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第十六話 湿地帯の乱戦

 ぬかるんだ大地を横目に、舗装された交易路の上を箱馬車が駆ける。その前では、馬車を先導するようにヴァグロンが駆る馬が単騎で疾走していた。


 勇者パーティと合流したユミヨは、馬車に同乗しハルヴァード王国へ向かっていた。モズルフは馬車馬の御者を務めている。


 馬車の窓から顔を出したミレニが空を仰ぎ見る。

「雲行き怪しいわね。それに、あの鳥おかしいわ」


「何がですか?」

 ミレニの横合いからユミヨが訊く。


「この馬車の後を付けている気がするの」

 ミレニの表情が曇ると、見かねたヨタナンも空を確認する。


「距離がありすぎて判然とせぬが、流石に単なる思い過ごしじゃろう」


「そうよね、多分鷹かトンビよね。ちょっと神経質になっていたみたい」

 鈍色の空が、仲間たちの気持ちを暗鬱にしていた。


「あの辺り、丁度いい岩陰があります」

 ユミヨが斜め前方を指さすと、それを見たヨタナンが声を張り上げる。


「モズフル、そしてヴァグロン! 馬を止めてくれ」

 馬がいななき馬車が停止すると、馬車の後方からミレニが外に飛び出す。



「ふうぅ。ついに解放されたわ」

 ミレニが体を伸ばすと、遅れて降りたユミヨもそれに倣う。


「あなたも大変ね。仕事とはいえ、損な役回りだから」


「とんでもない。名誉ある仕事ですよ」

 ユミヨが両手を前に出して謙遜する。


「俺は反対だ。世界の趨勢を決める重要局面に、一介の記者が同行するなんて」

 レカーディオが通りすがりに言い捨てると、そそくさと岩陰に向かう。


「あんた、森の中ではこの子に助けられたじゃない。その言い草はないでしょう」

 ミレニがレカーディオの背中に小言を投げる。

「いいんです。正論だから……」

 しょげかえるユミヨの肩に、下馬したモズルフが手を添える。二人は連れ立って歩き出した。


 先頭のレカーディオが岩陰に到着すると、その周囲から武装した兵士たちが一斉に姿を現した。

 面構えからして全員悪党。青縞の囚人服の上に古びた鎧を着用していた。


 ヨタナンたちが咄嗟に身構える。

「お主ら、共和同盟の傭兵くずれか?」


「ククク。残念だったな」

 岩陰から空中に放り投げられたのはミナンダ自由都市の衛兵だった。声の主、一際大柄な戦士が姿を現す。


「ドブロニャク。この様な無作法な歓待は容認できんな」

 馬上のヴァグロンが声を張り上げる。


「ヴァグロンよ。貴様とは舌戦ではなく、こちらでケリを付けたいものよな」

 ドブロニャクが巨大な斧を振り回し、ぬかるんだ泥土に突き立てる。毛深く重量感溢れる体が獰猛なヒグマを彷彿とさせる。


「帝国軍の大巨人ドブロニャク! 何故こんな僻地に?」

 その台詞を聞いたドブロニャクが小さな瞳でユミヨをねめつける。


「小娘、よく儂の事を知っておるのぉ? 面識などないはずだが……」

 ユミヨが思わずすくみ上がる。


「ユミヨ君、ここは下がりたまえ。我々の出る幕はない」

 モズルフが小声で後ろから諭すと、ユミヨが小さく顎を引く。


「おかしなピエロが現れてな。貴様らの移動経路を明かしていったのよ。敵が多いと何かとつらいのぅ」

 ドブロニャクが無精髭をいじりながらニヤつく。巨大な前歯は数本欠けており、口内の隙間が露になる。


「あの道化っ! やはり敵だったのか」

 レカーディオが憤る。


(前回と同様、あのピエロが絡むたびに筋書きが変わる……。ディリービオとは一体何者なの?)

