2 あんよが上手
かれこれ赤ん坊の中に大人の精神がぶち込まれてから半年となる。
ここら辺まで来れば寝返りくらいできるようになるはずだ。と、自分の中にある知識とすり合わせ自らを演じてゆく。
「リーム様今日もお元気ですねぇ!」
「ピーナ、あなたさっき片付けていた花瓶、床に水滴が零れていたわよ?あなたは毎回急ぎすぎなのよ。私が直しておいたから、次は気をつけなさいね。」
「はーぁい。」
言葉は天才的頭脳によってほとんど理解できるようになった。
だがしかし私は赤ん坊なのだ。分からないフリをしなければならないのだ…。
「はぁい、リーム様少し我慢してくださいねぇ…?」
「ぁぁあぅう、らぁ」
首に無理やりヨダレ掛けを掛けさせられ、苦しい思いで顔をクシャらせる。
「はいはい、リーム様はそのお顔が好きですねぇ。」
大変不本意である。ヨダレ掛けを掛けさせられることが、どれだけ屈辱的で首が圧迫されるのがどれほど苦しいのか、この狐は全くわかってない。
大きくなったらコイツは絶対に遠ざける。
誰もが女に寛容な態度を示すと思うなよ…?
母親替わりに世話して私のご機嫌をとってあわよくば待遇を良くしてもらおうとかこの狐が考えそうなことだ。
絶対に絆されない。私のことを舐めたこの狐には酷い目にあって…うおっ…、ちょ、
「あばああば」
「リーム様口からこぼれてますよ?」
お前が無理やり入れるからだろうがこの女狐が!
その間延びした口調も気に食わねぇんだよ!
「顔クシャらせても無駄ですよ。食べてください。ほら、あーん」
クッ、くっそ。クソっ。
「ほら、お口開けてください。あーーん」
コイツは絶対に許さない。毎日毎日舐めた口を聞いて、こっちの身にもなってみろ。カロリナー!助けてくれー!
「あぁっ」
私は赤ちゃんのとっけん、ひっさつかんしゃくを起こし、ピーナが持つ、離乳食っぽいオートミールをすこしすくったスプーンに目掛けてぷくぷくとした腕を振り上げた。
カチャン…チンっ……ペトッ
あーーーん……
私の神聖なお腹に、ベチョリと飛んできた離乳食もどきが張り付いたのであった。
私の一日の生活だが、基本的に寝て泣いて食って出して寝るだけである。
ちなみにこの半年父親があれからもう一度きただけで、来客はほぼなしである。
なんと、私はまだマンマのお顔を拝見できていないのだ。
これじゃあ本当にピーナが乳母じゃなイカ。
私はあの女狐が心底嫌いなのだ。
そして暇で暇で仕方ない。
てことでテンプレである「魔力操作」なるものに挑戦してみることにしたのだ。
確か小説では、身体の中の熱い力をぐるぐる動かして……魔力切れになったら魔力が上がる…………
わかんねぇよ!!!!!
魔力なんて感じれねぇよ!というかこの世界に魔力操作とかいう技能があるのかも怪しいところである。まぁ冷静に考えてゲームでの主人公アーノルド・ディンガーくんの動きは正直、人間から1歩飛び出しているから身体強化的な魔法はありそうなんだよなぁ……。
……ん?何か動いたような……
「あぁっっつつッ」
突然全身から冷や汗が流れ落ち、身体中の血管が1本残らず発熱する。
まるで体内で爆発したエネルギーに体が苦しんでいるようだ。
そのまま炎のように煌めく紫のような、金色のような、緑のような、どこか不思議な色をしたオーロラのようなものが溢れ出した。
私は宝物を初めて見つけた少年のように目を輝かせた。
(これがファンタジー産の、魔力!)
体を覆うようにオーロラがくっついている、こんなにも綺麗だなんて思いもしなかった。
ゲームの敵組織、妖精教もマナや魔力の持つ魅力に取り憑かれるのも納得である。
こんなに素晴らしいものが皆平等にあるのならば、ゴミのような下等種どもの命すら価値あるものに思える。
魔力に魅せられたのかもしれない。その日から私はその感覚が忘れられず、何度も試みた。
血管から溢れ出るあのエネルギーは、間違いなくファンタジー産の「魔力」そのものであるという確信がある。
というより、あれが魔力でないならなんなのだ状態である。
結局あの日から毎日毎日、来る日も魔力を出そうと操作しよう試すのだがあの日の1件以降、
私は魔力に触れることが出来ず、遂に生まれてから1年という年月が経とうとしていたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
もしかしたらあの日無理やり魔力を操作しようとしたせいで今魔力を感じることが出来ないのかもしれない……
最悪の場合、幼少期に魔力を使えば今後一切使えなくなるような事故であった可能性も無きにしも非ずだ……。
心底後悔し、今の私はかなりナイーブな鬱赤ちゃんになっていた。
「リーム様ぁ〜、おはようございます。」
間延びした口調で喋るんじゃねえよ!朝からナイーブな気持ちがもっとナイーブになるじゃねぇかよ!このクソ狐が。
私はヨダレの染み付いた臭いベビーベットで仰向けになりながら天井を死んだ魚の目で眺めた。
「いーな、いーな」
「私の事やっぱわかるんですねぇ!いつも見てますからねえ」
気色悪ぃんだよ!!いつも見るな!もうなんならずっと見るな!!!
