表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/24

第二十話 謁見、そして邂逅

 夜の闇に曙光が溶け込み、空の一角が白みつつあった。その微かな光が城砦の天窓から差し込み、薄暗い城内を照らしている。


 城内を貫くメイン通路、その中央でレカーディオとユミヨが向き合っていた。


「あのピエロ、余計な真似を」


「レカーディオさん。皆はどこですか?」

 憤るレカーディオにユミヨが訊ねると、途端に肩を落とす。


「迷宮内で、魔物との混戦中にはぐれたきりだ。安否も分からない」


「そんな。じゃあ魔物たちに襲われたら……」

 怖気を覚えたユミヨが話を中断する。周囲を囲うただならぬ気配に目を配る。


 赤絨毯の一本道、その左右に設置されたオイルランプに一斉に火が灯る。道の左右には、直立不動の魔人兵が整然と立ち並んでいた。


 巨躯に鎧をまとった彼らは、各々両手で握った長剣を地面に突き立てている。一斉に襲い掛かられれば、一たまりもないだろう。


「どうやら俺に手をかける気はないらしい。今のところはな……」


「話し合いなら望むところ。向かいましょう」

 二人は想いを一つにし、足元の絨毯の先を見据える。


『いざ、エッゲンハイム王の元へ』



 赤絨毯の先には、巨大な門扉が待ち構えていた。そこを通るはずの魔人兵たちは、変わらず静観を保っている。


「おそらくここが……」

 ユミヨが言い終えるや否や、観音開きの門がゆっくりと左右に開く。誰も手を触れてはいなかった。

 怖気づくユミヨを尻目に、レカーディオがズカズカと入室する。


「ま、待って下さい」

 焦ったユミヨがその後を追う。


 正面の玉座の左右には一際異質な巨人兵が立ち並んでいる。


「見ろ。玉座に誰かがいる」

 レカーディオがユミヨに注意を促す。ユミヨが目を凝らすと、そこには老婆の亡骸が座っていた。血肉はなく、骸骨が衣服を纏った状態だ。


「その玉座にふさわしい人物は儂ではない……。レカーディオ、お前なのだ」

 優し気な口調がふわりと耳朶を撫でる。ユミヨたちが揃って振り返ると、そこには男性の老人が佇んでいた。


 厳めしい顔に刻まれた皺は、年輪のような渋みがある。張りのある銀髪は束感があり、どこかレカーディオを思わせる。


(間違いない。この男こそエッゲンハイム王。つまりレカーディオの……)