 ユミヨが下唇を噛む。


「双方そこまでにしておけぃ!」

 ヨタナンがヴァグロンの前に出てドブロニャクと対峙する。


「魔法使いのジジイか。人生の引退試合、その相手を務めてやろうか?」

 グギャギャギャ、という、異様な嘲笑が周囲の蛮兵から浴びせられる。


 高低差のある睨み合いを経て、ヨタナンが口を開く。

「魔王討伐までの融和政策を反故にする気か? 共和同盟や世論が黙っておらぬぞ」


「その政策に物申したい一味がここに集っているのさ。だよなぁ?」


「オウッ!」

 周囲を囲む蛮兵たちが低い唸り声で応える。


「魔王は俺たちが殺し、その名声と共に貴様らを支配する。勇者など不要だ!」

 ドブロニャクが忌々し気にレカーディオを見下す。


「こんな青二才に何ができる。到底合理的な判断とは思えん」


「この筋肉ダルマが、ここでケリをつけてやる!」

 レカーディオが右腕周囲に黒雷を纏うと、囲んでいた蛮兵がにわかにざわめく。


「殿下、おやめ下さい! その魔法は人に向けてはならぬ」

 ヨタナンがレカーディオを制止する。


「お前ら、あれを見ろ!」


 ヴァログンが馬上から空を指さす。つられて空を仰いだユミヨたちが異変を察知する。それは、先ほど馬車から仰ぎ見た鳥影だった。

 全速力でこちらに向かって飛んでくる。最初は大鷲だったが、近づくにつれてその姿を変貌させていく。

 蛮兵やドブロニャクも驚きで瞠目する。大鷲は巨大化し、黒色の鳥竜と化していた。


「ギエェエェ~~!」

 苔むした巨岩の上に着地した鳥竜が、甲高い奇声を発する。湿地帯の湿った空気を異音が揺るがし、人間たちは思わず両耳を押える。


「狙いは俺たちだろう。レカーディオを守れ」

 ヴァグロンの号令と共に、仲間たちがレカーディオを取り囲む。


 蛮兵たちが巨岩をグルリと囲み、鳥竜と対峙する。腰が引けたその様子を見た鳥竜が、嘲るように嘴の端を上げる。


「お前ら、その魔物は放っておけ。レカーディオを狙っているに違いない」

 ドブロニャクの号令にヴァグロンが舌打ちする。蛮兵たちがあざ笑うようにレカーディオたちを包囲する。


「四面楚歌極まれり、だな。どうする?」

 レカーディオが困り顔で周囲を見回す。


「俺とヨタナンが囮になる。ミレニ、お前は隙を見てレカーディオを連れて逃げろ」

 ヴァグロンが大剣を構えて前に出る。周囲の蛮兵たちと、ジリジリとしたにらみ合いが続く。


「クエェエエエーー!!」

 突然、巨岩上の鳥竜が奇声を上げた。両の翼を交差させると、鋭利な羽が周囲に飛び散る。


「グワッ!」


「ヒィイイッ!」

 飛び道具となった羽が蛮兵たちを襲い、包囲の輪が散り散りになる。逃げ惑う兵士の背後から、鳥竜が飛び掛かり地面に押さえつけた。


「これはどういう事だ?」

 ドブロニャクが怒りも露に歯ぎしりする。


「魔王の意向が明らかになったわね。帝国のスタンドプレーにお怒りってことよ」

 ミレニがドブロニャクの鼻先に指を突きつける。


「つくづく癇に障る奴らだ」

 ドブロニャクが両手を地面につき、クラウチングスタートの構えをとる。そのまま勇者たちに猛烈な勢いで突っ込んだ。


「来るぞ!」

 ヨタナンの杖から炎が放たれる。だが、筋骨隆々のショルダーで受け止めると、そのままタックルをぶちかます。


 レカーディオを囲っていた仲間たちが四方に吹き飛ばされる。ドブロニャクが傲然と地べたを這うレカーディオを見下す。


「先ほどケリをつけてやると言ったな? 二言はないだろうな」

 ドブロニャクが眼前の何かを包むように両手を構えると、そこに幾何学模様の光体が出現する。


「魔法を使えるなんて聞いてな……」

 ミレニが言い終えるや否や、ドブロニャクとレカーディオの周囲に魔法陣が展開された。


 赤黒い魔力のドームが、鈍色の湿地帯に異質な存在感を放つ。その内部に、レカーディオも閉じこめられていた。


 蛮兵どもを蹴散らした鳥竜が、ドブロニャク目掛けて嘴を突き刺す。だが、魔法力のドームがそれをはじき返した。


「我が決闘陣は外部からの干渉を一切受け付けない。破る方法はただ一つ。内部の命、その一つをもぎ取ることだ」


 ドブロニャクの顔面が加虐心でゆがむ。高々と振り上げられた巨斧の影がレカーディオの体を包み込んだ。

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