第十一話 猫かぶりの森
猫かぶりの森の内部は、怪しげな樹木が乱立していた。外縁を囲う丈の長い針葉樹は、さながらドームの内壁の様だ。
森に飲み込まれたレカーディオとユミヨは、せわしなく周囲に目を配っている。
「太陽の位置で方角は割り出せたました。この道を辿れば、入口で仲間と合流できるはずです」
ユミヨが目前の地面を指さす。
「そ、そうだよな。このアクシデントから逃れることが先決だよな」
困惑気味のレカーディオが渋々承諾する。
彼らの眼前には黒色の腐葉土でできた道があり、それは曲がりくねって先に続いている。
道の左右には不気味なデザインの樹木が立ち並び、不穏な空気が漂う。
「レカーディオさん聞いて下さい。今からこの森の説明をします」
「それ二度目だろう? まあ、念のために聞いておくか」
レカーディオはそう言いつつ、足元の切り株に腰かける。
「太古の昔、森の民が外敵から身を守るために、この森の植物にある仕掛けをほどこしました」
レカーディオが頷く。
「武器を持った人間を見つけると、敵意を持ち襲い掛かるという魔法をかけたのです。その仕掛けがいまだに残り、被害が続出しています」
ユミヨの目がレカーディオの腰元に向く。彼は半袖の鎖帷子と鉄製の肩当てで武装していた。その腰に佩いた剣の柄を握りしめる。
「言っておくが、この剣は捨てられない。由緒正しき居合刀らしいからな」
レカーディオが剣の柄を握りしめる。その眼には、偽りない執着が浮かぶ。
「分かりました。私は武器を持っていないから、敵の気配に気を付けながら進みましょう」
たとえ罠であっても、他に進路は見当たらないのだ。
「それにしても、あんたは何故飛び込んだ? 命の保証もなしに……」
「それはあなたを……」
答えようとしたユミヨが話を止めて周囲を見回す。異様な気配に気が付いたレカーディオもそれに倣う。
葉音がざわめくが、いまだに敵の気配はない。訝しんだ二人も胸をなでおろす。
「ごめんなさい。勘違いだったみたい」
後頭部を片手で揉んだユミヨがはにかむ。その背後で何かが蠢いた。
目を凝らしたレカーディオが剣を構える。ユミヨの背後を凝視すると、木の葉に擬態化した巨大なカメレオンの姿が浮かび上がる。その舌が、鞭の様にしなってユミヨの後頭部に迫る。
間一髪でレカーディオの居合い斬りが間に合った。弾け飛んだ舌が絡まり宙を舞うと、カメレオンの体が鮮血で赤く染まる。
「安心しろ。この森は俺の居合いと好相性だ」
レカーディオが逃げを打つカメレオンの背中に止めの一撃を繰り出した。
横たわる巨大な爬虫類の遺体を前に、ユミヨは意気消沈していた。
「すみません。わざわざ飛び込んできたのに、力になれなくて……」
「いや、この際目が二組あることが重要だ」
レカーディオが自身の目元を指さす。
「俺が前方を、その背後をあんたが後ろ歩きしつつ見張る。死角を作らないことが重要だ」
「分かりました。ペースを合わせて、しっかりついていきます」
背中を合わせ合った二人が、森の道をにじり歩く。葉のざわめきが、ユミヨたちの心もざわつかせる。
(あのカメレオン、武器を持っていない私を襲うなんて……)
ユミヨの脳裏にいけ好かないピエロの姿が浮かぶ。この仕掛けは彼が用意した特別メニューなのだろうか。
(あのビリーディオってピエロ、ゲームには登場していないはず。何を企んでいるのかしら……)
その時、ユミヨとレカーディオの後頭部がコツンとぶつかった。彼が歩みを止めたのだ。
「この気配……。何か居やがる」
武器を構えたレカーディオが注意を促す。ユミヨがたまらず振り返る。
「待てっ! ユミヨは後方を見張ってくれ。俺が魔物を殺る」
「了解です!」
ユミヨが再度背中を合わせる。だが、背後のレカーディオの体から振動が伝わってくる。どうやら恐怖で震えている様だ。
「レカーディオ……さん?」
ユミヨが再度振り返ると、深刻な状況が詳らかになった。前後左右三方向から、樹木に擬態化した巨大な蛇がレカーディオを狙っていたのだ。