「お久しぶりです、お父上。城内が随分様変わりして驚きましたよ」


「レカーディオ。不遜な皮肉を叩くようになったものだな」

 老王の表情がニヒルにゆがむと、吹き抜けになった天井から鎖が三本降りてくる。それぞれに、勇者の仲間たちが吊るされていた。


「酷いっ! 話し合いをするつもりじゃないの?」


「彼らはこの謁見の生き証人として立ち会ってもらう。命の保証はできんがね」

 老王が冷然とユミヨを見下ろす。


 激昂したレカーディオが剣を抜くと、左右の魔人兵が同時に動く。長剣を交差させ、レカーディオの動きを抑制する。


「陛下! 目を覚まして下され」

 拘束されたヨタナンが叫ぶと、老王がその方向を仰ぎ見る。


「帝国は秘密裏に初代魔王と結託していた。他国の反発を抑えるため、魔物に侵略させたハルヴァードを資源ごと乗っ取るつもりだったのだ」


 父親の言に、レカーディオが小首を傾げる。


「では、魔王は二人いるのか?」


「違うな。魔王に殺された体が、その役目を引き継いだのだ」

 老王の背中から二本の触手が伸び、その片方がレカーディオの胸元を貫いた。突然の衝撃に全員が息を呑む。


「何て酷いことを……」

 鎖で縛られたミレニが悲痛な声を絞り出す。


「父上。何故わざわざこんな真似を……」

 口の端から吐血しながらも、レカーディオが問いかける。


「悪いが、私は別人格だ。ハルヴァード王の魂は天に召された」

 老王の皮膚の色は赤紫に変色し、人ならざる者に変貌を遂げていた。


「この肉体は長持ちしない。魔王の魂を引き継ぐ者が必要なのだ」

 彼を貫いた触手が巨大な翼となって広がる。


「自らの手で殺めた者のみ、魔王として転生させることができる。帝国には誤算だったようだがな」

 二人の体が折り重なるように倒れ込む。


「レカーディオ、目を覚まして!」

 咄嗟に、ユミヨがレカーディオに駆け寄る。


「ユミヨちゃん、私の鎖を断ち切って!」

 ユミヨが鎖で縛られたミレニを仰ぎ見る。


「無理よ。その高さじゃあ、手が出せないもの」


「まったく歯がゆいわい。せっかくの魔法が形無しじゃ」

 縛られたヨタナンが力なく頭を振る。ユミヨがヴァグロンに視線を移すと、彼はグッタリした様子でうなだれている。どうやら気を失っているようだ。


 その時、レカーディオの体がゆらりと立ち上がった。

「この肉体が欲しかったのだ。ハルヴァードの新王こそ、復讐の象徴にふさわしい」


 ユミヨが彼の胸を見ると、傷跡はふさがっていなかった。禍々しい光を帯びた瞳がユミヨを見据える。


「哀れな生き証人どもよ。全世界に発信せよ」

 両手を広げると、その背中から二つの巨大な翼が広がる。


「デルモンソの血は世界に一滴も残さない。復讐と世界の安寧のため、魔王軍が蹂躙すると!」

 高らかに宣言する魔王の体が緑の光に包まれる。魔王が振り返ると、その背後からミレニが抱き留めていた。


 ミレニの癒しの魔法がレカーディオの胸の傷跡を塞いでいく。


「レカーディオ、魔王の魂に打ち勝って! あなたは人の王として、この国を再興するのよ」

 ユミヨが懸命に声をかけると、魔王と化したレカーディオの瞼がゆっくりと閉じていく。


「まさか……そんな手段が」

 巨大な翼が収縮し、レカーディオの体が眠るように崩れ落ちる。


「ミレニさん。どうやって鎖をほどいたの?」

 ミレニが指さした先、鎖の先にはビリーディオが逆さまでぶら下がっていた。


 魔力を使い切ったミレニが片膝をつく。


「だ、大丈夫?」


「魔力を使い切っただけよ、問題ないわ」

 その時、傍らで横たわる老王が目を覚ます。その瞳からは怪しい光が消えていた。


「ユミヨちゃん、離れて!」

 ミレニが注意を促すが、ユミヨは冷静に老王の正体を見定めていた。


(さっきまでと気配がまるで違う。ひょっとして別人?)

 立ち上がった老王がユミヨに向き直る。そして、かすれた声で話し始めた。


「異世界からの使者よ。私の最期のメッセージを聞いてほしい」

 瞳を見開いたユミヨが、真剣な面持ちでうなずく。


「復讐への怨念、魂の悲鳴がすべての呼び水となる。相応の殺意なくば、人への受肉は叶わないのだから……」

 ユミヨは確信する。この人物こそ、ゲーム画面越しに語り掛けてきた、老王エッゲンハイム二世に違いなかった。


「心せよ。人心に絶望訪れし時、魔王は再誕するだろう」

 言い終えるや、その体が前のめりに崩れ落ちる。と同時に、地面に横たわる老王の体が灰の様に崩れ去っていった。


「異世界の使者? 思えばあなたは、預言者めいたところがあったわね」

 ミレニが意味深な流し目をユミヨに送る。


「や、止めて下さい。私は単なる一記者ですよ」

 焦るユミヨを見下ろすピエロがケラケラと笑う。ヨタナンとヴァグロンも地面にへたり込んでいた。


「茶番はそこまでにしておきなさい。主役が目を覚ましたわよ」

 ビリーディオが地面を指さすと、倒れていたレカーディオが半身を起こしていた。


「レカーディオ。体は大丈夫?」

 ミレニに頷いたレカーディオが、胸の傷に手を当てる。


「ミレニが助けてくれたのか。貸しが増えるばかりだな」

 ユミヨが手を貸し、レカーディオが立ち上がる。


「そしてユミヨ、あんたは心の恩人だ。最後の一線、あの言葉のお陰で踏みとどまれたぜ」

 レカーディオが握手を求め、ユミヨが両手でそれに応える。天窓から朝日が注ぎ、城内をたおやかな光で満たしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