第十七話 決闘陣
魔法力で生成されたドーム内で、帝国軍ドブロニャクとレカーディオが対峙する。その周囲では、逃げ惑う蛮兵を巨大な鳥竜が追い散らしている。
ヨタナンがドブロニャクに向けて魔炎を放つが、魔法陣の外縁をなでるばかりだった。
「レカーディオ、良く聞いて」
魔法陣越しに、レカーディオに肉薄したミレニが真剣に語り掛ける。
「まずは様子見。あいつの斬撃をかわしつつ、隙を伺うのよ」
「外見通り大ぶりなら助かるが……」
レカーディオが言い終えるや否や、斧の影が迫りくる。すんでのところで飛びのいたレカーディオが致死の一撃を回避する。
勢い余ったドブロニャクが、自身が築いた魔法壁に激突する。その目前にはミレニが居た。
「残念ね。この壁のせいでキスできないんだもの」
彼女が投げキッスのモーションをとると、そこから強い緑の光が発生する。
「グワッ! 卑怯だぞ」
不意の目つぶしをくらい、ドブロニャクが左手で顔面を押える。
「レカーディオ、今よ。黒雷を放って!」
モズルフの陰に隠れていたユミヨが声を張り上げる。
「くそっ! 何故だ。うまくいかない」
レカーディオの左腕周囲に黒雷が発生するが、すぐに立ち消えてしまう。焦躁のあまり、集中力を欠いているようだ。
「偽の英雄が。とっととくたばれや!」
ドブロニャクが乱雑に斧を振り下ろすが、レカーディオは身を翻して回避する。
立ち上がろうと中腰になったレカーディオの背中から大量の血が噴き出る。片膝をついたレカーディオが苦悶の表情を浮かべる。
「何をうだうだしている。男なら剣をとれ!」
ドブロニャクが斧を軽く振るうと、結界の外壁に返り血がへばりつく。
レカーディオが虚ろな瞳でドブロニャクを仰ぎ見る。すると、憎き巨大戦士の体が沼地の水分でぬめっていることに気が付いた。
「レカーディオ。黒雷で自身が感電することはないはずよ!」
その様子を遠巻きに見ていたユミヨが大声で訴える。反応したレカーディオが地面に左手を添えると、そこに小さな黒雷が生じる。
ドブロニャクが両手持ちにした斧を振り上げる。そこに地面を伝った黒雷が直撃した。
「ゴアァアアッ!!」
巨体を覆う沼地の水分が仇となった。足元から振り上げた斧の頂上まで、黒龍のごとき稲妻が駆け上る。
ドブロニャクがたまらず片膝を突く。巨斧を杖代わりに、何とか踏ん張る。
居合抜きの構えをとったレカーディオがじわりとにじり寄る。ドブロニャクは俯いたまま微動だにしない。ユミヨと勇者の仲間たちは、固唾を飲んで戦いの終幕を見守る。
(結界の光が緩んでいる。ドブロニャクが重傷を負っている証だわ)
ユミヨの瞳に希望の光が灯る。
二人の距離が肉薄したその刹那、うつむいていたドブロニャクの顔が唐突に持ち上がる。
鋭い犬歯でレカーディオに噛みついたのだ。
反応したレカーディオが居合抜きを放つと、ドブロニャクが大口をひらいたままの姿勢でピタリと静止する。口の中央から輪切りになった巨人の頭が、ズルリと地面に落ちる。
「レカーディオよくやった。それでこそ勇者だ」
結界がなくなり、ヴァグロンたちがなだれ込む。レカーディオは微笑を浮かべつつ、地べたに崩れ落ちた。
ドブロニャクの部下たち、蛮兵の残党は武器を奪われ地べたに座らされていた。その数七、八名程。戦意喪失した彼らは、地面の沼地と一体化したように動きが鈍い。
「すでに格付けは完了した。力のみを是とする貴様らの拠り所は完全になくなったわけだ」
ヴァグロンが厳めしい表情で敵軍を見渡す。
「お前らを解き放つ。両手を後ろに組んだまま、この道をまっすぐ帝国領まで進め。振り返ることは許さんぞ」
敵兵たちがノロノロと立ち上がると、言われたままに重い足を進める。
それを見守るヴァグロンが不意に後方を見上げると、遠方の巨岩上から鳥竜が見張っていることに気が付く。
「随分と不気味な思惑じゃのう。陛下は話し合いをご希望なのか……」
ヨタナンがつぶやくと、ヴァグロンが腕を組みつつ顎を引く。
「何らかの形で世界情勢をコントロールしたいのだろう。理由は分からんが……」
ヴァグロンが口をへの字に曲げる。
「儂は覚悟ができておるよ。例え元君主でも、説得が叶わぬなら討伐する他ないのじゃ」
ヨタナンが杖を握りしめると、その先端から怒りの青い炎が爆ぜた。
一方、傷ついたレカーディオは岩陰でうつぶせになっていた。裸になった上半身の背中には、斧による痛々しい斬撃の跡が残る。
「次で完治するはず。じっとしておいて」
ミレニが両手を背骨の真ん中に添えると、淡い緑の光が生じる。傷口が徐々に薄くなり、そして完全になくなった。
「外傷はなくなったわ。動いてみて」
ミレニの言葉に呼応したレカーディオがゆっくりと上体を起こす。
「骨に異常はなさそうだ。助かったぜ」
レカーディオが嬉しげに体をよじる。
疲れ切ったミレニは微笑を返して、岩の上に腰かけた。
「良かった。でもすごい出血だったから、しばらく安静にしないと」
「そうだな。肉をたらふく食べたい気分だ」
心配するユミヨに対し、レカーディオが目でうなずく。
「ユミヨさん。あんたに聞きたい事がある」
ヴァグロンが歩きながら近づいてくる。何やら不穏な様子だ。
「どうぞ」
努めて冷静に振る舞うユミヨに、ヴァグロンが食って掛かった。
「何故黒雷が自身に影響を及ぼさないと分かった。未知の魔法の性質をなぜ理解している?」
低くドスの聞いた声で詰問する。
「そ、それは。緊急事態だったので、思わず当てずっぽうを……」
口ごもるユミヨに対し、ヴァグロンが頭を振る。
(ゲームの設定資料で知っていたから、何て言える訳が……)
ヴァグロンが剣先をユミヨに突き付ける。
「ドブロニャクの外観も、交戦した者しか知らないはず。まさかスパイではあるまいな?」
凄むヴァグロンに対して、ユミヨは身を縮ませる。
「うちの社員に何か?」
ヴァグロンの剣先にサーベルがあてがわれる。虚を突かれたヴァグロンが口を半開きにして静止する。
「彼女の知見には確かに不可解な面もある。しかし、あなたがたの助けになっていた。違いますか?」
サーベルを差し出したのはモズルフだった。いつもの柔和な雰囲気は消え、鋭利な眦で一瞥する。
ヴァグロンは怯えるユミヨを見据えると、深く嘆息した。
「すまない。敵襲で興奮してしまったようだ。許されよ……」
低くこもった声で言うと、剣を鞘に納めた。