第一話 奇跡の再会
後頭部のフワリとした感触が心地よい。枕の感触に抗い上半身を起こすと、そこは木製の手狭な一室だった。
今しがた体験した幽体離脱の事を思い出し、ふと我に返る。半覚醒の頭が混乱しだした。
立ち上がると、古びた洗面台を見つけたのでそこで顔を洗う。冷たい水が心地よく、両手ですくいガブ飲みする。
喉の渇きを潤すと、目前の鏡を見つめる。顔の形や肌の色はそのままだが、髪色が焦げ茶色になっていた。そして、見慣れた民族衣装を着用している。
「この服、タガヤシ村ってことかな?」
両肩のカラフルな布を指でつまみながら、独り言ちる。どうやら本当にRPGの世界に入り込んでしまったらしい。
由実世はベッドに腰を下ろすと、両手を膝上に置き自問する。
(私、本当におかしくなっちゃったのかな? 失声症では飽き足らず、妄想の世界に入り込むなんて……)
由実世が見つめる床に、太ましい影が映り込む。その姿に既視感を覚えた由実世の頭が完全に覚醒した。
「そろそろ起きなさい。面接の時間よ」
ドアの隙間から聞きなれた声が聞こえる。由実世の両足が条件反射で動いていた。ドアを開けると、そこには亡くなったはずの母の姿があった。
「お母さん!」
由実世が母の恰幅の良い体に全力で抱きつく。驚いた母は、そのまま後ろのソファーにへたり込んだ。
「どうしたの、この子は? いつまでも甘えん坊さんね」
と、言いつつまんざらでもなさそうだ。おたふく顔をトロンと緩ませ、由実世を抱きしめる。
見ると、母も同じ民族衣装。短髪のポニーテールも薄いブラウンになっていた。
「生き返ったの? それとも、私の前にゲーム世界に入りこんだの?」
「寝ぼけてるのかい。やだねぇこの子は」
母が怪訝な表情で小首を傾げる。
幾分落ち着いた由実世は、母の抱擁から抜け出した。
「さっき面接って言っていたけど。ゾノドコ通信でしょう?」
「そうよ。ほら、礼服用意してあげたわよ」
母の太い指が壁にかけられたハンガーを指さす。そこにはスカーフ付きの白シャツが用意されていた。
(この世界の事は知っている。どこに何があるか、そして何が起こるかも……)
先ほどの礼服を身に纏った由実世は、異世界唯一の報道会社、ゾノドコ通信の支社を訪れていた。自宅から徒歩二十分弱の近場だ。
現実世界と同様に、手狭な一室で面接官を待つ。
(何話そう……。現実でのリハが活きればいいけど)
壁掛け時計の分針が頂点をさした頃、面接官二人が入室してきた。その姿を見た由実世が目をしばたたく。
「ギリギリセーフかな。お待たせした」
紺色のニットを着た初老男性が、わざとらしく壁掛け時計を覗き込む。慌ただしく追ってきた青年が由実世に目礼する。
(まさかの、現実世界そっくりさん登場。あれっ? そう言えば履歴書なくて大丈夫かな……)
由実世が一人冷や汗をかく。
「私はゾノドコ通信のタイゾウと申します。彼はコウスケね」
老け顔の初老面接官が、ぞんざいに片手で名刺を手渡してくる。ユミヨは恭しく両手でそれを受け取った。
名刺上の名前には名字がなく、日本語のカタカナで『タイゾウ』と記載されている。
(となると、この世界で私は仲峯由実世ではなく、『ユミヨ』と名乗ればいいのね)
ユミヨが鼻頭を人差し指で撫でる。
「ではまずは自己紹介を……」
胴長の青年面接官がユミヨに話を振る。現実世界をなぞる展開に、ユミヨの不安が募る。
彼女の開きかけた唇は震えていた。しかし……。
「私、ユミヨと申します。新聞記者へ強い憧れがあり、御社を志望させていただきました」
ハキハキと発言するユミヨに対し、面接官たちの口の端がほころぶ。
「ユミヨさん。では、もう少し具体的な動機をお聞かせ下さい」
青年面接官の問いかけに対し、ユミヨは一呼吸おいて口を開く。
「私が御社を志望させていただいた動機は徹底した現場主義に感銘を受けたからです」
ユミヨがチラリと面接官の顔色を窺う。この場で通用する台詞か未知数だからだ。
「自らの足で現場を訪れ、見聞きしたものをタイムリーに発信する。その役割の一端を担いたいと考えています」
「なるほど。体力にも自信はあるかね?」
「勿論です。文章力も、ある程度備えています」
青年面接官が口元を引き結ぶ。その熱意に感心しているようだ。
「知っての通り、世間の関心は勇者パーティの魔王討伐一色に染まっている。我々もそれを追っていくことになる……」
いつの間にか立ち上がっていた初老の面接官が窓の外を見ながら語り始める。
「取材現場では魔物の脅威も含め、危険も伴う。それでもやっていけるかね?」
「はい! 勿論です。勇者パーティ担当になることが、私の最大の目標です」
背筋を伸ばしたユミヨが快活に答える。面接官たちは視線を交わし、うなずきあった。
「では、こちらの応募者名簿に名前と年齢をお願いします。自宅はこの村ですよね?」
青年面接官が古風な炭筆と羊皮紙をユミヨに差し出す。彼女の止まっていた時が、今再び動き出そうとしていた。
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