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第二話 一歩適応 

 タガヤシ村のはずれにある図書館にて、ユミヨはひとり読書に耽っていた。目前の机の上には、数冊の本が重ねられている。その題名は「エティテュ―ド地政学」、「ゴブリンでも分かる世界史」等々……。


(この世界を熟知しておかないと。このままじゃ生活もままならない。文明レベルは産革直前ぐらいかしら……)

 右眉の上を人差し指でこねくりつつ、ユミヨは「魔王論」という風変わりな書物に目を落とす。


『人類の歴史上、今まで二人の魔王が現れている。着目すべきは、帝国が打ち倒した初代魔王は元人間だったという事実だ』

 指の位置を顎に変えたユミヨが思案に耽る。


(元人間……。私に語り掛けてきた魔王は、一体何者なのかしら)


『野生の魔物を統率する力は全人類の脅威に違いない。現存する二人目の魔王は、可及的すみやかに討伐する他ないのだ』

 

 ユミヨは「魔王論」を閉じると、両手の指を広げてまじまじと見つめる。

(私とそっくりの外見と同じ名前。お母さんもそのまんま。どうとらえればいいの?)

 両手で自身の頬を撫でつつ、思案の海に潜る。


(魔王と会えれば、元の世界に戻れるかも。この体の持ち主のためにも、何とかしなきゃ)

 気を取り直したユミヨは、机上の「勇者通信」という新聞を手に取る。発行元は、面接を受けた「ゾノドコ通信」社だ。

 そこには現在活躍する勇者パーティのイラストが描かれている。後ろ髪ギザギザの少年めいた戦士は、勇者レカーディオに間違いなかった。


(これで確定ね。やっぱりゲーム世界に入り込んだんだ……)

 見慣れた青年勇者の風貌を見て、安堵するユミヨだった。



「お帰り。ご飯もうちょっとで炊けるよ」

 家へ帰り付くと、庭の一角に据えられた竈の前に母が座っていた。どうやら炊事中のようだ。

 丸っこいフォルムの懐かしさに、自然と笑みが込み上げる。細身のユミヨは今は亡き父似だったのだ。


「ありがと。ちょうどお腹減ったかも」

 お腹を押さえたユミヨが郵便ポストを見ると、封書が差し込まれていた。

「これ、私宛……」

 手に取ったユミヨが封筒を開く。


『先日は面接にお越しいただきありがとうございます。審査の結果、あなた様の熱意を汲み、弊社外交記者として内定させていただきます』

 その一節を読んだユミヨの笑顔が弾ける。いつの間にか真横にいた母も共に喜んだ。


「やったじゃない。第一志望だったんでしょ?」

「うん。でも、仕事自体未経験なのに、記者なんてやれるかなぁ」

 ユミヨの自信なさげな性格は直っていない。だが、この世界には母が健在なのだ。


「なぁに言ってんだい。まだまだ若輩なんだから。勢い良くいくんだよ!」

 そう言いつつ、炊き立てご飯をてんこ盛りにして手渡してくる。両手でそれを受け取ったユミヨは、力強く頷いた。



 一方その頃、夕刻の荒野で焚火を囲む一行がいた。赤茶けた大地に木々はまばらで、荒涼とした風景が広がっている。


 火を中心に馬蹄形で囲んでいるのは勇者パーティの男衆三人だった。色濃い疲れが、火明かりで顔面にあぶり出されている。


「誰か近づいてくる。敵か?」

 警戒を促したのは黒人戦士ヴァグロンだ。筋骨たくましい外観が頼もしい。後ろに束ねた黒髪が風でたなびく。


「何だあれは。追われているぞ」

 目を細めたのは魔術師のヨタナンだ。老齢ながら、細長い顔に刻んだ皺には知性が滲む。長身を覆う赤銅色のローブは、さながらカーテンの様だった。


「助けて下さい~!」

 サファリハットを被った探検家風の中年男が魔物に追われていた。男の二倍ほどの体躯の蛇が巨体をよじり追いすがる。


「俺がやろう。手出し無用だ」

 青年の勇者、レカーディオが腰を上げた。束感のある豊かな黒髪を両手でかき上げる。ギラつく両目は鋭く魔物を見据えていた。


「心得た。手並み拝見といこうか」

 戦士と魔法使いは一歩下がり、左右で戦況を見守る。


 逃走してきた太り肉の男が蹴躓き、サファリハットが宙を舞う。薄くなった頭頂部をさらした彼は、焚火の隣にヘッドスライディングをかます。

 巨大な蛇はレカーディオの姿を見るや、頭部のトサカを開いて威嚇した。その姿はエリマキトカゲを彷彿とさせる。


 対峙するレカーディオは、居合抜きの構えで静かに迎え撃つ。

 ただならぬ雰囲気を感じ取った大蛇がピタリと動きを止める。首をもたげたまま微動だにしない。周囲を囲む仲間たちも固唾を飲んで見守る。


 その時、一陣の風が舞い、キャンプ用の焚火が吹き消えた。

 夕闇が周囲を包む刹那、激しい斬撃音が荒野に響き渡る。傍らに控えていたヨタナンが、魔法力で焚火を付け直す。


 居合抜きを放ち切ったモーションで固まるレカーディオ。そして交差した大蛇も硬直していた。

 青年の口元が意味ありげに微笑む。しかし次の瞬間、その胸元から激しい鮮血が舞った。

 勝ち誇った魔物が襟巻に似たトサカを打ち振るわせる。ヴァグロンとヨタナンは、驚愕のあまり唖然とする他なかった。

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