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第九話 ユミヨ的街頭取材

 露店で賑わう商店街は、観光客らしき異邦人でにぎわっていた。手作りの雑貨から珍しい香辛料まで、見目楽しい品揃えだ。


 街の外縁にはカジノらしき怪しげな建物が立ち並ぶ。夜は別の表情を見せるに違いない。

 レンガ造りの交差点をうろついていたユミヨが、ついに狙いを定める。


「ゾノドコ通信の者です。少しお時間いただけますでしょうか?」

 と言いつつ、刷りたての名刺を印籠代わりに見せつける。


「新聞屋だよね? 押し売りじゃなけりゃいいぜ」

 ターバンを巻いた男が足を止めると、ユミヨが営業用の笑みを浮かべる。


「勇者レカーディオが魔物に占拠された故郷へ向かっていますが、どのような感想をお持ちでしょうか?」


 男の表情がニヒルにゆがむ。

「あいつを勇者扱いするのは違うと思うぜ」


 ユミヨが神妙にうなずく。


「父親がしでかした大罪を息子が裁く。俺に言わせれば、単なる尻ぬぐいの旅さ」


 口を引き結んだユミヨが、男性の言葉を噛みしめる。

「ご協力ありがとうございました」


 ユミヨが頭を下げると、商売人らしき男が立ち去っていく。すかさず周囲に目をやると、次は若いカップルに狙いを定める。


「こんにちは。新聞社の者ですが、お話しよろしいでしょうか

 連れの男性に目配せした女性が浅くうなずく。化粧が濃く、如何にも夜の街の住人だ。


「故郷を蹂躙されたレカーディオが、父親を説得に現地に向かっています。感想ご意見をお聞かせ下さい」


「説得? 討伐の間違いだろ」

 質問に答えたのは連れのチャラい男だった。トサカに似た前髪を突き出してくる。


「人間やめて魔王になった奴に、話し合いの余地ないね。一刻も早く軍を派遣すべきだ」

 ドレス姿の女性が相槌を打つ。


「そうよね。けど、魔王軍が帝国に攻め入ったのは、正直せいせいしたわ」


「ぬぁんでそんな事言うの?」

 連れの男性が不満げに出っ歯を突き出す。


「だって、帝国の領土拡張主義は目に余ってたもの。自業自得のしっぺ返しよ」


「カヤノちゃん、意外と社会派だねぇ。惚れ直したよ」

 ニンマリした男性が女性の肩に手を回すと、そのまま立ち去ってしまった。



 喫茶店のベンチに座ったユミヨが、手帳にペンを走らせる。先ほどの会話の内容を、脳内で反芻していた。


「ごくろうさま。取材は順調かね?」

 対面に座ったモズルフが、分厚い手帳を机に置く。彼も取材をしていたようだ。


「勇者さんの風評が芳しくなくて、頭を抱えています」


「無理からぬことだ。魔王の息子ともなれば、非難の対象にもなる」

 消沈気味のユミヨはガックシと下を向くと、茶が入った木のコップを触る。


「父親が魔王になるって、どんな気持ちだろう。きっとつらくて孤独で、誰かに泣きつきたいはず」


「その思いやり、君はゴシック担当には向かないな」

 モズルフが渋い笑みを浮かべる。


「世論が敵に回っても、私はレカーディオさんに寄り添いたい。理不尽な運命に抗う姿を、しっかり報道していきます」

 居住まいを正したユミヨが、凛とした口調で宣言する。


「その意気やよし。インタビューの内容に、君の意見も添えてくれたまえ」

 モズルフの目前にフルーツパフェが運ばれてくる。イチゴとミルクの鮮やかなコントラストに、ユミヨの別腹が鳴る。


「それ、一口いただけませんか?」


「よかろう。その代わり、私がパフェを頼んだことは内密にしてくれたまえ」

 目前で手刀を切るモズルフに対し、ユミヨが笑顔で頷く。


(ついでにゲス不倫の事もね)

