第十三話 号外乱舞
リディオパークの商店街がざわついている。八百屋や魚屋の店主が道端に集まり、何やら雑談に興じている。
「号外号外! 勇者レカーディオがついに魔法力に目覚めたぞ」
ハンチング帽をかぶった新聞記者がペラ物の新聞を撒くと、店員と客が入り乱れてそれに群がる。その一枚を手に取った八百屋の店主が内容を検める。
『勇者覚醒! 伝説の黒き雷が蘇る。魔王との決戦に死角なし』
極太のゴシック体で書かれたそれを確認した野次馬たちが、一斉に声を上げる。
「あの頼りないガキが戦力になるときが来たか。これで、とち狂った親父を始末できるかもなぁ」
「ハルヴァード王も、息子の言う事には耳を貸すかもしれん。戦わずに済むに越したことはないぜ」
オープンカフェの隅に座っていたサネが、椅子に引っかかっていた新聞を手に取る。裏面の最下部に目を落とすと、そこには担当記者としてユミヨの名前が記されていた。
「あの子やるじゃん。出世街道まっしぐらかよ」
感心したサネが目を細める。
「サネちゃん、いつまでこっちにいるの?」
化粧が濃いマダムがサネに声をかける。彼女は雑貨屋の店主だった。
「買い出し終わったんで、今からテントに戻るわ。日が落ちる前に到着しなきゃ」
「道中魔物には気を付けな。最近野生種も活発化しているからねぇ」
そう言うと、手慣れた様で葉巻をくゆらす。分厚く塗られた口紅から、満足げな吐息を漏らす。
「相変わらず心配性だな。来季はチーズケーキも作るから、楽しみにしといて」
畳んだ新聞を膨らんだバックパックに差し込むと、サネは席を立った。
魔王と呼ばれる老齢の王は、はめ殺しの窓から眼下の風景を眺めていた。堅牢な城門へ続くなだらかな坂道のそこここに簡易武装した魔物の番兵が配備されている。
「難攻不落として知られるゾナーブルに、ここまで厳重な警備は不要だろう」
魔王が窓を向いたまま語ると、広間の隅で何者かが蠢く。
「人間どもを侮り召さるな。あなた様の首を虎視眈々と狙っております」
王宮の隅にへたり込んだ老婆が応える。しゃがれた声が独特の音響をもって広場に響く。
「そうよ。特に魔力を持った者には注意を払うべき。こんな風にね」
突然姿を現したディリービオが紙飛行機を投げつける。受け取った魔王がそれを開き、内容を検める。
それは先ほど街中で撒かれていた一枚刷の号外だった。
「わざわざ手の内をさらす愚者を気にかけろと?」
「実の息子に対して酷い言いようね。人間やめて正解かも」
魔王に肉薄したディリービオが、にやけ面をさらす。招かれざるピエロに対して、座っていた老婆が静やかに杖を振るう。
魔力で生成された光線をすんでのところでかわしたピエロが、そのまま低空に浮遊する。
「ご挨拶だなぁ。あたしに敵意はないって、そろそろ解ってほしいのに」
「失せろ。伝書鳩なら、余計な真似をするな」
魔王が鬱陶し気に片手を払う。
「また来るわ。あなたの癇に障るニュースを仕入れてね」
ピエロはうやうやしく一礼すると、自身のマントの中に姿を消した。
魔王が号外を裏返し、最下段に目を移す。ユミヨの名前を指でなぞり、口角をにやりと上げる。
「この世界に降り立っていたのか。これで役者は揃ったわけだ」
酷薄な笑みを浮かべた魔王は、号外を黒炎で燃やし尽くした。