このピーナという女、歳の頃はおそらく20行ってないだろう。貴族の館で働くにふさわしい随分とダラけた体つきをしている。顔もそこそこだ。
でもそれがムカつくのだ。素朴なブスにやってもらっても私はムカつくだろう。
だがピーナよりはマシである。
このピーナは何故か生理的に無理なのだ。
私に優しい顔しているのがバレバレなのだ。どうせコイツは愛妾目的なんだろう。
別に自惚れとかそんなこと抜きに事実なのだ。こいつのオレンジな瞳には、確実に色欲が混じっているのだ!
きっとそうに違いない!彼女が狐目であることも、また嫌いになる理由の1つなのだ!
カロリナ!私を助けておくれ。
違うメイドを1日でも呼んでおくれ。
私がピーナの前では不機嫌だということに気づいておくれ。
「うーあ!うーあ!」
自室の扉が開かれ、侵入者に口を開けながら威嚇した。
「ピーナ、ちょっと来てちょうだい。」
(はッ!)
「はーい」
カロリナ!!!!
おい!ちょっと、あっ、くっ……
パタンと扉が閉まる。
無力感を感じる。
……まぁいい。私は自ら我が力をセーブしているだけなのだ。
そう思えばもう1年、そろそろ己の力を1部解放してもいい頃合だな…
まずは「直立歩行」の力でも解放するとしますかね!
「ふんぬっっ!!!」
(はぁはぁはぁはぁ)
おかしいな。
足に力が入らない。
赤ん坊の身体というものは、こんなにも扱いづらいものなのか。
「ふんぬっっっ!!!!」
ううっ、無理だ。まだ早かったか……
私が歩けるようになればこの自室から脱出し、ある程度の自由を手に入れることが出来る。
そのためにも早く歩きたいものだが、筋力の問題はどうあっても解決しない……!
…
……いや、まてよ?
目の前にあるものはなんだ?
なんて愚かなのだ私は!
使えばいいじゃないか!!
私は人間。ホモ・サピエンスだろうが!!!
目の前にある、ベビーベッドに付けられた落下防止の作にしがみつく。
脚に精一杯力を入れ、踏ん張った。
腕を使って上半身を引っ張り、下半身で……立つことに成功したのだった。
(やっぱり私って、頭いいな。)
「おああああああァァァァァァ!」
私の勝利の雄叫びは、今は誰にも聞こえない。
だがそう遠くない未来で、皆が私の勝利の雄叫びを聞くことになるだろう。
ふん。
バタンッ!
「ああああああああぁぁぁ!!!!!?」
勢いよく開かれた扉から、甲高い女の喚き声が聞こえる
(うるせええええァァァァ!!!)
「リーム様が立ってる!!!!!!」
「「「ええええ!!」」」
ピーナが大きな声で叫んだせいで、廊下にいた使用人が自室にずしずしと侵入して来る。
うぉい。やめろ、入ってくるな!こちらによるな!
「リーム様スゴいです!しかもちょうどいいです!」
「うーあ!うーあ!」
会話の意味を理解したことにバレないよう、喜んだ振りをしながら、ピーナの発言に不信感を抱いた。
ちょうどいいってなんだよ。もしかして公爵が来るのか?
それとももう来ているのか??
「実は本日奥様が領内から帰還してくるらしいです。」
「パルティア様はお腹に赤ちゃんがいるらしいですよ。楽しみですね!」
ええええええええええええ!!!!
長男である私のことを放っておいて、子供作って今更顔見せに来るだなんて、なんて薄情なババアなんだ!!!
貴族とかいうものの生態について、私は詳しくない。
しかし、1年も顔を見せない母親というものに不信感を抱くのは、当然と言えば当然だった。
しかも、赤ん坊までお腹にいるようである。
第一子に愛情を向けない歪な両親が第二子を授かるだなんて、悲劇だ。
第二子……まぁ私はゲームの情報から弟だと知っているのだが、そいつも不幸なものだ。
もしこれで弟に両親が構うようなら、私は両親を軽蔑し、苛烈に当たることとなるだろう。
私が公爵家を継いだら、両親は無理やり監禁してクソ田舎で貧乏な生活を強制されて、送ってもらうことになるだろう。
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