 イチゴを頬張ったユミヨが、心の声で余計な一言を付け足した。



 勇者レカーディオの胸の傷に、艶めかしい指が添えられる。そこから緑の光が生じると、青年の口元から甘い吐息が漏れる。


「あら、可愛いわね」

 癒しの魔法を使ったミレニが、レカーディオの耳元で囁く。青を基調としたドレスが胸元を強調し、青年をドギマギさせる。

 それを見守る戦士ヴァグロンがわざとらしく咳払いする。


「野暮な男ね。他人の逢瀬を覗き見するなんて」


「真面目にやってくれ。で、怪我の具合はどうなんだ?」

 ヴァグロンが非難がましく言う。


「問題ないわ。さっさとハルヴァードに向かうわよ」

 その言葉を受け、レカーディオが渋々上着を羽織る。


「皆の衆、これを見よ」

 魔術師ヨタナンが杖を振るう。放った光が室内の白壁に触れるや、そこに世界地図が描かれる。

 即席のホワイトボードに、皆の視線が集まる。


「現在地から、魔王の居城〝ゾナーブル城砦〟の途中には越えねばならぬ難所がある」

 ヨタナンが逆さに持った杖を指し棒代わりに操る。


「それは、このサパトマ山脈内部を貫く大迷宮。別名“魔王の臓腑”と呼ばれる、怪奇に入り組んだダンジョンなのじゃ」

 興味なさげなミレニが、レカーディオを見下ろす。


「道中の心配より、彼の戦闘力を何とかすべきじゃないの? 未だに魔法一つ使えないし」

 話を振られたレカーディオが口をへの字に曲げる。


「いざとなれば、魔王は我々が倒す。レカーディオには説得を任せよう」

 戦士ヴァグロンが拳を握り異論をはさむ。すると、窓の外を覗いていたミレニの表情が強張る。


「げっ! 記者連中が追ってくるわ。まさかこの場所まで嗅ぎ付けるなんて」

 丘の下から、先ほど宿屋で撒いた記者たちが登って来ていた。


「まぁた、付け込まれるような真似をしたんじゃあるまいの? 男を連れ込んだとか」


「黙秘権を行使します! あいつら苦手なの、とっとと出発するわよ」

 ヨタナンの苦言に対し、ミレニが苦々しい様子でドアを開ける。


 そこは倉庫の空き部屋だった。一階は冬用の食料備蓄庫であり、持ち主に話をつけて二階の一室を使っていたのだ。



「やれやれ、この秘密基地ともお別れか」

 丘の中腹まで降りたヨタナンが、今まで居た三角屋根の建物を仰ぎ見る。やり過ごした記者二人とは逆側から降りてきていた。


「ヨタナンさん、こっちこっち」

 勇者一同が声の方を向くと、裏路地からユミヨが手招きしていた。


「なんだ君か。よくこの場所が分かったのぅ」

 ヨタナンが相好を崩すと、ヴァグロンも片手を上げて挨拶を寄越す。レカーディオはそっけなく、口を半開きにする。


 勇者一同にペコリと一礼したユミヨは、丘の中腹から眼下の森を指さした。

「あの針葉樹林帯は別名〝猫かぶりの森〟と言われています。山菜が豊富で、地元民に愛される場所……」


 レカーディオたちが揃って森を見下ろす。


「だけど、武器を持った戦士が立ち入ると、森内の植物が魔物化して襲ってくる。ここさえ抜ければ、魔王の臓腑へのショートカットになります」

 レカーディオが緊張の面持ちで生唾を飲む。ユミヨの指さす森が魔境めいて見えた。


「お前は盗み聞きでもしていたのかよ。どうして話の展開が分かるんだ?」

 呆れたヴァグロンが両手を上げて降参のポーズをとる。


「森を抜けよう。俺にとって、丁度いい訓練になる」

 決意を表明したレカーディオに、周囲の仲間たちが驚く。その様子を見たユミヨは満足げに両こぶしを握った。

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