レカーディオ。共和連合に亡命していた彼は、祖国奪還のためハルヴァードに向かう事となったのです』

 一息ついたオトサタ教官が、挙手している研修生に気が付く。


「質問どうぞ」

 教官に促され、誠実そうな青年が口を開く。

「デルモンソ軍をもってしても御しえなかった魔物たちの軍勢。レカーディオ王子一人向かったとて、どうにもならないのでは?」

 周囲の研修生たちが控えめな相槌を打つ。青年の見解は的を射ていたからだ。


「現在魔物たちを統率しているのは人間出自の魔王。その人物こそ、レカーディオの父君、ハルヴァード二世と目されています」

 オトサタ教官の話に呼応し、周囲の研修生たちがざわめく。


「父君を説得に向かう彼を、人々は勇者と称え誉めそやす。そこに商機があるのです!」

 オトサタが渾身のガッツポーズで研修生たちを鼓舞する。


(凄んごい商魂ね。人類の危機なんて、知ったこっちゃないというか……)

 愛想笑いを浮かべたユミヨは、内心呆れかえるのだった。



 夜半を過ぎても、電灯で煌々と照らされたビヨグランデは眠らない街だ。常夜灯の光が朝日と交代し、ユミヨも研修最終日を迎えていた。

「事ほど左様に、フィールドワークでは瞬時の判断力を求められます。勇者パーティが赴く危険地帯には、魔物の強襲がつきものだからです」

 壇上のオトサタ教官が黒板に大きく『バディ(仲間)』と書き記した。


「よって、単独行動は厳禁! 必ず二人以上で行動していただきます」

 そして、着座しているユミヨを指さす。

「新入社員のユミヨさん! 前に出なさい」

「はいっ!」

 緊張の面持ちで立ち上がったユミヨが壇上に上がる。すると、黒板の真後ろの影がのそりと動き出す。


「勇者パーティ付きを希望する、命知らずなあなたにチャンスを上げます。ボディガードとセットでね」

 黒板の裏から現れたのは、短躯で幅広い体が目を引くオジさんだった。分厚い瞼に豊かな髭はおなじみのキャラクターだ。


「ドワーフのロコモンっつーもんだ。オラも新人だけど、ひとつ宜しくな」

 ロコモンがユミヨの両手をギュっと握る。節くれだった太い指は、ホッカイロの様に温かかった。

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